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9. 瓦礫町バス停

 さて、話しているうちにバス停に到着した。


 俺たちの他にバス待ちの客はいない。

 新宿という都市の雰囲気とは程遠く、停留所の看板も錆びて、辺りは鄙びた雰囲気だ。


 近くでかすれた文字を読むと、看板の表示は瓦礫町(がれきちょう)となっている。

 かなりいい加減なネーミングだ。

 ガレキとカブキをかけているのだろう。


 時刻表も無いので、いつバスが来るのかも分からない。

 だが噂では、待っているとどういう仕組みなのか、すぐに来るのだという。


 埃っぽい隠世の風が、静かに吹き抜けていく。


「吾が君よ、このあと歌舞伎城で何が待ち構えておるのかえ?」

「まだ秘密なんだ」


「危うしと感じたら、(おきて)を犯してでも妾を呼ぶがよかろうぞ」

「そうだね、セオ姫さま。そうさせてもらうかも知れない」


「ダメですん。掟はぜったいに遵守(じゅんしゅ)しなくてはならないですの」

「そうだな、掟も大事だ。でも命はもっと大事」

「ダメなものは、ダメですん」


 この幼女、融通が利かないのが玉に(きず)である。

 これもオートマタ故なるか。その辺のことは実は俺にも分からない。


 俺は武装を解いて、コートとシャツのラフな格好に戻った。

 物騒な真似をする輩ではないという姿勢は大事だ。


 噂通り、さしたる間を置かず、北の方からヘッドライトの光と砂塵が近づいてきた。


 やがてバスの姿が視認でき、ガタガタと乗り心地の悪そうな音が耳に届く。

 車体は停留所の看板と同じように、かなり年季が入っているように見える。

 ボンネットがあるかなり古いタイプだ。

 いったい、いつの時代からあるのだろう?


 やがて古めかしい乗り合いバスが、今にも死にそうに苦しげな音を立てて、停留所に止まった。

 ボンネットからは、怪しい煙も立ち昇っている。

 再度動き出せるのか、じつに不安な気持ちを掻き立てる景色だ。


「セオ姫さまと土蜘蛛には、ここで一旦戻ってもらう」

「承知」

「さあ、姫さまも戻って!」

「ふん、このいけずめが、しばしの別れじゃ」


 シンたちはエーテル次元での顕現を解き、それぞれのアストラル次元に還っていった。

 土蜘蛛は廃ビルを自分の館としていたが、それは隠世の拠点であって本当の住処ではない。

 あそこもかなりぶっ壊れてしまったが。


 ほとんどの超常の者は、エーテル界である隠世(ここ)や、現世である物質界とも違う別次元の世界、常世(とこよ)とも呼ばれるアストラル界に属している。


 大雑把にいうと、アストラル界とは魂が暮らす世界だ。

 魂のランクや質によって、霊界や神界、天界や魔界など、属する世界が違う。

 

 いわゆる死後の世界とされる地獄や天国のような領域も、アストラル界に存在するらしい。

 人間がアストラル界に行くには、死んで成仏するか、肉体を放置して魂だけの状態でないとならない。

 俺はやったことはないが、けっこう危険を伴うらしい。


「さあ、行こうかヤドゥル」

「はいですん」


 小さな手を引いてバスの急な階段を昇る。今どきのバスとは違い、バリアフリーではないのだ。


 ヤドゥルはシンではない。超常の者とも違う。ちょっと特殊だ。


 彼女は還るべきアストラル界を持っていない。

 傀儡(くぐつ)と呼ばれる、人形に魂が入り込んだ存在なのだ。まさに生き人形といえるだろう。


 その人形の体はエーテルで出来ており、現世ではこの姿を維持できない。

 つまりヤドゥルは、隠世でしか生きられないのだ。


 こうした存在もけっこう多く、歌舞伎城の主な住人はそうした隠世人(かくりよびと)である。

 隠世人をシンとして契約し、召喚することはできない。


 ヤドゥルもその辺は同じだが、アストラル体となって人形の体を置いて、エーテル界であるこの隠世を高速で移動することもできる。

 隠世人にはこれができないので、ちょっとヤドゥルは特殊な存在ではある。


「ご乗車ありがとうございます。大人お一人、子供お一人ですね」


 制服を着込んだ背の低い女妖精の車掌がいて、切符を売ってくれる。

 灰緑色の肌に緑の髪の毛、白目がなく、吊り上がったアーモンド型の大きな深緑の目、長くてよじれた耳が特徴的だ。

 彼女は間違いなく隠世人だろう。


 車内に客は四人。

 つば広帽子にマントで体と口を包み込んで、長い杖を床に立てている魔法使いらしき使徒が、ヤドゥルにジロリと視線を送る。


 フードを目深に被って獣の鼻面だけを出した獣人が、鼻をひくつかせる。これも隠世人と思われる。

 パンパンに膨れた大きなリュックサックを、自分の前に三つも積んでいる。

 行商人か、仕入れをしてきた歌舞伎城の商人というところか。


 その子供とおぼしき小さな獣人が、荷物を自分の前に置いて、その上に脚を乗せている。

 かなり可愛い。


 そしてあろうことか!

 よりによって、超面倒臭い奴が乗り合わせていた。

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