4. 想い出の恋人
リアルでは彼女居ない歴イコール年齢の俺だとしても、想い出の中の彼女はちゃんといたりするわけだし。
*********************
高二のとき付き合っていたのは、大谷由希名ちゃんだ。
一年のときから気になってたんだけど、二年でクラスが一緒になって超ラッキーだった。
ボブショートがよく似合う、ちょっと内気で可愛い子だったな。
告白は、彼女からしてきたんだ。
「これ、読んでください!」
真っ赤な顔して、手紙を渡してくれた。
後ろに控える親友の小野寺晴夏に見守られて。
俺が断るわけないのだがね――。
手紙を受け取ったこっちも、そんなの初体験だからちょっとぼうっとして、きっと顔も赤かったに違いない。
一言答えるのが精一杯だった。
「あ、ありがとう」
それを聞くと、彼女はこちらを見もせずに踵を返し、脱兎の如く逃げ出した。
それを目で追っていた小野寺が、ヤレヤレって感じで振り向くと、急に真面目な表情になった。
「由希名はマジなんだから、あんたもマジで向き合いなさいよ」
「うん、分かってるさ」
初夏の緑が深く蔭を落とす、グラウンドと校舎の間の、桜の樹の下での出来事だった。
返事を伝えるのにも、俺は小野寺を頼った。
翌日同じ場所で放課後三人で会った俺は、自分も前から由希名を好きだったことを伝えた。
由希名の不安そうな表情が、光が差したように輝いた。
こうして二人の交際は始まった。
でも、クラスに知れることを嫌がった由希名とは、リアルではロクに話もせず、しばらくの間、携帯のメッセージだけでぎこちなく初恋を確かめ合い、互いの気持ちを高めていった。
初デートは、吉祥寺にある井の頭公園。
神田川の水源となる緑に囲まれた池で、二人でボートに乗ったんだ。
「私、ボート乗るの初めて」
「怖くない?」
「だいじょうぶ、キミが一緒だもん」
「実は俺も初めて」
そういってオールを滑らかに水面に挿し入れる。
「ええ!? とっても漕ぐの上手」
実は事前に漕ぎ方を調べて、部屋で練習してきた成果なんだけどな。
それでも思ったより上手くいく。
「まあなー、何でも初めだけは器用にできるんだ」
実際、この最初だけ器用っぽいのはほんとうだ。
「すごーい」
そう言って彼女はこっちに身を乗り出す。
「きゃ!」
危ない危ない。ボートがぐらりと横に揺れた。
「ボートで立とうとしちゃだめだよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「落ちたら人面魚に食われちゃうぞ?」
「え? なにそれ怖いんだけど」
「はははは、ただのデカイ鯉だよ。なんか顔が人みたいな模様の、ほら、あれがそう」
都合よく、金色の人面魚が水面に現れる。
「うきゃあ! ちょっと怖いけど可愛い!」
買っておいた食パンをちぎって水面に投げると、ヂュバッ! と、すごい音を立てて人面魚がそれを吸い込む。
喜んだ由希名が、千切っては投げ千切っては投げでパンを与えていると、他の鯉たちもヂュバヂュバで気づいたのか寄ってきて、ボートの周囲は花壇の花が咲き乱れたように、錦鯉だらけになった。
「鯉すごい、鯉すごいよ~!」
「うん、鯉すごい鯉すごい!」
すると凄すぎる鯉の勢いでボートが揺れて、驚いた由希名が俺に抱きついた。
「あ、ごめんなさい、私……」
「ははははは、ホントすごいな鯉のくせに!」
俺は彼女の体のふわっと柔らかかった情報を、あの夢の彼女の感触を元に新たに付け加えた。
食パン一斤を瞬く間にそれぞれの腹に納め、鯉たちが回遊に戻って行くと、ボートは池の中央へと滑るように進んでいく。
「ボートって意外と速いのね。すごく漕ぐの上手」
「器用貧乏ってやつさ」
「なにそれ?」
「何でもすぐに出来るけど、何でも一流にはなれないっての」
「ふーん………でもそうやって何でもって、先にあきらめちゃダメだぞ」
「え? そ、そうだね………」
「キミはきっと、ナニかしでかす人なんだから」
「しでかすって、それ、ほめてんのかよ?」
「へへへ……♪ どうかな~」
その後は、吉祥寺のアーケード街でウィンドウ・ショッピングも楽しんだ。
指輪はまだちょっと早いから、ミツバチのブローチを買って上げた。
「うきゃー、とってもカワイイよこのブローチ。ぜったい大切にするね」
「ああ……うん、良かった。気に入ってもらえて」
「学校でもこっそり付けちゃおうかな~」
「え? 小野寺が気付いて何か言わないか?」
「ハルちゃんはダイジョブよ、親友だもん」
「いいな女友達で親友って」
「親友……いないの?」
由希名が小首をかしげながら、俺の顔を覗き込む。
「いたけどね………」
「けんかしちゃった?」
「うん、ちょっとね……裏切られたっていうか……それ以来、あんま人とか信じられなくってさ」
「ダイジョブだから」
「え?」
「キミにはワタシがいるから………信じて、いいんだよ」
「大谷………」
気付いたら彼女は俺の両手を包んでくれていた。
ちっちゃいけど、ぎゅっとあったかだった。




