19. 受け継ぐもの
― 前回のあらすじ ―
天津神族使徒、有栖川理沙の救援に向かうが
途中幽鬼の群に遭遇
雑魚はたちどころに倒すものの
馬頭の幽鬼がボスキャラとして行く手を阻んだ
馬面鬼は得物の両刃槍――双竜戟を、ブンブン振り回し始めた。
俺は慌てて突進を止め、距離を取る。
「八郎丸! 不用意に近づくな!」
狗神は俺と反対側に回り込み、背後の死角から攻撃しようとしていた。
しかし、俺の直感が危険を告げていたのだ。
馬頭は伊達じゃない。背後の視覚もある程度あるに違いない。
馬面鬼 AI生成を加筆修正
「フフォフォフォ、双竜はどんどん速くなるぞ!」
馬面鬼は見事なまでに戟を回転させる。
刃の風切る音が凄まじい。
触れるものすべてを切り刻む勢いだ。
その中に突入するのは、自殺行為に思える。
かといって、あのまま突っ込んで来られたら、果たして受けきれるだろうか。
こんな敵がいるなら、狭い通路で戦うべきだったと後悔するも、すでに後の祭りだ。
いや?
イヤイヤイヤ、こういうときのための切り札があった!
そう、これで勝てる!
(ヴァレフォール、あいつの武器を奪え!)
(ごめんマスター、それができないのよ)
(どうして!? レベルが高すぎるとかか?)
(あいつ馬だから、焦点を合わせることなく全体を見ているのさ。八方睨みって感じだね)
そうか、ヴァレフォールは視線のある敵からは武器を奪えない。
馬頭はやっかいだ。
(くそ、どうしたら……)
「フシュどうした、怖気づいたか? ならばこちらから行ってやろう!」
そう吐き捨てるや、両刃の旋風と共に突進してきた。
旋回する刃を見極めて、槍で正面から受けるのが精一杯だった。
ギンッ!! と激しい音で火花が散り、腕まで痺れた。
回転の勢いで右へ下がる戟に釣られて、槍を持っていかれそうになるのを堪えると、もう左上から次の刃が迫ってくる。
体勢を崩さぬよう、槍の勢いを利用して右前へと身を滑らせ、必死に刃をかいくぐる。
それでも戟の回転が弱まった隙に、矢が馬面の胸に、肩にと刺さるが、まるで影響がないみたいだ。
さらに背後の隙を狙って狗神が背に斬りかかる。
しかし、鎧に阻まれてダメージを与えられない。
俺が最初に受け止めた刃が回転して、背後の狗神に襲いかかった。
狗神は馬面鬼の背を蹴って背後に跳んで逃れた。
時が止まったかのようになり、目の前にガラ空きの腹部が視える。
鋭く突きを繰り出し、これで決まりかと思いきや、蹴られた。
炎の穂先は蹴り上げられたのだ!
槍は上を向いてしまい、俺はバランスを崩す。
ヤバい、次の刃が迫る!
しかし、すんでのところでヤドゥルの魔法障壁が間に合った。
刃が止まり、魔法障壁をバリバリと削っていく。
そしてヴァレフォールの風の刃が、馬面の顔面を引き裂いた。
すかさず俺は体を引きながら、魔槍を振り下ろす。
ガツンと強い手応え。
しかし、浅い!
火焔咒をぶち込むに足りないのだ。
魔法障壁を破った戟の刃が、俺の脇腹に迫る。
避けようがない!
