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18.有栖川理沙救出へ

― 前回のあらすじ ―


  風日祈珠子(かざひのみたまこ)の兄は妄鬼と化し

  現世から存在そのものを消された

  家の恥だと悲しむ珠子に

  睦樹は「彼は最後まで戦い抜いた」と語り、忘れてはならぬと励ます


  その後、仲間の有栖川理沙(ありすがわりさ)と連絡がついたが

  彼女は幽鬼の追跡から逃れるため、自ら転送の罠を起動していた


  そして転送先に待ち受けていたのは

  無数の蟲たちであった……


「有栖川さん、通信を切ってしまわれました。でも、蟲だらけの場所って言ってました」

「ヤバそうな場所だね」

「はい、心当たりがあるんです」

「そんな場所に?」


「私が転送の罠にかかって送られた場所かも知れません。すぐ調べてみます。ちょっと待ってください」


 風日祈さんは、ノートを操作している。

 マップ画面をチェックしているようだ。


「やっぱりです。有栖川さんの現在地が……わ、私が転送された場所に重なってます」

「じゃあ、助けに行こう」


「い、いいんですか?」

「もちろん。仲間を助けるのは当然だ」

「は、はい……た、助けに行きましょう」


 風日祈さんは笑みを浮かべようとしていたが、口はひきつり、声もどもっている。……正直、ダイジョブか?

 仲が悪いのか、それともただ笑うのが下手クソなキャラなのか――いや、今はどうでもいい。拙速が大事だ。


「よし、行くぞ! オイリー・ジェリーの斥候は中止だ。全員まとまって走る!」

「はい、お願いします」


「ヤドゥル、危険察知はどのくらい?」

「範囲じゃなく、すぐ来るかどうかだけ、ですん」

「じゃあ、前方五メートル先を飛ぶピクシーの危険は分かる?」

「だいたい分かると思うですの」


「なら、鳴女とピクシーたちは前方を飛んでくれ。ただしヤドゥルの範囲――五メートルからは出るな」

「承知しましたわ。コロンバインちゃん、ブルーベルちゃん、気をつけて」


 姉さま役のスノウドロップが、皆に確認する。


「もちろんですわ、お姉さま」

「分かったのよさ」


「鳴女、あなたもそれに従ってください」

「承知しました」


 その他の陣形を細かく指示すると、シンたちはそれぞれ頷く。


「さて、出発の前に回復しておこう。風日祈さん、けっこうギリでしょ? これ飲んどいて」

「あ、ありがとうございます」


 二人して回復薬の瓶を飲み干す。やっぱりここは腰に手を当てて、グイッといこう。

 風日祈さんは、左手を瓶の底に添えていかにもお上品。

 うむ、それもアリ。


「じゃあ、道案内たのんでいいかな、風日祈さん?」

「うええぃ、もぅ、もちろんです」


 こりゃダメだ。かなりキョドっている。

 無理しているのは明らかだ。


「ダイジョブ? 何か問題あるんじゃないの?」

「いいいいえ、何の問題もないのです」

「無理してない?」

「無理してません!」


(彼女何か隠してるよ)

 アストランティアが囁く。

(でもこれ以上、詮索してる時間はないなぁ……)


 ほんとうに危険なら、いずれ彼女から話してくれるだろう……いや、待てよ……


「もしかして、蟲だらけなのが怖い?」

「こっこっこっこわくなんて、ありまひぇん! ア、アマ、天津神使徒風日祈珠子にとって、そんな蟲けらなど、お、恐るるるに足りないのですっ!」


「そうか、なら良かった。でもまあ、俺はめっちゃ怖いけどね」

「!!…… 犬養さん、怖いのですか?」

「誰だって怖いだろ、特にGの集団とか」

「ひっ!」


「ダイジョブ、みんなが付いてる。出くわしたら、君は下がってていいよ」

「こ、こわくなんか……」

「女の子が蟲だらけなの、怖いのは当たり前だよ」


「はい……でも、いいのでしょうか? 使徒が蟲ごときに……」

「使徒だって女の子だろ?」

「そう、ですけど……」

「じゃあ、そういうことで」


 ちいさく頷く風日祈さん。

 何とか落ち着いたようだ。

 蟲集団に出くわしたら、彼女は後方に下がらせて、ベトベトさんに守ってもらおう。


「えっと、ここの階段を昇るのかな? それとも下とか?」

「いえ、こ、こ、こ、この階です」

「了解、みんな行くぞ!」

 俺たちは彼女がもと来た方へ走り出した。


 先導はピクシーたちと鳴女。

 それに俺と風日祈さんが続き、すぐ後ろにヤドゥルとオイリー・ジェリー、プリンス・クロウリーとその上に乗ったスネコスリを運ぶベトベトーズ、そしてヴァレフォールにエルダー・ブラウニーのともぞうさん、殿(しんがり)に狗神の八郎丸が続く。



