14. 魔術師の正体
歌舞伎城の入り口は、近くに寄っても判りにくい。
壁近くでは入口を知らない侵入者――主に超常の者――を防ぐために、道も途切れている。
そのためバスが大きく揺れたのだ。
暗黒の壁と壁の隙間の狭い回廊、何処から見ても連続した黒でしかない空間の隙間が、入り口になっている。
暗灰色の地面との色の差で、辛うじて入り口と識別できる切れ込みに、バスはガタゴトと揺れながら滑り込んで行った。
再び舗装道路が始まり、揺れは無くなった。
音も消え入るような真の闇だ。
ヘッドライトの光さえ、虚しく壁に吸い込まれる。
暗黒の壁の狭間では、どんな光でも、何も浮かび上がらせることはないのだ。
そして次元の壁を超えたかのように、暗闇が唐突に終わる。
無明世界に慣れた目に、いきなり色彩が攻め込んできた。
赤、青、黃、緑、紫、まさに色とりどりだ。
来訪者を我先にと呼び込もうとする、鮮やかなイルミネーションのお出迎えである。
人々の喧騒と音楽もまた、色にも増して街を彩る。
バスがガクンと大揺れして停車すると、怒りのオーラを発しながら魔術師がまず先に降り、俺たちがそれに続いた。
ランファはふたたび俺の左腕を取り、ヤドゥルは阻止しようとして失敗して、右腕にしがみついた。
獣人はデカい荷物を背負い、腹にもリュックを付け、さらに両腕に袋をぶら下げて最後に続く。
じつに器用にバスの扉をくぐり抜けた。
その後ろに、自分の背丈より高いバックパックを背負ったまだ幼い少女が続く。
「ご乗車ありがとうございました」
緑の隠世人女性の車掌が見送る。
通りの向こうには、天へ伸びようとする怪しいフォルムの建造物が、幾つも重なり合うようにして聳えている。
その壁面をネオンにも似たアストラル灯火の夥しい看板が埋め尽くす。
道行く人々は、さまざまな種族の亜人たちだ。
多種多様の獣耳はもちろん、爬虫人型、妖精型、岩の塊のような者。気ままに人々の頭上をふわふわ飛ぶのもいれば、その巨軀を人混みで持て余す巨人もいる。
彼らに混じって人間の姿もちらほら見えた。
「賠償はデートで勘弁してあげるのデスよ」
「何の賠償だよ。それにランファだって怒られても知らないぞ」
「だいじょぶ、だいじょぶ、無問題デスね。老師さまったらウチにはめっちゃ甘いんだから」
「離れるのですん、このスベタ!」
ヤドゥルの豊富な語彙はどこから仕入れているんだ。
現世のクラウドにでもつながっているのだろうか?
「お前はイイかもしれないが、俺が困る」
「じゃあ、一緒に付いてくデスよ」
「あのなあ、いい加減にしないと……」
と、そのとき、誰かが会話に割り込んできた。
「可愛い可愛い吾が蘭の花よ」
「マキャッ!!」
その声を聞いて、ランファが奇声を発して、ぴょ~んと高く飛び上がった。
うん、これは面白いギミックだ。
「……そうじゃよ、お前の言う通りじゃ。目に入れても痛くないほどに可愛がっておるわ。甘やかし放題だったやも知れぬなぁ」
しわがれたその声は、前を行く怪しげな魔術師から聞こえた。
魔術師が立ち止まり振り向く。
口元まで覆っていたコ―トの襟が開かれる。
「ろ、ろろろろろろう・し・さ・まままま????」
サングラスをかけた、初老の落ち着いた雰囲気の男が、にこやかに微笑んでいた。




