22. 外法蟲師
― 前回のあらすじ ―
妄鬼と化した相馬吾朗は、土蜘蛛を改めてシンにした
超常の者どもを率いて、鹿屋野比売神の作った地下通路に入る時
蘭花が発した助けを求める声を感知して、救援に向かう
再びシーンは変わり……
ふと気がつくと、天津神族使徒・有栖川理沙は柔らかなクッションの上に、仰臥していた。
辺りはどこまでも暗闇で、霞んだ目には何も映じない。
慌てずに状況を確認していく。
杖は持っていない。ローブはそのままのようだ。
喉はひりつき、熱に浮かされ全身がだるい。
指は辛うじて動くものの腕は重く、持ち上がらない。
脚は痺れていてさっぱり力が入らず、嫌な感じの痛痒が走る。
かなり危険な状態だ。
これでは起き上がることすらできない。
(どうしてこうなった?)
靄がかかった意識を奮い起こし、何が起きたのかを思い出す。
そう……幽鬼の一群に追われて、もうダメかというときだった。
転移トラップを見つけて、あえて起動させたのだ。
転送先がまた最悪で、辺り一面妖虫だらけで卒倒しそうになった。
でもだいじょうぶだ。その時は気絶していない。
覚悟を決めて、最後の力を振り絞り、火焔術式で活路を切り開こうとした。
だけど、蟲どもを燃え上がらせた灼熱の炎を掻い潜って、そいつは現れた。
真っ黒な大蜈蚣――しかも人の腕ほどもある、化物じみたやつだった。
そして怖ろしいことに素早かった。
とっさに杖の石突きで叩いたが、鋼の一撃をするりと躱したかと思うと、もう真下にいた。
脚を這い上ってくる感触、続いて鋭い痛み………噛まれた! までは覚えている。
恐らく麻痺毒にやられて、そのまま気を失ってしまったのだ。
悍ましい記憶を脳内再生した理沙は、手足が動かぬままに怖気をふるう。
しかし、なぜ生きている? と疑問に思った。
あのまま蟲どもに、生きたまま貪り喰われていたはずだ。
それが今は柔らかな、しっとりと心地よいクッションに、静かに寝かされている。
助けられて、応急処置が施されたのだろうか?
まさか、あの新人の風日祈にか? と訝しむ。
次第に視界が戻ってきた。
横に目をやると、白っぽいクッションと思えたものは、何か大きな生き物の背のようだ。
表面には細く長い毛がまばらに生えていて、横筋が走っている。
自分の脚も見えた。
股は開かれて、その大きな円筒状の背が細くなる方へと伸びており、膝から先は両側に垂れ下がっていた。
今のところ脅威はなさそうだが、見た目から推理すると、どうやらこれは巨大な芋虫だ。
冗談じゃない、もう蟲はうんざりだ――と理沙は思った。
そのときふと、人の気配が近づく。
敵か、味方か?
「イイ! とってもイ~イんだな!」
男にしては甲高い声だが、どこかくぐもっている。
それより気に障るのは、神経質っぽい語尾の上がり方。
粘着気質なのを感じさせる声質だ。
理沙は即座に嫌悪感を覚える。
「白い山芋虫に乗る日本美人って、と~っても絵になるんだな!」
視界の端に、二足歩行の人のような虫が現れた。
人間より少し小ぶりで、ずんぐりとして丸い印象だ。
ヨチヨチと理沙に近づいてくると、手に下げた灯火をそこらに置く。
姿勢を戻すと、自分の頭部に両の前脚をかけ、クイッと回した。
すると頭部を胴体から、すぽっとひっこ抜いてしまった。
違う、頭部でなくフルフェイスのヘルメットだった。
外見が甲虫のようなアーマーなのだ。
声がくぐもっていたのはそのせいだろう。
囚われの有栖川理沙:AI生成に加筆
鎧の中身の男も丸っこかった。
目まで飛び出しそうに丸く大きくて、一見幼くも見える。
しかし、よく見ればホウレイ線の深さからして、三十路は超えていそうだ。
理沙は何か喋ろうとするが、声が上手く出ず、空咳を漏らした。
「まだ蜈蚣蟲の毒が効いてるからね、無理しなくていいんだよ!」
そう言われると癪だ。
舌で喉を湿らせると、理沙は吐き捨てるように言い放った。
「仙族の……、蟲使い、……ってとこ、だよね……。ダサ、早く、殺せば?」
「もう、理沙ちゃんてば、自暴自棄なんかになっちゃだめ~だよ? 君みたいな可愛い子を、このボクが殺すわけないじゃないかぁ~」
初対面なのに、名前を知られているのが気持ち悪い。
「じゃあ……そっちが、死んでくれる?」
「イイ! その冷たい眼差し。クール・ビューティーって最高なんだな! もっとこのボクを蔑んで構わないんだよ! 実際ボクって最低なヤツなんでね……チビ、デブ、グズでさ……だからいつも、どこでも苛められたし……だから……心まで歪んじゃっても、仕方ないんだよね? ね?」
「どうして……そんなグズが使徒に……なれた?」
「あ~、それはね~~、それはだね~~、んふふふ~~……ボクに蠱毒の才能があったからなんだよ!」
「サイアクのサイノウ……」
「そうそう、ほんとそう。ボクって虫だの蛇だの小さな生き物たちを、苛めてるときだけ心がホッとするんだよ。コイツらだけが、ボクのマブダチなんだって、そんな気さえするんだよ!」
蠱毒――それは古代中国で編み出された、極めて忌まわしき呪法である。
毒蛇や蜈蚣、蝦蟇、飛蝗など、さまざまな虫や動物をひとつの壺に閉じ込め、互いに殺し合い、喰らい合わせる。
積み重なる敵への憎悪と生への執念を、澱のように凝縮させていく呪術システムだ。
