8. 月の娘
俺の体が槍を逆走し、その激痛に耐える。
「ぐああああああっ!!」
背中に強い圧迫と鋭い痛みを同時に感じ、途中で俺の体は止まった。
「ほ~お、面白いことをするではないかね! しかしアスモデウスの背中の棘は、伸縮自在であろう。
今君の背中では、その先っちょがJ字にぐりりんと、釣り針のように曲がってだな、尖った先端がさら~に、君の背中に刺さっているのだよ! 残念至極であろう、相馬吾朗くーん!」
「畏み畏み申す。国津第三使徒相馬吾朗が御身の業火の力……ぐあああ!」
火之迦具土神火焔咒の詠唱は、槍が傷を割き広げることで止められた。
「いや失敬――だがしかし、そんな長詠唱の強い咒をだね、唱えさせるわけには、いかんであろう!」
さらなる出血を強いられただけだ。
さらに頭が朦朧としてくる。
他に抗う方策も思いつかず、シンの助けを待つしかない状況だ。
裂けた傷からは大量の血が溢れ出して床を濡らし、一部はエーテルの銀の光となって宙に消えていく。
激痛で意識を保っているが、それも長くは続くまい。
だがシンは来ない……いつものヤドゥルなら、ここいらで来てくれるはずなのに、まだ外の悪魔に手こずっているのだろうか。
まさか全滅させられた……なんてことはないだろう……きっと。
だが、今は時間が命取りだ。
俺は――隠世での死を覚悟した。
「相馬吾朗くん、君のように、外見は芳しくないものの、心に燃えたぎる塊を持つ若者は、吾輩嫌いではないであろう。
むしろ愛して止まぬと言っても、あながち過言ではなかろう。
されど、されども、それとこれとはまるで別問題であろう!?
これから、まるで理解の無い旧態依然とした父親が、娘を慮って吐露するステロタイプな言葉をどうか許容して欲しい。
どうかね? いいかね?
今後うちの娘には、一切関わらんで貰えないだろうか?」
嗜虐的な笑みを浮かべ、横目でこちらを見上げる。
胸クソ悪過ぎて、一瞬痛みも忘れそうだ。
アヤがあれだけ言うことはある。
喋り方もスノッブを通り越して異常の極みだ。
慇懃無礼とかそんなレベルじゃない。
心底こちらを見下している態度を、隠そうともしない。
この串刺しで身動き取れない惨めな状況、見下されて当然なのだが、何でもいい、なんとかして一矢報いてやりたい。
「この魔神どもを現世に結びつけ、さらにここまでの姿を与えるのに、それはそれは膨大なる時間と金と血とが注がれたのだよ。
何しろ召喚には、たくさんの尊い命を犠牲に捧げたのだからね。おいそれと無駄にすることはできぬであろう?
そんじょそこらの凡庸なるアイドルどもの、形ばかりの恋愛禁止とは違うのだよ!
そこ横たわっているコレはだな……本当の、真実の、純粋なる精華、尊き尊き貴種なのだよ。
分かるかね? すこぶる美しいであろう、この月の娘は? 何にも代えがたいほどであろう?」
そこは同意する。




