14. 大戦争が起きる
「待って……」
「うん?」
「もう一つあるの」
キイイと金属の擦れる音をさせ、立ち上がりかけた椅子に座り直した。
「ああ、ごめん、急かしすぎだね」
アヤはじっと俺の顔を真剣に見つめている。
端正な顔が緊張でこわばっているのが分かる。
そしておもむろに開いた桜貝の唇は、とんでもなくきな臭い言葉を吐きだした。
「大戦争が起きる」
「マジか」
アヤがコクリと頷く。
「どこで?」
「ここで」
「ここ? 歌舞伎城でか!」
「もっと」
「え? じゃあ、新宿で?」
「そう、新宿全体を巻き込んで」
「またでかい戦争になるな」
「それじゃあ、攻めてくるのは天使族かな?」
「そう、天使族と天津神族とアース神族にダヌー神族、そして仙族の一部が共闘して、悪魔族を撃つ」
「え? 天津神も? なぜ国津に話がこないんだ?」
「やっぱり……なんかそこがオカシイの」
「確かにおかしい」
天津神族が戦うときは、常に国津神に出動要請がかかる。
それが無いというのは、いったいどういう流れだ?
裏に何かあるとしか思えない。
「そこを那美さんに確認して。何か嫌な予感がするの」
「分かった、必ず確認するよ」
「この戦争に乗じて、革命を起こせるとベスト」
「ははは、そうなると、戦争自体終わらせることができるかもだな。で、それいつ起きるか知ってるの?」
「一週間は大丈夫。それ以降はまだ分からない」
何だって? それまでに何ができるってんだ?
「ガチで時間はないな。すぐに匣と鍵を探し始めるよ」
「匣と鍵を探すの? すぐに?」
「ああ、そうするつもりだ」
俺は派手に椅子を軋ませて席を立った。彼女もつられるようにして立ち上がる。
「あの……ちょっと待って……」
肩の辺りで切りそろえられた、艷やかな黒髪が揺れる。
下ろされた前髪は、紅玉の瞳に憂いの影を落としている。
「どうした、アヤ?」
また内に潜む何かが、影響しているのだろうか?
いや、その気配は感じられない。ただ彼女自身で葛藤するものがあるのだろう。
沈黙して立つふたりの間に、仄けき緑光を放ちながら、精霊虫が静かに漂う。
窓の外ではアストラル灯火の色がうつろう。
俺は彼女の考えがまとまるまで、じっと待っていた。
固く結ばれた淡い朱色がほどけ、やっと一言だけがこぼれ落ちる。
「行かないで……」
――そう……確かに彼女は呟いた。