しかし、必殺の一撃が俺を襲う直前に双竜戟はかき消えた。
ヴァレフォールの手の中にそれはあった。
馬面鬼の顔から吹き出す血が目に入り、視界が途切れたのだ。
狙ってやったのだろう。
驚愕に見開かれる、馬面の血に染まった瞳。
体の動きも一瞬止まる。
俺は頭蓋骨に弾かれた槍を、再度同じ場所に思い切り打ち込んだ。
浅い傷跡に追撃が食い込む。
情け容赦ない火焔呪が、幽鬼の脳天から侵入した。
目から耳から鼻から炎が吹き出した。
口からも盛大に火焔を吹き出しながら、馬面鬼はどうっと倒れた。
「やったぞ!」
前衛の俺たちが、かすり傷程度のダメージを受けただけで、あっという間に十九体の雑魚敵と一体のボスを撃破することができたのだ。
「すごい……です」
まあ、確かにすごく上手くいった。
風日祈さんが胸を抑えながら駆け寄ってくる。ちょっと顔色も青い。
「もしかしてレベルアップした?」
「はい、お陰さまでレベル9に上がりました」
「それは良かった」
「あの、聞いてもよろしいでしょうか?」
「え? はい、どうぞ」
「ボスとの戦い、私どうやって勝ったのか、分かりませんでした」
「うちに盗みの天才がいてね。良くやったぞヴァレフォール」
「ふふん、もっと褒めてもいいんだよ、マイ・マスター」
「ああ、お前のお陰で勝てたよ。すごいぞ」
ガラン、と大きな音がして、双竜戟が床に転がる。
「こんな重い武器、良く振り回してたものね」
「ヴァレフォール、そいつを俺に譲ってくれ」
「どうぞどうぞ、振り回してみるかい? マスター」
「いや、ムリムリ。双竜戟の宝具化を解く」
無双の戟は、俺の手の中で両方にすくいのある、少しばかり長いスプーンと化した。
「なーんだ、使わないのか」
「なるほど、そうやって戦利品を運べるんですね」
「我楽多になってもでかいままだと困るけどね。さすがに双竜戟は自分じゃ重くて使えないから、店で売るつもりだよ」
でかい仲間、そう、相馬吾朗が最後にシンにした土蜘蛛に出会えたなら、改めてシンにして渡すのも悪くない。
「でもほんとうにびっくりしました。天津神族の先輩たちより、敵を速やかに制圧していました。それも圧倒的にです」
「そ、そうかな。まあ、敵とチームの相性とかあるしね」
「そういうものも、あるんですね」
「完勝でも時間を取られた。みんなで矢を回収して先を急ぐよ」
「はい、ありがとうございます」
(フフーン、これは好感度アップだぞ)
(那美さんはどうしたのかな、かな?)
俺の心の闇の人格、アストランティアがすかさず突っ込んでくる。
(べ、別にこれは浮気とかそういうのじゃなくてだな、パーティーキャラの好感度上げるのは、こういうものの基本だから)
(それにしては、嬉しそうだけど?)
(彼女が男だったとしても、嬉しいさ)
(そっちの気とか無いのに?)
(BLじゃ無くても、好感度アップは良いことなの!)
(そういうことにしておいてあげるねー)
(なんか引っかかる!)
(それは君の心の引っかかりなんだよ)
確かに彼女といて、水生那美のことを忘れていた時間があったのは否めない。
なので厳密にいえば浮気に近い状態だったのかもしれない。
でも良く考えてみれば、そもそも俺は彼女の恋人ではなかったのが、すでに判明してるじゃないか。
いや、だとしても、恋人の代わりに成り得る者――ではあるはずだ。
とはいえ彼女と無事再会して、俺が相馬吾朗じゃないってのに納得したら、ふつうにフラれることだってあるわけだ。
いや、その可能性は、けっこう高いかもだ。
複雑極まりない背景設定による誤解……からの~勘違いで、俺が勝手に盛り上がっていただけってこと……だったりする。
実は最初から俺は、当事者じゃないってことだ。
(ヤバいぞこれ。俺って那美にとって、何でもない人かも知れない)
(でも、那美さんを助け出して上げたよ? それに槍の力もつながってる)
(そうだけど、結局は俺は吾朗の代わりにしか過ぎないよ)
(堂々と、俺は吾朗さんの代わりですって、アピールすればいいんじゃない?)
(そんなんで納得してくれるか?)
(分かんないけど)
(分かんないんかよ!)
