9. 忿怒相の面
「ならば悪い虫が寄ってきたら追い払うであろう? それでも退かない虫ならば、ひねり潰さねばならぬであろうが!
さあ、理解し給え、猿でも分かる道理だ。君が手を引く約束さえしてくれれば、誓って命までは取らぬであろう……」
「…え……ダ…」
「む? 何だと? 聞こえぬであろう?」
最期の力を振り絞って声にした。
「……この……クソったれ……死ぬ…のは……お前だ……」
ああ、これで死ぬの確定だ。クソアホな性格だ俺は。
とはいえ、隠世で死んでもリベンジの可能性は大だ。
「ふ~む……見事なまでに分別のない。言葉にも知性の欠片すら見出だせぬ。まさに、これぞ国津の輩、といったところであろう。であるならば~……」
そこに小さな足音が駆け込んでくる。
「主さま!!」
言葉と同時に笹の葉が飛んでくる。アヤの方にもだ。
温かい緑光が俺を包み、たまさか力を取り戻す。
傷も治りかけるが、串刺しにされてるため効果はない。
「よくも、よくも主さまを! 許さぬですん!」
「ほうほう、この木偶風情が、人並みの情念を言葉にするとは。して、何をどーう許さないのであろう?」
ヤドゥルは懐に手を入れると、素早く忿怒相の仮面を取り出した。
そしてその仮面を自らの顔に合わせる。
仮面はすっとヤドゥルの顔に張り付き、一体化する。
ヤドゥルの攻撃モード、激怒相だ。
「燃えやがれ!」
口調も乱暴になったヤドゥルの笹の葉が、アスモデウスとプロフェッサーに飛んでいく。
プロフェッサーはその魔術記号に埋め尽くされたローブを翻して、笹の葉を振り払った。
アスモデウスもその太い腕で笹の葉を防ごうとするが、腕に当たると同時に巨大な火球となり炸裂し、悪魔を襲った。
「守りの盾よ」
アスモデウスは魔術シールドを展開しようとするが、間に合わない。
中途半端に現れた盾ごと、紅蓮の炎に飲み込まれる。
「おお!」
狭い室内の火炎爆発に、プロフェッサーも吹き飛ばされた。
貫く槍から力がふっと抜けると、俺は硬い床にドサリと落とされた。
槍は炎上する悪魔の背に引き込まれていく。
「主さま!」
ヤドゥルが駆け寄ってくる。
激怒面を剥ぎ取りながら、笹の枝をこちらに振るおうとする。
「避けろ!」
その背後から、燃えるアスモデウスの手が迫っていた。




