16. 緋色のアストラル
やはり最初から、アヤに深く関わってはいけなかったのだろう。
心を鬼にして告げる。
「スマン、いったん話し合いは終わらせよう。匣と鍵がここにあるなら、君が持っていてくれ。
俺は那美さんに話をする。国津神族の協力を得て万全な状態で匣を開けよう」
「待って、なんか誤解させちゃったみたい。ちゃんと本当のことを詳しく伝えるから」
「本当のことって?」
「ゴメンナサイ……鍵は……その鍵は、私の中にあるの」
「なん――……だって??」
不意に最後の空間が切り取られ、赤い双眸が眼前に迫った。
一瞬にして二人のアストラルが重なり合う。
身を焼くような激しい情念に晒されて、全身が甘く痺れた。
少女の腕がするりと首に廻され、燃える唇は俺のものと瞬く間に溶け合った!
「―――っ!!!」
精神を、心をも溶解させるような陶酔感が、一切の思考力を奪い去った。
激しく緋色に燃え盛る二人のアストラル炎に巻き込まれた精霊虫たちが、歓喜の悲鳴を上げながら消滅していく。
隠世の口接とは、こんなにも激烈なものだったとは……!!
抗えなかった。俺も彼女の背を抱きしめ、貪るようにしてそれに応えた。
薄くて可愛らしい小さなうねりが、おずおずと入ってくる。
そしてその舌は、何かを――熱く燃えたぎり、同時に冷たく凍てつかせる何かを載せていた!
エーテルのつややかな光を引きながら互いの唇が離れると、俺の舌には言いようのない違和感が残されていた。
「うっ…………、な、何なんだっ!? いったい!」
口を抑えながら呻く。
舌を動かして上顎をなぞる。
何か舌に貼り付いているようだ。
舌を突き出してみる。
上の歯で確かめると、カチンと硬い何かに当たった。
その異物を指でなぞってみると……鍵?
小さな金属の細工物が、舌の上にピッタリと張り付いていたのだ。
彼女はすぐ目の前で、艶然と微笑んでる。
「アナタに上げる」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 何で俺の舌に? これは……あの鍵なのか!?」
コクリと首の動きが肯定する。
それだけ見れば、なんともあどけない仕草なのだが……
「匣もあるのよ……私の……中に」
熱に浮かされたような言霊が、俺の耳朶に囁く。
「匣が君の中に……って、いや、それってさすがに不味くないのか?」
「どう……して?」
「いやそれは……」
だって鍵が舌にあったんだ。
なら匣の場所はもっとヤバイ……ええい、俺に言わすな!
「匣の場所は――」
「だめだ……俺には……」
「那美さんでしょ?」
「そうだよ……判ってくれ」
「私も好き、あの人。真っ直ぐで、温かくて、一見キツそうなのに正反対。ものすごく優しい人」
「そ、そうなんだよな、傍若無人に見えて妙に世話焼きだし……」
「敵対神族で、しかも呪われた身の私にさえ、とても優しくしてくれた……現世では」
「だからって、それとこれとは……」
「どれと……どれ?」
彼女の唇から漏れる吐息が、俺の首筋にかかる。
再び二人のアストラルがシンクロして、再び大きく揺らめく。
いかん、このままでは――マジで……終わる!!!