そうして最後まで生き残ったものを、術者が神として祀る。
毒蛇なら蛇蠱、ヒキガエルなら蝦蟇蠱、さきに理沙を襲った蜈蚣なら蜈蚣蠱となる。
これらの蟲を、呪殺のための式神として使役するという、禁忌の外法である。
呪法で死ななければ、壺に残った腐液を飲ませて毒殺したという。
中国ではどの王朝でも禁呪とされ、術者も依頼者も発覚すれば死罪となった。
それほどまでに恐れられ、忌み嫌われた呪術だ。
日本にも伝わり、平安時代に流行した。
しかし、蠱毒の咎人は殺されずに流刑に処せられた。この時代は、死刑が長い間禁じられていたからだ。
「ボクはね、隠世じゃなく、先に現世で蟲毒を使えるようになったんだよ! すごいよね!」
「そんな……ことが……?」
「だからね、僕を苛めたやつらに一匹ずつ送ってやったんだ。あああ~~~~~………」
男はうっとりとしたようすで、しばし目を瞑った。
「あのときは楽しかったんだなぁ~! 誰もがみな、突然訳も分からず、悶え苦しみながら死んでいくんだよ」
理沙は嬉しそうに語るその男の、あまりの異質さ、異様さに恐怖を覚える。
「まさか自分が今死ぬだなんて、誰も思ってないだろ? すげえ不安で、惨めに焦って、助けを求めるんだ。通りすがりを装ったボクにまでね。めちゃくちゃ蔑んで、苛めまくってたボクにまで、哀れにも助けを求めるんだよ!」
「サイコヤロウ……」
罵りなど聞こえないかのように、男は続ける。
「だから言ってやるんだ。因果応報って言葉を知ってるかってね。それから頭を踏んずけてやるんだ。グリグリしながら、地獄にいっちゃいなって呟くと、みんな泣くんだよ。笑えるよね~!」
理沙は、突っ込む気力も失せていた。
「あ、理沙ちゃん、ボクは君のことは苛めたり殺したりしないんだよ。安心してね~」
そう言いながら、外骨格のような鎧を脱いだ丸い小男は、彼女の脚に太く短い芋虫のような指を這わせる。
理沙は嫌悪に顔を歪ませるが、麻痺しているため何の感覚もない。
「あれあれ? ずいぶん痺れがひどいみたいだね。ごめんね理沙ちゃん、これじゃあ何にも感じないんだな? ちょっと待ってね、大事なところだけは、ちゃんと感じるようにしてあげるからね!」
「な、何をっ……!」
男は腰のポーチから小瓶を取り出すと、中の虫を手のひらに落とした。
そして青黒い蛭のようなそれを、理沙の太ももの付け根に押し当てた。
口吻が剥き出しの彼女の肌に吸い付き、血を吸い始める。
「クッ……」
「ね、イイ感じに痛みが戻ってきたでしょ? この子は麻痺毒を吸い出してくれる、とってもいい子なんだよ」
その虫を剥がすと、今度は黄色い蛭を潰して、体液を傷口に吐き出させる。
「あっ………」
「ほら、ど~お? これ気持ちイイんだよね? ね?」
理沙は身動き取れぬまま屈辱に耐え、卑劣漢のされるがままになっている。
そしてようやく自分が殺されるのではなく、生かされた意図に思い至り、愕然とする。
これからこの醜い男に凌辱されるのだ。
まだ穢れを知らぬ純潔の身なのに、こんな薄汚い隠世の地下で、無理やり犯されるというのか。
現世の肉体が、これで傷つくわけではない。
しかし、そのむごい体験は、魂に深い深い傷跡を残すものだ。
決して癒えることなく、内に秘めて痛み続ける潰瘍のような傷を。
(嫌だ! こんなの死んだ方がましだもん!)
何とか麻痺から回復する方法を必死で考える。
己の四肢に、気を通そうと力む。
少しだけ足の先と指が動いた。
でも、もう少しのところまではいくのに、その先思うようにできないのだ。
自分の衣服が切り裂かれていく音が聞こえてくる。
「死ね! このクズが!」
「ああ、イイ、イイ!! イイイ!!! 理沙ちゃん、とっても可哀想! こんな最低のクズ野郎の玩具にされちゃうんだよ!」
「やめろーー!」
理沙は体を弓なりに反らせた。
ようやく腰を中心とした感覚が戻ってきた。
しかし、それすらも蟲使いの解毒の術によるものに過ぎなかった。
「これから一生忘れられないほどの快楽に、理沙ちゃんはずぶずぶずぷんと、溺れていくんだな!!! んふふふ~~」
外法の蟲師は、その大きな目をさらに見開き、満面の笑みを浮かべた。
しかしそこに人間的な表情はなく、理沙には昆虫のような無表情な面が、引きつって歪んだようにしか見えなかった。
有栖川理沙の運命やいかに……?
どうせみんな睦樹がギリ間に合って助かると思ってるんだよな!
しかし、未来はまだ決まっていないのだった……
それは汝が欲するところにあり!
===============================
ここは中野ブロードウェイ隠世屋上
ほぼほぼ片付いた庭園で、カンビヨンたちがくつろいでいる……
カンビヨンA「お茶うま……」
カンビヨンB「ケーキうま……」
カンビヨンC「うまがる姿いとし……」
カンビヨンD「並木樹木の修復99%達成……」
カンビヨンA「スコーンうま……」
カンビヨンB「スプーンうま……」
カンビヨンC「うまがる姿心に留め置く……」
カンビヨンD「なぜなの~~~!!」
===============================
次回、令和7年10月24日 日曜日更新予定!!




