12. 床ドン
「ランファだって歌舞伎城に、ただ遊びに行くわけじゃないんだろ?」
「え? えええ? うええええ~~? 気になるぅ? 気になるデスかな? ウチの目的の数々?」
「気にならないですん」
「デクには聞いてねえっ!」
「尻と頭だけじゃなく、命まで軽いようですの!」
「んだと、この魂無しめが!」
ドンッ!
と、突然床を強く打つ音が響いた。
「ヒッ!」
と、獣人の子供が飛び上がって怯える。
正体不明の魔術師が、杖で床を叩いたのだ。
「あ、すいません、すいません! うるさかったですよね。こら、お前たち、車内ではしゃぐなよ~」
獣人が「フンッ!」と鼻を鳴らす。
子供は親にしがみついている。
「はしゃいでないですん」
「はしゃいで……ましたデスよぉ」
「ちょっと声を落とそうな」
「はいですの」
「はいなのデスぅ」
「坊や、ゴメンね、驚かせたよね」
「坊やじゃないもん」
「こいつは俺の娘だ」
「あ、済みません! ごめんね、キミ、ニンゲンは獣人の性別が良くわからないんだよ。間違えたけど、すっごい可愛いから」
「フンッ!」
まったくいい迷惑だ。なんで俺が謝んなきゃならんのだ。
それに、こんな正体隠しまくってる怪しげな魔術師に目をつけられたら、めっちゃ面倒なことになりかねない。ランファを黙らせなくちゃだ。
「俺はこの後けっこう忙しい。お前に構ってる暇はないんだ。悪いなランファ」
「バスの中ならウチら二人共、超暇デスらー。このままずっと、ナンもかも忘れて暇つぶしも悪くないのデスよ、ゴロー?」
「そんなナンもかも忘れるほど時間ないよ」
「続きはバス降りてからできるデスらー」
「あのなあ、だいだいお前だって、大事な呼び出しがあって歌舞伎城に行くんだろ? こんな深夜にバスまで使って、けっこう急ぐんじゃないか?」
「べ、べつに急がないのデスよ、ウチの野暮用さんはぜーんぜん暇デスな~、あ~ヒマ、ヒマ」
「どうせ老師に呼び出しくらったんだろ?」
「ぷぎむっ!」
「ナンだその音は」
「な、なんじぇ、それを……!?」
「そりゃあ、分かるさ。お前の顔に書いてある」
「ぴええ~~~? いつの間にウチの顔に!」
ポーチから慌てて手鏡を取り出すランファ。
それに冷ややかな視線を送る、水干の幼女人形。
(ん? いや、ちょっと待て)
確かランファは中国でも南の出身だ。
広東語でも「顔に書いてある」に対応する表現はあるはずだ。
言語のギャップで理解できなかったための、誤解じゃないと思う。
つまりランファの天然ボケの範疇なんだろう。
この世界、多様な国の民族だけじゃなく、人外の種族たちが出会い、コミュニケーションを取るのだが、便利なことに言語は自動的に翻訳されて、耳に入ってくる。
しかし、各言語を意味づける文化背景までは表現しきれないので、それぞれの文化ギャップが出て、言葉に違和感が生じることはときおりある。
ランファの謎言語は、ひどく風変わりというか突飛な特徴を備えているが、その不思議ちゃん的個性の伝達にも、そうした翻訳が影響されるのだろう。
だがそれ以前に、ランファが「顔に書いてある」という慣用句を知らないという単純な話に違いないのだが。
「どこに書いてあるデスか~?」
困りきった顔で俺を見上げるランファ。
やれやれ……ヤドゥル、これ以上ない蔑んだ目で見るのは止めて差し上げろ。
「ほら、ここにな……」
俺は人差し指に念を込め、ランファの広いおでこに「老師」と書いてやった。
額に黄色く光る「老師」文字が浮かび上がる。
空間に九字を切ったり、簡易魔法陣を描く要領と同じだが、けっこうコツが要る。
俺ってば達人の域だったりする?
手鏡で鏡文字になったそれを見たランファは、大きく目を見開いた。
表情がふぐにゃっと歪んだ。




