2. 誰か、居た
モブなら俺は、ここで死亡確定だが……。
いつものことだが、そこには何も居なかった。
「ふぅ、やれやれだぜ……」
AI生成を加筆修正イラスト
思わずため息を吐いて、もう一度周囲を見回す。
夢の世界なら、何が起きてもおかしくはないのだが、辺りはシンと静まり返り人っ子一人いない。
いや、違う。
そうじゃなかった。
何か動いたのだ。
十字路の向こう、霧の中に人影が揺れているのが見えた。
「なんだ、人いるじゃないか」
引き返して近づいて行くと、サラリーマンっぽい背広の男がひとり、フラフラと向こうの方へと歩いていくようすだった。
ちょっとほっとするけれど、同時に胸騒ぎも感じる。
それでも何か話が聞けるかも知れないと、小走りになって追いかけた。
沈黙の商店街に、街灯だけが蒼ざめた光を落とし、人の世界とのつながりを感じさせてくれていた。
動いている者は、自分と小太りサラリーマンだけ。
藍色の背広の背は丸まり、汗染みなのかべっとりと色が変わっていた。
肩は落ちて、とぼとぼと寂しそうに歩き続けている。
「あの、ちょっとイイですか?」
男の動きが止まる。
そしてゆっくりとこちらに振り向いた。
「うあっ!」
その顔は、血まみれだった。
そして、ぐしゃぐしゃに潰れていた。
額は内出血でパンパンに膨れ上がっていた。
左目は眼窩から飛び出し、右目は紫色に腫れた血と肉の塊に埋もれていた。
思わず飛び退いた俺は、完全に腰が引けてしまっている。
鼻から縦に上顎まで裂けて、剥き出しになった歯茎。
その口をパクパクと動かし、何か言おうとしているようにも見える。
これっていわゆるアレか! ゾンビなのか?!
そいつがまるで何かを求めるように手を伸べながら、今度はこっちに近づいてくる。
「うわ、うわあああ!」
踵を返し、猛ダッシュ。
「どうかお待ちを!」
「んなこと言われて待つかよ!」
「逃げてはダメなのですん」
「無理だろ!」
「戦うですの!」
「はあ?」
声はすぐ近くでする。
ゾンビはもう数メートルは引き離してるはずだし、それにこの声は幼い子供みたいだ。
立ち止まって辺りを見回す。
だがゾンビ男以外に誰も居ない。
しかもそいつとの距離は、意外と離れていなかった。
そしてその動き方を見て、俺は背筋が凍りついた。
さっきみたいに、ヨロヨロとは歩いてなかったのだ。
脚を動かさず、つっー、つつっー、と路上を滑るように近づいてくる!
「ひぅい!!」
悲鳴が声にならない。
再び全力ダッシュしようとしたが、脚に上手く力が入らない。
もつれ気味になってよろめいてしまった。
「クソ!」
これは夢でよくある、走っても速く走れないというやつだ。
断じて腰が抜けたわけじゃない。
夢を支配できれば、走れるはずだ!
念じて足を前に出すが、よろけて手を付いてしまう。
その鼻先に、飛び出してくる小さなモノがあった。
それはすっかり忘れていた、あの悍ましき存在……不気味人形だった!
まるで命ある者かのように、ヒョイッと跳躍して着地し、その腕をこちらに向けて振り回した。
「戦うのですん! 主さま!」
「な、なんなんだよ~~~!!!」
さっきからの声は、その不気味人形が発していたのだ!
「お忘れですの?」
不気味人形はそう言うと、ふわっと青い光をまとった。
その光がぐんぐんと大きくなり、光が消えた後には、いきなり十歳くらいの子供が出現した。
白髪の毛がどわっと広がっている。
切り揃えられたきめの細かく白く美しい髪の毛だ。
時代がかった和風の白い着物に水色の袴を履いている。
可愛い手には笹の小枝と、黒い毛皮に包まれた細長い何かを持っていた。
「これを」
あどけない表情の幼女は、その黒いのを水平にして、恭しくこちらに突き出した。




