6. 通りすがりのメガロマニア
俺はPCに意識を戻した。
メガロ・ニュースのクリスティーヌのアナウンスが、心地よく耳朶に響く。
彼女を嫁としているものの、まだ実際にその物語は出来てはいない。
彼女とはまだキャスターといち視聴者だ。
だから、まだ嫁候補と言った方が正しいかもしれない。
世の凡百の引き籠もりどもは、勝手に嫁認定してそれで満足しているが、俺は彼女たちとの物語がなければ、本当の嫁とは見做さないのだ。
クリスティーヌとは、いつかどこかで、ひょんなことから出会いが始まり、そして幾つかの偶然と運命とが折り重なりもつれ合い、ふと気づくと互い恋に落ちているのに気づくってことになるかも知れない……いや、かもではなく、それは未来に定められた予定なのだ。
そうするには、しっかりと細かいところまで想像するのが肝要だ。
彼女の髪の毛の質やスタイル、ピン留めは何処にしてるか。
実際にしない匂いも設定する。
服装はもちろん、さらに細かく柄や素材やポケットのステッチに至るまで、頭に叩き込む。
大事なのは彼女自身の動きの特徴だ。
首の傾け方や手指の動き方、振り向いた時の瞳の様子……そうした映像を強くイメージし続けると、やがて彼女はどんどんリアルに近づいていく。
妄想の少女たちはやがて、俺が意図しなくても、勝手に喋りだすようになる。
俺は背後から、そうした世界をそっとコントロールしている。
妄想はリアルを凌駕し、そしてすべては心のままに動き出す。
「妄想王に、俺はなる」
いや、ここは王子の方がいいかな……。
そして今夜もまた、俺の妄想パワーがフル充填された魔眼の焦点に、クリスティーヌが浮かび上がる。
可憐だ………そしてクールでインテリジェント。
いつものように俺を魅了して止まぬ有栖川タソ。
世界的なニュースから、かなり変わった話題やローカルネタまで、魅惑の語りで届けてくれる。
そして彼女はマスゴミと違って偏向報道しないから、仮想右翼の多いウェブ世界では超人気キャスターでもあるのだ。
ニュースの項目をクリックすると、クリスティーヌが記事を読み上げる。
まあ、今どきVチューバーでもなく、歌うヴォーカロイドと同じ音声合成なんだけど、これがめちゃくちゃ声が良く調整されててイイ。
かなり手間が掛かってるはずなのだけど、アフィリエイト広告だけで運営は大丈夫なのかちょっと心配になってしまう。
――よけいな心配だろうけどな。
さてと、さっきの夢の中でも気になっていた、駅前で起きた暴走車事故の続報が無いか、まずはチェックしてみよう。
再び流れだすクリスティーヌの、少し哀しげなトーンに落ちたアルト・ボイスに、俺は耳を傾けた。
「八日午後四時頃、東京都杉並区のJR中央線高円寺駅近くの商店街で、暴走車が歩行者に突っ込み六名が死傷した事件の続報です」
クリスティーヌのキャラ絵も、いかにも3DCGですって感じじゃなく、ややアニメっぽくて親しみやすい。
しゃべるときも、もちろんちゃんと台詞に合わせて口パクするし、楽しい話題なら微笑んで、暗いニュースはやや伏し目がちに語る。
合わせて声の調子もちゃんと変わるのだ。
「ほんまにクリスはええ娘や」
「トラックを運転していた十九歳の少年から、薬物反応が認められました」
「ええええ、ひでえなそりゃ……にしても俺とおない歳か」
「少年は、高円寺商店街で購入したいわゆる脱法ハーブを服用していたと供述しており、杉並署では事実関係を確認しています」
俺の指がキーボードの上を華麗に走り、ニュースにコメントする。
[通りすがりのメガロマニア:
おいおい、脱法ハーブ買って即キメ即事故ってか? そりゃ酷過ぎないか、売ってるクスリ屋もだけど]
他のコメントも似たようなのが多い。
もすこし、目立つことを言えば良かったか。
この『通りすがりのメガロマニア』ってのは、コメントを書き込むときデフォルトで設定されているHNだ。
嫌なら変えることも出来るけど、そのまんま使ってるヤツがほとんどだ。
事故現場の写真が、投稿によって追加になっていた。
見ると、電柱が根元の方でへし折れるほど、酷い事故だったようだ。
「これは現場見るしかないか………」
明日ちょっと頑張って外出してみよう――ホント久々に昼間の外出になるかもだ。
歩いてもすぐの距離なんだけど。
その他のニュースもチェック。
「香川では局地的なゲリラ豪雨で、県道が八十メートルに渡って崩落しました」
近頃の異常気象はもう当たり前だからな。
日常的に異常すぎて誰も異常気象って言わなくなった。
「九日午後二時過ぎに起きた、大阪市中央区日本橋で、乗用車に仕掛けられた爆弾による爆破テロでは、廿二人が重軽傷を負い、病院に搬送されましたが、けが人は命に別状はないもようです」
「幸い今回は死者ゼロか。良かったじゃん」
あ、良かったっていうのは良くないか。
不幸中の幸いだったっていうやつだな。
「九日夜十一時頃、東京渋谷区富ヶ谷の路上で、倒れている男性が発見されました。何者かに鋭利な刃物で腹部を刺された模様で、病院に搬送されましたが、間もなく死亡が確認されました。男性は四十から五十代で……」
「またかよ……」
毎夜のように通り魔殺人が起きている――通り魔殺人テロリズム――いわゆる殺テロと噂されるやつだ。
ネトウヨたちが言うように、殺テロも爆テロも、ほんとうに中国による破壊工作なんだろうか。
「大潮と高波が重なり、世界遺産にも登録されているイタリアのベネチアでは、史上最悪の水害が続いています」
事件の内容はひどいもんばっかりだが、クリスティーヌのアルトが心地よく眠りを誘う。
そろそろ潮時か……。
「インドネシアのジャカルタで、製鉄所が爆発炎上中です………」
あれ? これって前にもなかったか? 何度目だよ。
俺は他のニュースの見出しをチェックしていく。
[南極で古代遺跡発見か?]
見出しに[か?]が付いてるってことは、どうせガセだろう。
ちょっと気になるけど、これは明日じっくり見よう。
[韓国各地で職を求める若者の暴動に軍が合流]
これも明日。
さてと、最近で一番の大事件はこれだ。
[沖縄離島に台湾民兵組織「紅陽」の占拠続く]をクリック。




