4. 朱の鳥居
「だって、誰も居ないんだよ! 吾朗くん以外」
吾朗か……そうか、俺の名は吾朗だったよな……。
心の中で変な納得をしながら、俺は常識的な答えをだしてみる。
「そりゃ、こんな時間だからだろ? 近頃夜道は殺テロとか多いんだし、イロイロ物騒なわけだし……」
彼女の言うように、まさかこの世界に二人っきりってワケじゃあるまい。
そんなアニメが昔あったことを思い出す。
となると、ここは彼女の精神世界なのか……ならば納得しよう。
だがしかし、彼女はさらに不思議を上乗せしてくる。
「それに私、ここから出られない」
「え……? ここからって?」
「このパル商店街――アーケードから外に、出られないの」
「そんな、馬鹿なことって……」
水銀灯が彼女の顔に青い陰を落とす。
吐息がかかりそうな距離に、その思いつめた眼差しがあった。
吸い込まれそうな瞳の清明が、その言葉の真実性を保証していた。
あり得ないような出来事だけど、彼女が嘘を吐くわけがないと、俺は確信しているのだ。
ここが彼女の精神世界だろうと、ちょっと変わってしまった現実世界だろうと、どちらでも構わない。
「私を連れ出して、ここから外に――……お願い、吾朗くん」
そんなふうに頼まれたら、もちろん答えはひとつなのだ。
「よし、任せてくれ。俺に付いて来るんだ!」
当然のように言い放った。
根拠無き自信を胸にして、玉砂利をザクッと鳴らす。
こうして彼女を助けるための初めの一歩を、力強く踏み出した――俺、間違っちゃないよな?
「吾朗くん……」
「ん?」
「あの……手……いい?」
「え? 手って」
「つないで……いいかな?」
あれ、俺らってまだ手も握ったこと無いんだっけ?
「え、あ、うん……もちろん、構わない」
いや、むしろ喜んで。
「離さないで。ここは何だかとっても怖いんだよ」
「ダイジョブだって、さあしっかり握って」
「良かった、手――温かいね」
彼女の手はなにか、別の生き物のように柔らかだった。
しかし、可哀想にすっかり冷え切っていた。
「鳥居が嫌なの……」
「それどんな悪魔なんだ」と、冗談を言いそうになってやめた。
確かに妙な感じなのだ。
鳥居の下の空間が、やけに狭く見える。
入るときにはそこまで気にはならなかったが、鳥居には大きな注連縄が渡されており、かなりの圧迫感がある。
注連縄にはもちろん紙垂が下がっていて、なんだかそれに触れるのも禁忌な気がするのだ。
「頭を低くして」
注連縄と紙垂にぶつからないように、屈みながら幾つもの鳥居をくぐって行く。
彼女が嫌がるのも分かる。頭上から何やら重くのしかかってくるようだ。
妙に足も重くて、一歩進むのがやけにつらい。
これは悪魔なのは彼女だけじゃなく、俺もかも知れない。
「入るときは、こんなんじゃ無かったよな」
延々と続くかに思えた鳥居にも、ようやく切れ目が見えた頃には、身も心もぐったりと疲れ果てていた。
それでも遂に、最後の一歩を鳥居の外に踏み出すことができた。
前かがみだった腰をまっすぐにしながら、二人一緒に伸びをする。
「はぁ、はぁ、やった、抜けたぞ鳥居」
二人ともまだ息が上がっている。
「うん、はぁ、はぁ、……やったね。……抜けぬいたよ」
「抜けぬいたって……言葉はないなあ」
「あれ? アハハ……そうなの?」
「言うなら抜けきったか、やりぬいただろ」
「そうかー、抜けきったぞ!」
そう、彼女はちょっぴりだが、天然ボケっぽいところもあるんだったよな。




