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3. 帰還と再会

 いつの間に、風景は見覚えのある場所だった。


 シャッターの降りた、真夜中のアーケード街だ。


 最近はひどく物騒だというのに、どうして自分はこんな真夜中に、外出しているのだろうか?


 そう訝しむが、理由が思い出せない。


 高円寺駅前のパル商店街は、人っ子ひとり居らず―――シン――…… と静まり返っていた。

 辺りには濃い霧が立ち込めていて、見慣れた風景のはずなのに、やけによそよそしく感じられる。


 もしかしたら、ごく最近この辺りで、集団の死傷事故が起きたのが、何だか不安を掻き立てる一因なのかもしれない。


「……――くん」


 突然名を呼ばれる。


「助けに……来て………」


 湧き立つ霧の向こうに、あの少女がいた。

 商店街の先へと、今にも消え入りそうにゆらめく幻を追う。


 角を曲がるとすぐに神社の入り口があり、背の低い朱の鳥居が並んでいた。


「こんなところに――神社?」


 きっと今日まで見落としていたのだろう。

 霧にぼうっと浮かぶ鳥居、鳥居、また鳥居の列だ。


 夢遊病者のように俺は頼りなく、自分のスニーカーが体を運んでいくのに任せている。

 奥へ奥へと連なるその先へ……注連縄(しめなわ)紙垂(しで)にぶつからないように、畏みかしこみ頭を下げながら。


 そしてようやく、鳥居が途切れた。


 霧もだいぶ薄くなり、目の前に小さな社殿が現れた。


 古びた社殿の縁には、まるでずっとそうしていたかのように、紺色のセーラー服の少女が所在なげに座っていた。


 ウェーブのかかった黒髪が肩で波打ち、背に流れ落ちていく。

 豊かな胸元には赤いスカーフが垂れている。

 俯向いた眼差しはどこか虚ろで昏く、短いソックスから伸びた両脚が力なくぶら下がっていた。


 俺を呼び寄せたにしては、まるでこちらに無関心じゃないか。

 それとも具合でも悪いのだろうか?


 一歩俺が踏み出すと、境内の砂利が新しい音を立てた。


 すると、初めてこちらに気づいたように、彼女は顔を上げた。

 表情が花開くように明るくなり、瞳も輝きだす。


 社殿の縁からひょいと降りると、砂利の音でリズムを刻みながら、まっすぐこちらに向かって来る。


 先程の虚ろな印象とは打って変わって、こんなほの昏い霧の中でも、彼女の姿は際立ち輝いて見えた。


 そして俺の眼の前にすっくと立ったセーラー服の美少女は、妙なことを口走るのだった。


「良かった、生きてた……ちゃんと生きてたんだね」


 黒曜石が蒼い月を宿したような双眸に、たちまち雫が溢れ出してくる。

 どうやら俺が死んだものと勘違いしていたらしい。


「ん……そりゃあ、死んでないからな……俺」


 などと、どうにもマヌケな言葉で返してしまった。


 だが、それも仕方ないだろう。

 いきなり身に覚えの無い物騒な事案なのだ。


 何時何処で如何にして、自分が死んだっていうんだ?


「うん、死んでないよ! 生きてた! ホント、本当に良かった……」


 目の前で、たぶん俺のために涙しながら、無事を確かめるように何度も頷く麗しの美少女を、どう扱って良いやら考えあぐねていると、さらに妙な言葉を重ねてくる。


「それに助けに来てくれて、ありがとね。もう誰にも会えないかと思った」


「誰にもって……?」


「生きている人に」


「え?」


 彼女は何かに怯えるようにして辺りを気にすると、自分の肩をぎゅっと抱きしめる。


 いったい自分は、どんな異世界に紛れ込んでしまったんだろうか?


 それでもやはり、ここは住み慣れた街、JR中央線高円寺の駅前商店街のはずなのだ。

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