13. 事故現場に黙祷
もしやここで死んだ死霊の祟りとか、不気味人形の呪いとか、嫌な想像が頭をもたげる。
その思いはどんどん膨らんで止まらない。
俺の背中に、得体の知れないナニカが取り憑いてる。
急にそんな感じがしてきた。
肩がずーんと重くなる。ぶわっと変な汗をかいて、本当に心臓がバクバクし始めた。
だが、知っている。これはただの思い込みだ。
そう、人より優れた妄想力が己を攻撃するときがある。
免疫機能で自らを傷つけるのにも、似ているかも知れない。
今のような、理由もない恐怖がそれだ。
風呂で髪の毛洗ってる時や、夜独りで歩いてるとき、後ろに名状しがたいおぞましいモノが立っていたりしないだろうかとか、気になりだすと止まらないことがよくある。
しかし、これはただの迷妄に過ぎない。
そう強く否定しても、恨めしげな目が、振り乱した黒髪が、血を滴らせる歪んだ口元が、ありありと脳裏に浮かんでくるのだ。
妄想ダークサイド……そんな定義があるとしたら、そんなものだ。
解決策はないことはない。
別の何かを想像して打ち消すのだ。
なるべく馬鹿馬鹿しいものがいい。
そうだ、この街角の向こうから、巨大な鯉が体をくねらせながら現れる。
宙を舞う金色の錦鯉だ……と、想像したところでそいつは人面魚となり、その顔がぐにゃりと曲がり、恨みに醜く歪んだ……ダメだダメだ!
そうだ、これは夜の眷属にとって、ただ今日の太陽がまぶし過ぎたせいなんだ。
ママンが死んで、そんでもって太陽が眩しいからといって、人を撃ち殺す『異邦人』ムルソーくんなんかより、よっぽど健全な状態だ。
気にするな、気にするな………。
そう、己は太陽に焼かれたヴァンパイア・ロード。
今まさに辛うじてアーケードに逃げ込み、九死に一生を得たところだ。
(ヤレヤレだぜ……。人間モードに戻るのが一瞬遅れたら、灰になっていたところだった……)
にしても暑い……ファッキン・サマータイム!
(妄想王に俺はなるっ! だから何も怖くない! 王が命じる! すべての妄想は俺に従え!)
「「「イエス・ユア・ハイネス!」」」
小さな妄鬼たちが現れ、胸に拳を合わせて叫ぶと一斉に散っていく。
そして邪悪な妄想を小さな掃除機で吸い始めた。
怨念の人面魚も背後の血まみれの女も、みんな吸われていく。
妄鬼たちも、さらなるゴミ妄想を吸い取るために散っていく。
――やれやれ……心を現実に引き戻そう。
そうだ……何人犠牲になったんだっけ。
確か六人死傷したとクリスティーヌは言っていた。
いつも思うのだが、死傷ってのは、死者と怪我人を合わせてしまう、かなりなおざりな表現だと思う。
死と重症には、超えられない大きな断絶があるはずだ。
本当のところが気になりだすが、とりあえず今スマホをチェックして確かな死者をカウントするよりはまず、真摯に手を合わせよう。
数の問題でなく、ここで無念の死を遂げた人が居る。
ちゃんと冥福を祈ろう。
数えるのは後で良い。
(どうか亡くなられた方、今は安らかに………)
花が手向けられた場所、不気味人形も一緒だが、そこ向かって改めて手を合わせ黙祷する。
「うわっ!」
と、またしても頭がぐらっときて、今度はよろめいて倒れそうになってしまった。
いくら運動不足だからって、眼ぇつむって立ってただけで転ぶかよ!
体勢を立て直したところで俺は凍り付いた。
「あ、あ、ああ………あああ??!」
辺りの様子は一変していた。
街はすっかり夜になっていたのだ!
以上、第8章!
令和6年8月1日掲載。
第9章は来週掲載予定!
 




