18. 狂気と苦痛
どうも様子がおかしいぞ?
カタリ、と銀の仮面が床に落ちる……。
「おい、アヤ!」
「だ・め・ご……ごないで……だめ……」
両手で頭を抱え、苦しげに呟きだした。
「だ・め・だ・め・だ・め・だ・だ・・・め・・・だ…………め……」
「まさかアヤ、悪魔が暴れてるのか?」
「グッ、ウグッ……そう……今……来ないで!」
「いや、アヤ、今行く、落ち着け」
「あぁ、嫌! イヤ!」
「ダメなのか?」
「ぐぅ……やっぱり離れちゃ――ダメ!!」
彼女は矛盾したことを口走りながら、首を激しく横に振る。
「イヤイヤイヤ、どっちだよ!」
「お願い……逃げて!! ワタシ……何スルカ……ワガラ……ヌぁ…」
少女はその場にうずくまり、体を掻きむしるように身悶えする。
「クソ、どうしたらいい!?」
これがそうなのか! さっき彼女から打ち明けられた、悍ましい秘密。
彼女の身に巣食う邪悪な存在。
それが次第に彼女を蝕み、肉体を、精神を、魂までをも喰らおうとしている――七大悪魔!
そして黒い影が、じわりと滲み出すように現れた。
不自然な暗闇が、靄となって床に伏した少女の体を覆う。
精霊虫たちが、慌てふためいて散っていく。
得体の知れない何かが、わだかまる黒い沁みから、這い出そうとしていた。
まだ形が定まらぬものの、黒くて長い腕だか脚だか分からないものが、ずるりと伸びてくる。
続いて体が……それも一体だけではない。何体も、何体もだ!
少女使徒の周囲は黒い混沌で湧き立ち、埋め尽くされようとしていた。
しかしこれは、あまりに不完全な顕現に見える。
力も弱そうだ。
まだ間に合う!
「くそ、こんなもん!」
構わず踏み込んだ。
自動的に装備が装着される。
煙のように希薄だが、意思を持つように脚にすがり付く黒い影。それが触れると装甲を纏っていても、身体を内から蝕むような鈍痛に襲われた。
俺の全存在が悲鳴を上げて、ここに留まることを拒絶する。
しかしそれを封殺し、蠢く影の中に膝を付くと、アヤを抱え起こした。
「しっかりしろ! 悪魔を抑え込め! 俺がお前を解放して七大悪魔でプロフェッサーを倒してみせる! でも今はまだダメだ!」
焦点の合わぬ紅玉を見つめ、ちょっと逡巡したあと、ヘルメットを消し、今度は自分の意思で唇を重ねた。
口の中でカチリと音が鳴った。
その瞬間、狂ったような甲高い笑い声が、俺の耳を聾した。
いや、それは耳からではなく、脳のに直接響く類のものだった。
嘲りは、幾つも重なる叫び――恐怖の叫びを伴奏させる。
不快で穢らわしい音声がそれを追いかけ、耐え難い不協和音となって頭蓋の伽藍に響き渡る。
苦痛を伴う騒音は、邪悪なる言霊となった。
心を圧する怒声、罵り声、ぞっとするような冷たい囁き、絶対的拒絶、否定、否定、否定!
腹部に激痛が喚起される低い呻き声……全身に名状しがたい痛みを伴う狂気の叫び、それらをすべて丸ごとアヤと共有した。




