1. 駅前商店街の霧
予定を早め、第9章を公開です。
高円寺パル商店街の事故現場で黙祷を捧げた主人公。
目眩を感じ倒れそうになって、目を開けると……商店街は夜になっていた。
一瞬前までの雑踏のざわめきは消え、静寂そのものだった。
そして明け方見たあの夢のように、高円寺には深い霧が立ちこめていた。
人っ子一人いない、静まりかえった霧に沈む夜のアーケード街。
「な、何なんだ……これ?」
パニックに襲われそうになるのを必死で耐えた。
「夢、夢だよな、どう見ても……」
そうだ、これは紛れも無く、あの夢の世界だ。
もしかすると、手を合わせたときに倒れて、気を失って夢でも見てるのかも知れない。
だとすると、あの頭痛と目眩だ。
実は俺の健康ってヤバいのかも。脳溢血とかで倒れたってことだったりして?
こんな若い身空の上に、リアルじゃ童貞どころかキスだって未経験のまま、脳の血管破裂して死ぬなんて冗談じゃないぞ。
そりゃあ不規則不摂生を絵に描いたような生活をしていたが、ぜんぜん太ってないし、むしろ痩せてる。
そんなに酷い健康状態じゃなかった――と思いたい。
「まさか……この先歩いてくと、光のトンネルとかだったら……」
シャレにならん。
もれなく死後の世界に行っちまうじゃないか。
どうにかして目覚めなくちゃ。
そうだ! 脳溢血と断定するのはまだ早い。
単に貧血ってこともあるかも知れない?
もしかすると!
自分は今日まだ起きてないとか。
実はまだうちのベッドに横になっていて、ずっと汗だくになって、変な夢を見続けていただけなのかも知れない。
そう……これもその、長い夢の延長だ。
そしたら不気味人形の件も、辻褄が合うだろう。
「イヤイヤイヤイヤ………」
それも、俺の想像でしか無い。
夢にしては、やけにハッキリし過ぎてる。
「だとしたら何だ!?」
ダメだ、心臓バックバクしてきた。
もうパニックになりそう。
いや、なってるのか。
もう一度深呼吸だ。
「はぁーーーーふぅーーーー」
空気まで何か違う気がした。
霧のせいか、ねっとりとまとわりつくような濃厚な空気だ。
「とにかくだ………落ち着こう。落ち着いて周りを見ろ」
声を出して自分に言い聞かせた。
そう、このねっとりとした霧と空気には見覚えがある。
あの夢で見たパル商店街だ……間違いない。
そうだ……やっぱり夢なんだろう。
何のことはない、夢なら俺の支配下じゃないか。
やけにハッキリしてるのも、俺の夢支配がレベル・アップしたってだけの話しだ。
辺りを見回すと、アーケードの方はまだ霧が少ない。
十字路からアーケードの外に向かう道、さっき俺の脳内で金色の巨大錦鯉が出現した方は、もう一寸先も見えないほど、濃い霧と闇に閉ざされていた。
そっちに進む勇気はない。
周囲に気を配りながら、俺は慎重に駅に向かって歩き出した。
前の夢も駅前に出たら目が醒めたんだ。
今度も同じだと期待しよう。
誰も居ない、シンと静まり返った高円寺駅前パル商店街を一人歩く。
街灯の明かりはあるが、店のシャッターはすべて降りている。
ぞくぞくっと、背中に悪寒を感じる。
またあの悪霊の妄想――振り向いちゃダメだ。
でも、気になる。
背中が気になってしょうがない。
振り向いちゃダメだ、振り向いちゃダメだ……
振り向いたら…………お終いだ!
だがしかし、俺は振り向いてしまった。