アストランティアは俺の[アニマ]とかいう無意識の人格だ。
超能力者でも予言者でもないから、まあ、知ってることの限界はあるよな。
イヤイヤイヤ、考えるの止めよう。
ここは出口も分からない危険なダンジョンだ。
さらにその上、天津神族の使徒の救援にまで向かっているんだ。
今、思い悩んでも仕方ない。
でも、でも、でも!
一度気になると、そう簡単には頭から締め出せない~~!!
これが純情とか、恋心とか、そういった類のもんなのか?
クソ! 実に困った感情だ。
持て余して、投げ捨てたいのに、それができないでいる。
みんなと、周囲に警戒して走りながらも、俺の脳の半分は別のことに使われている。
ファンタジーのスキルにある並列思考ってやつだコレ。
俺スキルなしに使えてるスゲー。ってか、そんくらい頑張ればできるだろ?
それじゃあ、このまま警戒レベル上げながら考えてみるか?
俺は水生那美と、今後どう向き合えば良いんだろうかってことを……。
彼女は、俺を通してその背後の相馬吾朗を見ていたに過ぎない。
だとしたらだ、俺は彼女の前で相馬吾朗として振舞った方がいいんじゃないだろうか。
それがお互いに幸せになれる、唯一の道のような気がする。
しょせん恋愛なんてものは、互いの中の妄想の愛を、相手に重ねているだけにしか過ぎない。
彼女の妄想の吾朗が俺で、俺はその想いに応える存在となる。
そんなの真実の愛じゃない、という人がいるかも知れない。
じゃあ、真実の愛って何だよ、って聞き返そう。
もとからそんなものは無いんだから、答えられるはずがない。
答えられたとしても、それは欺瞞にすぎないのだから。
本当の愛なんて、物語の中だけのものだ。
相思相愛のラブラブ・カップルにしても、たまたま互いの妄想が、上手くかみ合ったというだけに過ぎない。それはとても運が良かったってことだ。
そして、互いの勘違いを許容することが、ほんとうの愛なのだ。
「犬養さんの槍、大きくなったり小さくなったりするんですね」
「うぉっと!」
「あ、ごめんなさい、いきなり話しかけて」
「いや、そんなことないよ。こっちこそごめん、ちょっと考えごとしてたんだ」
俺の槍は、手の中で小刀に戻っていた。
「お邪魔してしまいました」
「そんな、気にしないで。ぜんぜんそんなことないから」
「はい」
この子、すごく物腰が丁寧すぎて、ちょっと対応に困るな。
いい家のお嬢様なんだろうけど、それに合わせて俺も丁寧語使うのも変だしなって……あれ? いつの間にか、ちゃんとふつうに喋れるようになってるぞ俺。
要は慣れなのか。
それとも美少女とは未知の生命体でも宇宙人でもなく、自分と同じホモ・サピエンスという生き物であって、正体不明で不気味だからって差別しちゃダメだってことが、やっと理解できたのか俺。
うむ、差別、ぜったいダメ。
それともあれだ、リスペクト・ビーム浴びて調子にこいてるだけなのか。
まあ、そんなところか。
でもまあ、このまま調子こいてみよう。
「そう、この武器――魔槍屠龍蜻蛉切は、力を流し込むとデカくなって、炎を纏うようになるのだー」
「すごい神器ですね」
「神器? うーん、そんなレベルなのかな? 分からないけど。これも前任者の相馬吾朗から、受け継いだものなんだ」
そう、何もかも相馬吾朗から受け継いだ。第三位の位階も、技能も、この国を護るためにって大義のために。
その上、水生那美も「受け継いだ」ってわけか?
