1. 異世界へ
― 前回のあらすじ ―
チンピラ二人に追いかけられ
新宿歌舞伎町外れの雑居ビル5階上の
スペースに追い詰められた主人公
壁にマジックで四角に線を引くと
それを扉にして暗い空間に逃げ込んだ。
男たちは屋上へのおどり場に殺到したが、不思議な扉を前にしてさすがに躊躇した。
「ナンかカベがドアみたいになってんぜ?」
刺繍の銀龍を背負った黒シャツの男が、足を止め訝しむ。
「かくしトビラってヤツや」
恰幅の良いアロハシャツの男が、訳知り顔で応える。
「ナンのためにそんなトビラ用意してんだ?」
「知るか、そんなん」
「まさかどっかの組の裏口とかじゃねえよな」
「アホちゃうか、おめーは。こんなしょっぺえビルに借りんやろフツー?」
「じゃあただの物置きかよ、ワナでもあんのか?」
「ゴチャゴチャゆーとらんと、早よ行かんかい」
急かされた年下の黒シャツが、壁に手を当てて覗き込む。
「なか真っ暗だぜ……」
「おめーなぁ、ビビってるんとちゃうかぁ?」
「なわけねえだろっ!」
言いながら黒シャツはスマホを取り出すと、そのライトで照らしながら、奇妙な扉をくぐり中に入った。アロハシャツもスマホをかざしてそれに続く。
二人はくらっと目眩に似た感覚を覚えた。さらに湿気や温度、そして匂い――空気がまるで違うのを感じるのだが、互いに言葉には出さなかった。
言葉にすると、それが意味することを絶対的な現実として、受け入れなくてはならない。
「いねえな……」
黒シャツは怖気づいてはいなかったものの、冷静にならないと危険だと察していた。
これはどう考えてもおかしいし、ヤバい感じがする。空気が変わったのも気に入らない。
それにこの狭小な雑居ビルからは、想像もつかない大きな空間が広がっていた。
しかも、有り得ないほど壁や天井が崩れ落ちていた。
「取り壊し中か?」
床には瓦礫に混ざって、廃材のような雑多なものが散乱している。天井も壁も先の方で崩れ落ちていて、夜空と星々が見えている。
星の数がやけに多い気がする。
廃墟の最上階、AI生成に加筆修正
男たちは、相手がどこかに隠れていないかスマホで照らし、周囲を警戒しながら進んだ。
「ドコかくれやがった!」
黒シャツが木箱を蹴飛ばすと、粉々に壊れて派手に埃が舞い上がった。
「チッ、きったねえなぁ~クソ!」
スマホを持った手をブンブン振って扇ぐが、さしたる効果はない。
光が廃墟の壁や床を走り、不確かな影が動き回る。
「うひゃ! ひゃひゃっ! ナンじゃこりゃ?!」
突然素っ頓狂な声を上げると、アロハシャツの男が仲間のところに駆け寄った。
「オイオイ、アンタこそなにビビってんだよ?」
「ちゃうわ! 今ナンかアレ、アレや! 変てこな光るもんが飛んでった」
「ナンだよ、光るもんって?」
黒シャツが顔を上げると、確かに光る変なもの――光りながら虫のように羽ばたく何かが、扉の向こうへと飛び去っていくところだった。明らかに蛍とは違うし、より明るく大きい。
そして、扉の向こうの明かりがすっと消えた。
「おい……マジかよ」
「ナ、ナンや? どないした?」
「ヤバくねーか? 入り口がなくなっちまったぜ」
アロハシャツも、自分が来た方を振り返る。
「ドアが勝手に閉まったんとちゃうか? それとも明かりが消えただけやろ?」
「いや、どーもおかしーぜ?」
「クソが、確かめてみっか」
二人は入ってきたと思われる場所に戻るが、扉どころか壁すらない。半壊のフロアは、その奥へと暗い空間が続いているばかりだ。
「チクショー、どーなってやがる?!」
さすがに黒シャツも焦りを感じる。
「知るかよボケェ!」
「さすがにヤバいぜ」
「クソガキ! テメーどこ行きやがった!」
アロハシャツの男は、ボロコートのあのクソ生意気なガキを見つけて、締め上げるしかないと思った。
そしてボコボコに痛めつけてから戻る方法を聞き出すか、聞き出してからボコボコにするかどっちにしよう?
そんな意味のない順序を、ひとり吟味していた。
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