10. 魔術グルイ
使徒でも余りに違うのに驚きだ。
俺の場合あの人――国津神使徒第一位の水生那美と出会うべくして出会い、そして国津の仲間たちが導いてくれた。
そして山深い森の国津神の神域で、俺を神人――使徒として目覚めさせてくれたのだ。
これまでの人生を一変させるような、強烈で輝ける神秘体験を経験した。
まさに魂が揺さぶられ、俺の全存在がむき出しにされるような感覚だった。
あらゆる罪を吐き出させ、心魂体の三つの存在に同時に鞭打たれ、落とされた後、すべてが許され肯定される儀礼は、まったき善の感覚を呼び覚ました。
父も母も無く、孤独のうちに世の中のすべて、いや、自分自身を強く否定していた俺に、少しは人間らしい心を与えてくれたのだ。
初めて体験する歓喜の中で俺は覚醒し、力を得たのだった。――隠世限定だけど。
あ、現世でも多少の霊感と直観力は、手に入れたんだった。
しかし、アヤがその身に刻んできたものは、そうしたものとはまるで次元が違うようだ。
少しでも友人として彼女の力になりたいと、そう願った。
アヤと共感し、痛みを分かち合うにはどうしたらいいのだろう。
「憑依されるって、どんな感覚なんだい?」
「有り体に言うと、そのままね。心と体を乗っ取られるの。私が私で無くなって、別の存在の言葉が精神の中で暴れまわる。それを何とか抑え込まないと、本当に私が無くなってしまう」
「そんな……アヤ、よく今まで頑張ってこられたな」
「うん、がんばったよ。でも、がんばって抑え込んで「やったーッ」て思っても、その次にはより強い悪魔が降ろされるの」
「そんな……酷すぎるじゃないか ……教授は人の親なのか?」
「異常者だって言ったでしょ? 私をすごく使える依代としか、思ってないみたい…ね」
「あの、聞いてもいいのかな………お母さんは?」
「母は白ロシア系のフランス人なんだけど、今はオランダで麻薬漬け……カナ?」
「かなって……」
「最近に聞いた話だと…ね。でもまあ、ダメなジャンキーってわけじゃなさそうだから。麻薬も魔術の有効な手段らしくて……」
「むちゃくちゃだな」
「そう、魔術グルイなのよ、両親とも」
もう魔術情報だけで、お腹いっぱい過ぎて消化しきれない。
とにかくアヤが、壮絶な家庭環境で育ったことはよーく分かった。それで今現在、彼女はどんな状態だというのだろうか?
「憑依が解けたあとも、悪魔の残滓というか、存在の欠片が残るの」
「どういう感じなるんだ?」
「一部悪魔が心の中に隠れてるって感じ、カナ? だから、私の中に別の人格がちょこっとずつあって、ときどき気まぐれな私として表に現れて、人を驚かしたりするのね。
で、ふつうでいるときも、その悪魔人格に意識を向けると、その言葉が聞こえてくる。それがだんだん日常的になって、いつも何かの言葉が聞こえるのね」
「良く平気でいられるな……」
「平気? 平気なわけないじゃない!」
「いや、すまん」
「ほら、今悪魔たちのことを考えたでしょ? だから今も、たった今も、悪魔たちの呟きが頭の中をぐるぐるしてるわけ」
アヤの表情がこわばり、息が荒くなる。
「しっかりアヤ、ダイジョブか?」
「うん、ごめん。そっちに意識を向けるとちょっとヤバいんだ」
「分かった。俺を見ろ。俺の目をしっかり見て話すんだ」
俺はアヤの肩をつかんで、顔をこちらに向かせる。
「吾朗……ありがとう」
「落ち着いてから話してくれ」
「もう大丈夫。吾朗効果が出てきた」
「なんだそりゃ、でもまあ、俺効果抜群でよかった」
アヤはふううっと大きく息を吐くと、実にとんでも無いことを言いだした。




