5. 山童
山童はどこにも見当たらない……
「上ですん!」
俺が上を向くと同時に、赤黒い影が落ちてきた。
カツッ! と堅い衝撃が、俺のヘルメットを叩く。
何だと思う間もなく、今度はスネを攻撃されるが、防具に遮られる。
「山童、血迷うたか!」
土蜘蛛の素早い手刀が空を唸らせるが、赤黒い影はそれをかいくぐり、土蜘蛛の懐に入り込んで一撃を加えた。
「小癪な!」
どうやら山童が攻撃してきているようだが、俺にはその姿さえはっきり見えない。とんでもない速さだ。
「山童なのか!」
俺の呼びかけに一瞬動きが止まったそれは、確かに山童だった。
しかしその表情は怒りに醜く歪んでいた。
唸り声を上げ、すぐに俺めがけて影が走る。
素早くジグザクに動きながら迫るシンに、対処を戸惑う。
すうっと背後から冷気が吹き抜けた。
影はジグザグ移動を止め、滑るように真っ直ぐ進んで壁に激突した。
床に瀬織津姫の水が流れて、足をすくったのだ。
わずかに動きの止まった隙を、土蜘蛛は見逃さなかった。
戒めの糸が走ると、山童は壁に貼り付けられた。
「ギシャ―!!」
体を弓なりにして縛から逃れようとする。
俺は駆け寄り、山童の両肩をつかんだ。
その左目が真紅に変化しており、瞳孔も山羊の目のように横に細い。
まるでレギオンを率いていた、あの悪魔の目のようだ。
俺と目が合った山童は、ニタリと嗤う。
「しっかりしろ、山童!」
顔を近づけ、目を睨みつけ、強い咒をのせて言霊を打つ。
「俺だ! 相馬吾朗だ! 山童のサジよ、目を覚ませ!」
苦悶の表情が、やがて疑問の表情となり、山童が戻った。
しかし左目は瞳孔がやや膨らんだものの、赤いままだ。
「旦那……わしゃ、いったい……」
「済まなかったな山童、危険な目に遭わせて」
「あああ、くっそたれめが、あの悪魔! 土蜘蛛どん、戒めを解いてくだされ」
山童は自由になると、「ふう!」と気合を入れる。
と、突然右手の爪を自分の左目に突き立てた。
「んぐわあああああ!」
「何をするんだ!」
眼窩から血が滴り、頬を濡らしている。
山童は右手に包んだ自分の左眼球を握りつぶした。
「あやつがわしの目を使って、ずっとこちらを見ちょるのですわ」
「だからといって」
「いんや、こうすっきゃねぇので」
「山童……
ヤドゥル、糸は見えないか?」
「確かに眼球に付いていたのが消えたのですん。でも山童はエーテル体もアストラル体も不安定になっているですの。」
ヤドゥルが笹を振ると、一枚の葉が飛んで山童の左目に当たり、緑色の柔らかな光とともに消えた。
目からの出血は止まったが、眼球は再生されていないようだ。
「念のために妾が心身清めて進ぜよう」
「え、そいつぁ……」
山童は断ろうとしたが、それより早く頭から冷水を滝のごとく浴びせられた。
「ぶるるるるるる!!」
毛むくじゃらの体を震わせると水飛沫が飛び、俺も巻き添えを食った。ヤドゥルはとっさに飛び退いており無事だ。
「山童、妾が水を引いてやるに、おとなしゅうせぬか」
水は大きな水滴となって、山童から逃げるように去っていった。
セオ姫さま、俺まだ濡れてるんですが?
「おやまあ、吾が君は水も滴る良い男っぷりじゃのう」
どうやら山童を危険に晒した反省をしろということらしい。
「山童よく頑張った。今は戻って心身ともに回復するんだ」
「へい、そういたしやす」
そう言うと山童の姿はかき消え、エーテルの残滓が辺りにきらめいた。
回復のために、しばらくは山童の召喚は控えるべきだろう。




