5. 黒衣の悪魔使徒
混沌の街、不夜城歌舞伎。
そこは自由と愛と欲望の均衡により、秩序を保っていた。
その街外れ、打ち捨てられた無人の建物の一角に、密会に選ばれた場所があった。
対立する神々の、相戦うべき使徒同士――それが人目を気にせず内密の話をするには、うってつけのロケーションだろう。
殺風景な広い室内には照明も無く、奥は仄暗い闇に沈んでいる。
割れ窓を照らすのは、向こうの建物を彩る、ネオンのように明滅しながら青や赤に変化するアストラル灯火と、室内を綿毛のようにふわふわと舞う幾つもの小さな灯――精霊虫たちが放つ、淡い燐光のような緑の光だ。
そのほの灯りが思い思いに漂い、室内の影をうつろわせていた。
家具は鉄の椅子がふたつと、錆びた鉄テーブル。骨だけになったパイプベッドがひとつきり。
壁も床もなんの飾り気もない、寒々として灰色の朽ち果てた空間だ。
少しばかり約束の時間に遅れたのだが、人の気配がしない。
誰も居ないのかと訝しんだが、不意に部屋の奥で気配が立ち上がった。
闇がゆらめき次第に人型を形作る。
悪魔族の使徒だ。
黒いローブを頭から被り、背景に溶け込んでいる。
銀色の笑う仮面が、緑の精霊虫の光に浮かび上がった。
「遅イノデハ?」
くぐもった金属的な声が、俺の遅延を咎める。
「すまない。いろいろトラブってね」
「トラブル……マサカ付ケラレテハイナイカ?」
「それは大丈夫だ。周囲百メートルに怪しいやつはいない」
「警戒ヲ怠ラナイノハ悪クナイ。トテモ良イ習慣。掛ケルトイイ」
そう言うと悪魔族の使徒はローブを脱ぎ、軽く畳んでベッドに横たえた。銀の仮面も外してその上に置く。
そこに現れたのは、明るい黒髪をボブにした、ため息がでるような美しい少女だった。
蝋細工を思わせる透明感と肌理の細かさを持った白い肌、深い柘榴の色を湛えた大きな瞳、そして儚げな桜貝の唇。
そのどれもが、美の女神の至高の御業ともいえる被造物だ。
その生きた桜貝が動いて、俺の名を言ノ葉に結ぶ。
「相馬吾朗さん―――……お久しぶり」
仮面を外したその声は、少女の肉声だ。
少し鼻にかかって甘く、蠱惑的ですらある。
俺は錆びた椅子を軋ませて引き、腰掛けた。
彼女は短めの黒のワンピースに包まれた腰を、椅子とテーブルの間に軽やかに滑り込ませる。
「そんなに久しぶりでもないよ、アヤ」
「ん、そっか。わたしは隠世に居すぎたんだね。時間感覚狂ってる。現世では自分の時間なかなか取れないから、ついつい……ね」
口調もふだんの彼女に戻る。
「分かるよ。俺も現実時間じゃこっちに入ったのはついさっきのはずだけど、ここに来るまでマジでいろいろあってね。すごい時間が経ってる気がするよ」
隠世の時間の流れは、たいがい現世より遅い。隠世で数日かけてダンジョン攻略しても、現世で数時間しか経ってないなんてこともある。
なので、短時間で濃厚な体験を積むことができるのだ。
ただ、時間のずれが一定じゃないのが困ったところ。場所によってもかなり違うことがあるらしい。
「それって、遅れた言い訳?」




