19. 光と闇
存在が狂気の叫びに吹き飛ばされそうになる中、苦痛こそ己を保つための抵抗力なのだと思い知らされる。
俺は苦痛に集中し、アヤのそれと共鳴しようと試みた。
「自分を手放すな、アヤ! 俺と苦痛を分かち合うんだ!」
そうしながらも俺は、一心に光芒を念じていた。
黒き闇を払い退ける明るく暖かで、それでいて鋭い光を。
あの人との絆、そして国津神や、その先につながるこの国の人々、生きとし生けるものすべてと結ばれ、歓喜を根として発する、揺るぎない眩い輝きを。
「ウグゥ……」
アヤが呻いて俺の唇を噛んだ。
血の味が広がるが、その程度の痛みは狂乱の苦痛の前に打ち消される。
(もっと輝け! もっとだ!)
カンッーーー!
弾けるような甲高い音がして、眩いアストラル光が現れた。
たちまちすべての闇の叫びが小さくなり、遥か遠くへと去っていった。
彼女の強張った体から力が抜ける。
ついには熱く煌めく光の中で、黒い影は虚しくつまらぬ塵のようになって、すっと消滅した。
少女の瞳に光が戻る。
「……――ロウ…………わたし……」
「ったく、世話が焼けるよ」
「口に血が? 大丈夫なの? 私が?」
「ああ、こんくらい何でもないさ」
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい………ごめんなさいっ……」
「いいから、いいから」
装備を解き、彼女の肩を掴んでを立たせてやると、軽くハグしてから額に口づけした。
血のキスマ―クが付くが、しばらく封印の代わりになってくれるだろう。
「それより、とっさに俺は……」
「うん、ありがとう……吾朗の光、あったかだった……初めてだよ、こんなの」
「よかった……でも、まだ力不足は否めないけどな」
俺は悪魔たちが消え去ったわけではないことを、感じ取っていた。
それでもかなりの魔力を霧散させたはずだ。
再度出てくるまでには、相応の時間がかかるに違いない。
そして鍵はまだ匣を開けていないことも、直感的に理解していた。
「やっぱり、鍵を上げたせいなのかな……」
なるほどこの鍵が無いために、彼女は悪魔を制御できなくなったのかも知れない。
「鍵、君に戻そう」
「もど……すの?」
「その方が安全だ」
「分かった……」
「じゃ、いくぞ……」
改めて向き合うと、すごく気恥ずかしい。
だがこれもアヤのためだ。
俺たちは、今度はそっと唇を重ねた。
体は正直なもので、再び緋色のアストラルが燃え盛る。
そして舌と舌が絡み合う。
ヤバい、魂を持っていかれそうな陶酔感はいや増すばかりだ。
甘美な時間が二人を包み込む。ずっとこうしていたい。
その誘惑に勝つのは難儀だった。
唇を引き離すと、二人ともふかいため息をついた。
「三回もしちゃったね」
まずそこかよ!
超絶美少女が頬を染めながら、上目遣いにそれやられたら、ふつーコロッと落ちるぞ。
かくいう俺も落ちかけるが、ぐっと堪える。
「お、応……でも、那美さんには内緒だぞ」
「今、それ言う?」
「ご、ごめん」
「でも、その鍵――どうやって説明するの?」
鍵は返せなかった。




