20. ふたりの秘密
何が気に入ったのか、しっかり俺の舌の上に張り付いたままだ。
「どうやったら戻るんだ?」
「ごめんなさい、分からないの。さっきは、直感的にこうしたら吾朗さんに鍵を渡せるんだって閃いたの」
「閃きだったのかよ」
「いっそこのまま、付き合うことにするとか?」
「それはダメだ」
「私が……嫌いなの?」
そんな寂しそうな顔をするな。
「そんなことない、お前のことは大好きさ」
「……やっぱり那美さん?」
「しょ、しょうがないだろ……」
「じゃ、私は二番目でもいい。愛人枠かな?」
「ちょっと待て! 愛人ってお前いくつだよ!」
「十七歳でも愛人にはなれるよ?」
「アヤ……うーん……それに君の事務所恋愛禁止だろ?」
ちょっと前まで地下アイドルだった彼女は、最近大手芸能事務所に所属したばかりだ。めきめき知名度も上がっている。
「秘密にすれば、問題ないよ? 現世では、超そっけなくしたげる」
だめだ、女は魔性の生き物だ。じっさい悪魔憑きだし。
俺は落ち着こうと、喫緊の課題をもちだすことにした。
「でも困ったな、鍵が無いと悪魔が暴走しやすくなるのなら、何か対処法がないとな……」
「その時はまた、吾朗さんが助けてくれるんでしょ?」
「いや、いつも一緒に居られるわけないだろ?」
「じゃ、同棲する?」
「いや、だからーー!」
こうなりゃとことん堕ちていくしかないのか?
でもさすがに同棲はまずいだろう。売り出し中のアイドルが、定職もないダメンズと一緒に棲んでるなんてバレたら、一発で終わりだ。
「現世では、今がアヤにとって大事なときだろ? それはダメだ」
「父に逆らって家を出ても……今の吾朗さんじゃあたしを養うのって……」
「ああ、ぜってー無理だ」
「それに学校だってあるんだろ?」
「じゃあ、今やっちゃうおうか!」
「え?」
このお嬢さん何を言い出す?
「匣もあるよ? 吾朗さんなら大悪魔に勝てるかも。今弱ってるみたいだし」
「あのなあ……」
鍵を使って匣を開けて七体の大悪魔どもを封印するはずだが……勝てるってどういうことだ?
やっぱ戦わないと封印できないのか?
「じゃあ、まずは匣を見せてくれ」
「えっと……」
またしても赤くなって恥ずかしがるアヤ。
もしかして、やっぱり匣も体のどこかにあるのか?
それもヤバい場所に??
「私にも分からないの」
「分からない?」
「体のどこかにあるんだけど、どこにあるか……知らない」
何だそりゃー!
それを探し当てるために、身体中を舌で……なのか??
「イヤイヤイヤ……それは今はまずい。今じゃなくともかなりまずい」
「……吾朗、なら、いいんだよ」
「待て、落ち着いて考えよう。とにかく今はダメだ。それに悪魔に勝てるかもって言ってたよな?」
「うん」
「てことは、匣を開けようとすると、大悪魔どもがやってくるってことか?」
「大悪魔たちは鍵を使おうとすると、きっとそれに抵抗して出てくる。一体ずつ倒して、匣に入れるといいよ」
「ここで派手に戦うのはまずいだろ。場所を変えよう」
「分かった……」
「悪魔族の渋谷か……いや、ダメだ。国津神の支配する吉祥寺がいいな」
「連絡して」
「そのときは、アヤも悪魔と戦えるんだろ? さっきので、しばらくは奴らも出てこられないだろうから、その間に少しでもダンジョンでレベルを上げるんだ」
「そんな時間、ないと思うよ」
「それでもやるしかないだろ?」
「……できる……カナ……」
いつもは自信に満ちあふれた瞳の輝きが、急に失われる。
自らも悪魔とバトルしようと考えた途端これだ。
教授に強く刷り込まれた暗示のせいだろうか。それとも悪魔との精神的な戦いで、相当心がすり減っているのかも知れない。
彼女の本来の力なら、もっと頑健に抗えるはずだ。
「まず弱気が一番の敵だな。もっと自分を信じろ。お前なら出来る、ダイジョブだ」
「でも……」
「俺を信じてるか?」
「うん」
「じゃあ、俺が信じるお前を信じろ。不安の毒に付け入れさせるな」
俺はお気に入りのアニメのセリフを交えて、言葉に力を載せる。
髪飾りの上からクシャッと髪の毛を撫でると、アヤは年相応の少女の表情に戻り、こくんと小さく頷いた。
「それじゃ戻ろう。匣を探す場所は探しておく」
「うん、でもその前に現世で会えない?」
「え? できるのか?」
「ダイジョブ……なんとか抜け出すから……TReEで連絡する」
「そか、それまでしっかりな」
「ありがとう……吾朗……さん」
俺は先に廊下の角を曲って、扉も何もない建物の外に先に出た。
彼女は後から少し間を置いて移動する。
いや、奥の暗闇から別のところに出ていくのかも知れない。
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