「さっき、ナミッタノン、とか何とか……叫びませんでした?」
「あ、そうだったかな……いや、そうです。確かに叫んでましたー」
「それは呪文かなにか……ですか?」
「まあ、そんなようなもんだよ」
「主さまは、水生那美さまより、力を授かっているのですん」
「水生那美……さま……ですか?」
「国津神第一使徒のお姫さまですの」
「凄いんですね、そんな方の力を呼び出せるなんて」
「ぜんぜん凄くないよ。俺が不甲斐なくて助けてもらってる感じ」
「あ、もしかして『ナミッタノン』じゃなくて、『那美、頼む』でしたか?」
「ううー、それが正解」
改めて言われると、かなり恥ずいかも。
「きっとお二方の紐帯が、しかと結ばれているのでしょうね」
「はいなのですん」
「だといいんだけど……」
「なんか、ちょっぴり羨ましいのです」
紐帯……難しい言葉知ってるな。
那美と俺との間に、そんなものがあるんだろうか。
「あ、もうすぐです。そこの丁字路を左に折れると、有栖川さんがすぐ近くにいるはずです」
さあ、並列思考はこれまで!『努力、友情、勝利』の時間が始まる。
集中するぞ!
「みんな、救出対象が左側にいる。間違えて攻撃するなよ。それと、敵がいるかも知れないから要注意だ」
「危険が迫っているのですん」
やっぱり敵がいるようだ。間に合ってくれるか。
「ひみぃ!」
振り向くと、風日祈さんが真っ青になって固まっている。
「どうしたの?」
「む、む、むぅむぅひぃ……」
「うぁっ!!」
彼女が涙目で指差す先には、丁字路の壁と床一面に、Gを思わせる黒いナニカが貼り付いていた。天井にもだ!
無数のそれたが暗闇で蠢き、左右の道の先、どこまで続いているのか知れない。
それもただの蟲ではなかった。
得体のしれない、どんよりとして不快な瘴気を放っている。
そして胸部の背には、人のような醜い顔があった。
正確には顔でないかもしれない。
皺が悪意によってよじれて、あたかも顔のように視えているのだ。
まるで人の邪念がそのまま形を成したかのよう。
出花隼のアバドン蝗にも似ているが、もっと邪悪で醜悪なものだ。
怖れる者を嘲笑するかのように、それらが一斉に笑いの形に歪んだ。
「い、いぬかひ、さん……!」
珠子の声は震え、腰が引けて固まっている。
「下がってるんだ! ベトベトさん、頼む!」
正直、俺だって泣きそうだが、彼女を押し返すと、ベトベトさんの腕に委ねた。
「ダイジョブだよ、みんなが守ってくれる」
(さあ、やっちゃおう!)
(平気なのか、アストランティア?)
(ボクまで怖がったら、君だって逃げちゃうでしょ?)
(クソ、その通りだ!)
(自分を見つめれば、恐怖を克服できるよ)
(よし、やってやろうじゃないか!)
「スノウドロップ、凍らせちまえ!」
こんなものが存在して良いはずがない!
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ここは多摩川水底隠世、プチ竜宮城……
「全然ダメだね、セオ姫さま」
「えええ、お姫さまよ、妾の何がだめと言うのかえ?」
「エンタメよ、人をもてなし、喜ばせようという姿勢がまるでないの」
「えんためねえ? ここらじゃとんと聞かないねえ」
「セオ姫さまに新しいことは求めないけど、わーっすごいー、てなる驚きとか、楽しいとか、あるじゃない?」
「水底の石の舞いも、自然の理を曲げてそれなりにえんためっているとは思わぬかえ?」
「ぜんっぜん! まだ伝統芸能の方が見てられる」
「それじゃ、では、かようなのはいかがかの?」
瀬織津姫は、扇子を取り出すと、優雅な舞いを踊りながら、歌いだした。
「御神の世より継ぎしこの水
流れは止まず、澄みて清らなり~。
今宵御前にて
古の水の業こそ示さん。
雫ひとたび落つるも
心をうつし、魂濯ぐ。
心眼澄ませ、音ぞ聞け
水の声こそ、天地の調べなり……
今ぞ、水、舞い上がらん!」
扇子の先から、水が吹き出した。
「いかがであろう? 伝統芸能の水芸の舞いじゃ
存分にえんためであろう?」
「ただセオ姫さまのスキルを、踊って見せただけじゃんよ!」
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次回、令和7年10月5日 日曜日更新予定!!




