6. 澁澤耶呼武教授
「アヤ!!」
廊下を曲がって部屋に入ったところで足が止まった。
そこで見たもの――それを俄に受け容れることは出来なかった。
「オイ、嘘……だろ!!」
あの映像だった。
レギオンを率いる悪魔バラムに見せられた映像だ。
さっきまで俺を見つめて瞳を輝かせていた少女は、自らの血の海に沈み、グッタリと力なく倒れ伏していた。
腹には大きな穴が開き、そこから腸がのぞいている。
「アヤ!!」
匣のことが、ふと頭をよぎる。
あの悪魔の瞳の映像がフラッシュバックする。
同時に言葉が降りてきた。
「警告だった……」
思考停止した一瞬の隙を、敵は見逃してはくれなかった。
気づいたときには、脳が激痛に焼かれていた!!
「ぐあああああああ!!!」
何が起きたのか分からないまま、俺は宙に浮いていた。
痺れるような痛みに目もくらむ中、ようやく自身を確かめると、俺は何本もの蒼い槍に貫かれていたのだ。
致命的失態だった。
大ダメージより何よりも、串刺しにされて、まるで身動きが取れないのだ。
襲ってくる槍傷の激痛と戦いながら、蒼槍を切り落とそうともがいていると、部屋の隅で何かが黒煙が昇るように立ち上がった。
それは黒のローブをまとった長身の男だった。
ローブにはびっしりと魔術的シンボルが描かれている。
男は頭にかかるフードを、ゆっくりと後ろに除けた。
鼻が高い端正な顔立ち。
長めの黒髪には、白髪がメッシュのように混じっている。
眼鏡の奥から、ぎょろりとした壮年の男の瞳が、興味深そうにこちらを覗き見た。
「嗚呼、嗚呼、すこぶる遺憾、いやます憂虞、いかにも慚愧に堪えぬことであろう! そうではないかね! きわめて嘆かわしいぞ、相馬吾朗くん!
不純異性交遊とはなっ! うちの娘はまだほんの十七歳だというのにだよ!」
「貴様が……プロフェッサーだな!」
人を小馬鹿にしたような素っ頓狂な喋り口に、怒りと同時に何か喉に込み上げてきて、ゴフッと血の塊を吐き出す。
硬い床にパタパタと音を立てて、新たな赤のドットパターンができる。
「いかにも、いかにも! 世に数多のプロフェッサーあれど、君が今まさにそう呼ぶ者こそ、誰あろう……世界の魔術界にその人ありと称された、秘宝の護り手、術式の革命家、ソロモン王の再来――さまざまな二つ名を頂戴する魔術の大達人にして東京大学文学部教授、澁澤耶呼武教授、吾輩こそその人であろう!
以後、お見知り置きを、と申し上げておこう、国津神第三使徒たる相馬吾朗くん」
癇に障る甲高い声だ。
男は長ったらしくも自意識過剰の自己紹介を終えると、胸に手を当て会釈を送ってくる。
俺はそれに応える義理はないし、何より情けないことに動けない。
「クソが……」
その呟きは、そいつに向かってなのか、己に向かってなのか、俺にも分からない。
あの悪魔の見せた映像は、これを警告し回避するチャンスを与えるものだった。
いや、それともフラッシュバックを起こさせて、俺の動きを一瞬奪うものだったのか。
どちらにせよ、プロフェッサーの動きを、もっと警戒すべきだった。




