21. 鬼を呼ぶ声
― 前回のあらすじ ―
新宿歌舞伎城地下深くに繋がった遠い異界に
桃源郷のような楽園があった
そこに老師と蘭花が幽閉されたため、極東に危機が訪れているという
二人は相馬吾朗に望みを託すが、彼はすでに死んで妄鬼と化していた
昏い空の下、廃墟と化した建物が立ち並んでいる。
ふつう隠世では建物が壊れると、エーテル残滓として分解され、精霊に吸収されたり、アストラル体となって大気に溶け込んでいく。
しかし、この廃墟の町では、壊れた状態が固定化されている。
それを望むいずくかの破壊神の思念が、この終末を思わせる世界を現出させているのだろうか。
はたまた、いつかの大戦の記憶への固執が、凝り固まって形を成しているのだろうか。
半壊した建造物を植物が侵蝕し、自然に還そうとしている。
しかし死に絶えたかにみえるコンクリートの壁や、割れた窓ガラスまでがそれらに抗い、緑に埋没するのを拒んでいるかのようだ。
新宿瓦礫町――この忘れ去られた無主の一帯は、誰にも縛られぬ自由気ままな超常の者、別の言い方をすれば一匹狼の無頼の徒が、己の世界を拡張しようと常世から出張ってきて、その支配領域を広げるのに適していた。
そんな者同士がときおり衝突し、小規模ながらも覇を競い合うことがしばしばあった。
その一角、つい先程まで激しい戦闘が繰り広げられていた。
しかし、そうした超常の者同士の戦いではない。
一方はそうであったが、もう一方はこの世の理から外れし外道――かつて国津神第三位使徒相馬吾朗として存在していたモノ――孤狼ならぬ妄鬼であった。
「ここまでだな……土蜘蛛よ」
「お強い……余りに……しかしこれは、尋常ならざる力……」
「そうだ。新たな世の主としての力だ。それはこの世界の理を書き換えるもの。俺を排除したそれを捻じ曲げ、俺という存在で世界を書き換える力だ」
「我に、御身の力の一部になれとご所望されるか」
「土蜘蛛よ、俺はお前を力の一部として吸収するつもりはない。再びシンとして仕えて欲しい」
「是非もあらじ……土師族の長、杜美山比古もとより主殿に臣従するものなれば」
「では山比古よ、俺とともに来い」
「ははっ!」
すると平服する土蜘蛛を、地から伸びた何本もの茨が拘束する。
「クッ、こ、これは!?」
茨が締め付け、その棘が身を刺した。
が、痛みは最初だけで、その後は温かな力がその棘から注ぎ込まれる。
大地の乳を吞むかのように心身ともに癒され、戦いの傷もみるみる塞がっていく。
「大地の癒しだ。受けておけ」
治療が終わり、茨の縛めは解かれた。
妄鬼は多くのシンを引き連れていた。
それに土蜘蛛も加わり瓦礫の道を行くと、建物が途切れ視界が開けた。
その先には荒野を背景にして、見上げるほどにこんもりと茂る茨があり、古式和装の美姫がその前で静かに佇んでいる。
流れ落ちる緑の髪の毛、豊穣の美を象るかのようなその姿は、まさに女神そのものである。
「土蜘蛛殿、お久しぶりなの」
可愛らしく首を傾げ微笑む美神に、土蜘蛛は訝る。
「さて、かかる麗しき姫神に、我は知己を得ていたものか」
「わしはもとノヅチなの。これは死にゆく皆の血を吸い目覚め、鹿屋野比売となりし身なの」
「嗚呼、なんという奇跡か。なれば先ほどの癒やしの茨も、御身の技でござりますな。かたじけない事に存じまする」
茅野姫はこくりと頷くと、皆に手招きをした。
「ささ、わしのこしらえた道へお越しなさいなの」
茨でできたアーケードの先には、大地に穿たれた大穴があった。
草原の女神、鹿屋野比売神の権能により地底に縦横無尽に作られた、隧道の入り口である。
彼ら一群はこの穴を用い、新宿隠世一帯で神出鬼没の超常狩りを行っていた。
彼らに遭遇した者どもは、ことごとく殺戮され妄鬼に吸収された。
稀に気に入られた者だけが生き残り、シンとなって付き従っていた。
そのため前例のないほど強大な妄鬼と、あり得べくもないその軍勢――そう言っても過言ではない戦力――の誕生を、誰ひとり知る由もなかったのである。
瀬織津姫もまた、相馬吾朗の妄鬼化を知ってはいたものの、彼が率いる超常の部隊までは感知していなかった。
相馬吾朗の妄鬼モード
スターフィッシュと共同開発をしていた
ゲーム『東京黙示録』用のラフ設定イラスト
小説の妄鬼のイメージより、かなり人間的な雰囲気を残している
名称も妄鬼ではなく亡鬼
世界から失われたというのを、より強く名の意味に込めていた
かつてのシン、土蜘蛛、夜刀神、烏天狗に、近辺で従えた超常者を率いながら、相馬吾朗だった妄鬼は穴を下っていく。
瀬織津姫と速玉男命、そしてヤドゥルがいないのが物足りないものの、その数およそ五十。
一使徒には到底率いられぬ規模だ。
いや、そもそも妄鬼が、シンのようなものを従えること自体が異例なのである。
彼の主人格は確かに相馬吾朗の意識なのだが、世界の狭間に取り残された何者でもない者たちの魂を取り込み、その存在は深い森のように錯綜していた。
しかし便宜上、これ以降はこれをゴロー鬼と呼ぶことにする。
ゴロー鬼は人間としての輪郭をとどめているものの、身長三メートルを超える。
装備と肉体が癒着したような姿の悍ましい巨躯からは、禍々しい神気が立ち上っていた。
その鼻先を、烏天狗が得意そうに飛びまわりながら、半ば独り言のように語り掛けている。
「カァ、近頃の精霊どもは、からっきし意気地がなしガァ。わしが近寄りゃ、みな雑魚のように逃げ惑うカァ? わしに恐れをなしたカァカァカァ! わしは天下無双の烏天狗さまよ!」
ゴロー鬼はそれを聞くともなしに、ときおり頷いている。
適当にあしらっているのではなかった。
ゴロー鬼の脳裏には、その烏天狗の声の他に、数多の声が響いており、騒がしいカラス声もそのひとつに過ぎなかったのである。
「ああ、まさにこの力だ! 早く、早く使ってくれよ」
「ねぇ……ボクだけを見て」
「それでいい、邪悪は皆殺しだ」
「生きちょると腹が減っていかんなぁ、そろそろ喰おうぞ」
そのかしましい喧騒の奥で、ひとつの言葉が閃いた。
≪ごろー、たすけて!≫
「ゴロー?」
「俺じゃない、お前のことだ」
「助けなきゃ……」
「誰?」
「ゴローだろ?」
「ああ、俺たちを呼んでいる」
「助けなくちゃ……!」
「助けなくちゃ…………!!」
「助けなくちゃ………………!!!」
「助けなくちゃ…………………………!!!!」
「助けなくちゃ……………………………………!!!!!」
ゴロー鬼は振り返り、皆に告げた。
「みんな、助けに行くぞ!」
シンたちがそれに応える。
強力な超常の軍勢が、新宿歌舞伎城の地下を目指し、進軍を開始した。
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次回、令和7年10月17日 日曜日更新予定!!




