1. 生と死の狭間
第7章、相馬吾朗の隠世での死。
それを超えて、新展開が始まります!
いよいよ「あの人」登場!
涙は苦き黒炭に、血は甘き水銀に。
生者が絶望に打たれ倒れ伏すとき、死者は喜びの内に立ち上がる。
綺麗は汚い、汚いは綺麗……霧の中に思考は封印され、意識は沼のように混濁している。
意味不明の言葉がまとわり付く。
ここは何もかもが混沌と化し、不条理が理となる場なのだ。
意味は言葉から剥離し、逆転した概念が、倒錯した情念が、いつまでも生前の妄執にすがりつく亡者の群れのように、頭の中をグルグル、グルグル、回っていた。
死んだ誰かの思念が、生きる言葉の騒音が、ゴボゴボとブクブクと、そこかしこで渦巻いている。
はてしなく、終わらぬ物語のように、言葉たちが追いかけ、追いたてられていく。
しかし、やがて俺は言葉たちにも忘れ去られて、無限思考の賑やかなパレードは、ゆっくりと名残惜しげに遠ざかっていった。
ようやく静けさが訪れる。
やっと、自分の言葉に落ち着くことができた。
その言葉は、幸福がケツをまくって逃げていくという、いつものため息とともに吐き出された。
「ふぅ~…………疲れたあぁぁ~………」
吐息が残らず吐きだされると、固く絞られたボロ雑巾のようなズタボロの心と体が、たちどころに癒されて……やがて安らかな眠りが……襲ってくる。
暖かな……憂いのない……永遠の……許しが…………もたら…され……て……………。
「……だめ…だ………眠っちゃ……だめだ!」
己を叱咤して起き上がる。
直後、激しい痛みが全身を走った!
痛い、痛い、苦しい……
蒼い槍、俺とアヤの真っ赤な血だまりが、フラッシュバックで蘇る――そうだ、俺はまだ死ねない。
痛みこそ生の拠り所だ。
痛みを、苦しみを思い出せ!
痛い、めちゃ痛い、そして苦しい。
だが、しかし、俺は鋭い激痛にも長く耐えられる!
何度も何度も、激しく全身を打ちのめすような苦痛を乗り越え、ようやく俺は起き上がる。
ぜぇぜぇと荒い呼吸ばかりが、何もない空間に大きく響いた。
しかし、呼吸が落ち着くのを待っていると、いつの間にか倒れ伏している自分に気がつく。
温かな毛布に包まれるような、心地よい微睡みの誘惑に、再び引き込まれそうになっていた。
俺は再度目覚め、抗い、激烈な痛みをその身に喚起して立ち上がった。
あとは、その繰り返しだ。
何度も何度も誘惑に負けそうになり、そのたびに己に鞭して起き上がり、血の涙を流しながら苦痛で身を洗う。
また倒れ、立ち上がり、倒れ、伸び上がり――無様に、みっともなく、深淵の縁でジタバタとあがいていた。
目覚めろ!
起きろ!
立ち上がれ!
なぜなら
――まだ、夢を終わりにしたくない――
その言霊が、ほぅ……――と、現れると、俺の中で輝いた。
それを手繰り寄せ、それにすがり、それを口にしながら俺は起き上がった。
「まだ……夢を終わりにしたくない」
夢を見たいのならば眠るべきだろうに、とも思った。
でも、ここは言葉が逆転している世界なのだ。
目覚めていないと、夢を見られない!
しかし、目覚めていても、辺りを見渡しても何も無い。
立っているのか横たわっているのか、それともただたゆたっているのかさえ、分からなくなってくる。
一面ぼうっとした灰色の世界が、漫然と広がっているだけだ。
何も感じない空間は心を鈍麻させ、再び安逸な平安へと誘う。
「このままでは、終わってしまう――なんとか……しなくちゃ……」
 




