2. ヤドゥルと約束
今後の国津神族にとって、極めて大事な会合だ。
ヤドゥルは連れていけない。
彼女との約束を破る訳にはいかないんだ。
「許さないのですん」
「ええ?!?」
瓦礫の影から現れたのは、古風な水干に笹の枝を下げた、まごうことなき蓬髪の幼女人形だった。
「ヤドゥル! なぜ? どうして!? どうやってだ~~!?」
「簡単なことですの。実体化を解いて、アストラル化すれば、次に実体化したときには主さまの直ぐ側に現れることができるのですん」
「な、なんだと~~!?」
「地の果までも一瞬で追って行けるですの。主さまはヤドゥルから逃れることは、決してできないのですん」
そんな仕様だったのか!
逃げきるのは、もはや絶望的だ。
覚悟を決めるしかない。
「わかった、俺の負けだヤドゥル……」
俺は全てを打ち明けることにした。時間が惜しいので歩きながらだが、ヤドゥルのペースに合わせるお陰でどんどん遅れる。
「つまり……悪魔族のお姫さまと密会をして、密かに仲良くなるのですん?」
「なんか違うぞヤドゥル。彼女と仲良くなるのが目的じゃない。今争っている悪魔族と手を組むってことだ」
悪魔族は全神族の中で最強といっていい。長年日本の天津神と国津神が共闘して戦ってきたが、ジリジリと押されているのが現状だ。
このままでは悪魔族一強になってしまうので、他の神族が警戒し、特に悪魔族とは宿敵の天使族を中心に大同盟が組まれようとしている。
その裏で悪魔族と裏で結ぼうというものだ。
俺はこれを、国津神を滅ぼさないための、最後の切り札にしようと考えていた。
「そんな裏切りはダメですの」
まあ、そう言うだろうな。俺もその辺はかなり悩んだ。
「天津神族たちを裏切って、敵対しようってことじゃないんだ。ずっと戦い続けるんじゃなく、共存する方法を探せないかって思ってるんだよ」
「主さまは、悪魔族を甘く見ているのですん」
「うーん、そうかも知れない。でも、彼女は現世でも俺の友だちなんだ。だからまず話だけでも聞いてみようと思う」
「信用出来ないのですん」
「正直俺もどこまで信用できるか分からない。なので、警戒は厳重にする必要があるだろ? だから掟破りだってしなくちゃならないと、覚悟を決めてるんだ」
「如何なる事情があろうと、掟は守るべきですの」
「それに越したことはないが、悪魔族の罠だったり、あるいは会合を嗅ぎつけた他の神族に襲われないとは限らない」
「ここは中立都市ですん」
「中立都市でもだ。ダンジョンでは戦えるのはもちろんだが、地上でも目に見えないところで、神族同士の暗闘が繰り広げられているという噂だ。それにさっきも仙族に絡まれただろ? あれも最初から、こっちに探りを入れるために仕組んだ芝居だったかも知れない」
「そんな……」
俺が簡単に喋らなかったから、少なくとも重要な案件だと、目星は付けられたはずだ。
実にやっかいな連中だ。
尾行が付いているかも知れないので、ヤドゥルをまくついでに走らせてもらったが、今はヤドゥルに合わせて歩いている。
なので、周囲を警戒しているのだが、怪しい動きはない。
「この戦いは手段を選ばない輩が幾らでもいる。掟だって都合の良いところだけで守られているに過ぎない。
だからこっちも、見えないところでは掟を破ってでも、最善を尽くさなくちゃならないんだ。でないとみんなが死ぬことになるんだよ、ヤドゥル」
「何をするか……」
「俺はシンたちを……」
「何をするつもりかも、言わないでくださいの」
ヤドゥルが俺の言葉を遮った。初めてのことだ。
いや、さっきも宿で待つ話を言葉を待たず断ったか。……なら二度目だ。
「どうして……」
「ヤドゥルは消えるのですん」
「え?」
「ちょっとの間だけ消えるですの。その間、何が起きても知らないのですん」
「お前ってば……」
「知らないですの!」
言い終わるか終わらないうちに、ヤドゥルのエーテル体から、緑色の半透明に揺らぐアストラル体が現れた。
エーテル体は魂の抜けた球体関節の人形となり、その場に崩れ落ちた。
(エーテル体を再合成するのは、力がたくさんいるので、体は残すのですん)
ヤドゥルのアストラル体はためらいがちに目を伏せると、猛烈な勢いで歌舞伎城の高みへと昇っていった。
「ほんと、曲がったことが嫌いだよな」
俺はヤドゥルの人形を担いで走り出した。