挿絵(By みてみん)

   風日祈珠子、走る AI生成によるイラスト




「そこを左です」

「はい、姫君」


 十字路手前で、天津神JK戦士がナビをして、鳴女が応える。

 うむ、これならダイジョブそうだ。


「ピクシーたち、左だぞ!」

「分かってるのよさ」

「コロンバインちゃんは知ってたわ」

「その先を右です」


 暗黒の地下通路に、走る足音が響き渡る。

 これは敵に「目標はここにいるぞ」と、(げき)を飛ばしているようなもんだが、幽鬼なら速さで振り切れるはずだ。

 魔獣だけの集団だと、そうもいかないだろうが。


「何か危険を感じるのですん」


 ヤドゥルの警告がきた。


「みんな止まれ! ピクシーたちも戻るんだ」


 しかし、鳴女だけがそのまま飛んでいく。


「風日祈さん、鳴女を戻して」

「鳴女は、敵の集団が近づいてくると言っています」


「君らもテレパシーが使えるんだね。ここで迎撃体制とるから戻るように伝えて。それに幽鬼の瘴気に当てられると、無謀な行動しちゃうし」

「え!? そうなんですか?」


「そうそう、あれはちょっと厄介。[狂騒]状態になって鳴女が幽鬼たちに先制攻撃することになるよ」

「止めないと!」


「それはそれで面白いかもよ、マスター」

「ちっとも面白くないよ、ヴァレフォール」

「鳴女、戻ってきます」


 鳴女を追うようにして、幽鬼と魔獣の混成集団が現れた。


「コロンバイン、いつもの風を頼む」

「お任せされてあげるわー」


 もしかすると、瘴気の状態異常はエルダー・ブラウニーのともぞうさんのパッシブスキルで防げるのかも知れない。

 でも、ガスという形あるものを吸い込んでしまった場合、どこまで防げるかが心配だ。

 距離が離れ過ぎて防御効果が切れたせいなのかもだが、現にオイリー・ジェリーは[狂騒]に罹っているのだから。

 単に敵のレベルが高いから防げない、という可能性だってある。


 コロンバインの術式の風が、瘴気を吹き飛ばした。

鳴女は自分のすぐ下を吹く風に吸い込まれそうになり、慌てて強く羽ばたいてこちら側に飛び込んでくる。


 魔獣一体と幽鬼四体が、狭い通路から少し開けた場所へと躍り出てきた。


「行くぞ、八郎丸!」

「応!」


 前衛は俺と、最後尾からすっ飛んできた狗神。

 中衛にはプリンス・クロウリーとヴァレフォールにピクシーたち。風日祈さんにもそのグループに入ってもらう。


 その背後にはベトベトさんが壁を作り、ヤドゥルやスネコスリ、ともぞうさんにオイリージェリーたちを守っている。

 一番後ろにもベトベトさんが壁を作り、警戒している。

 これまでの戦闘で編み出した、鉄壁のフォーメーションだ。


「那美、頼む!」


 魔槍屠龍蜻蛉切が、灼炎を吐きながら伸びた。

 先頭の幽鬼と魔獣の横列を、横薙ぎにする。


 想定外の間合で切られ、炎にも怯んだところを、勢いのまま八郎丸と猛攻し、後退させた。

 これで敵の突進力は完全に削いだ。


 鋭い突きが幽鬼の腹に決まった。切っ先から(ほとばし)る猛火、内側から幽鬼が爆ぜた。

 八郎丸が風のように舞い、双の刃が闇に(きら)めくと、ブサイクな首が飛んだ。


 その横では、ブルーベルがいつものように魔獣を眠らせている。

 ベトベトさんたちの触腕がすかさず伸びてきて、頭部をすっぽり覆った。

 EPチューチューで吸い殺してしまうのだ。


 残りの幽鬼二体を、狭い通路にまで押し戻す。

 これを嫌った一体が、俺と八郎丸との間に一瞬できた隙間から抜け出した。


 すると後方から「カヒュン!」と鋭い音、醜い面の額には矢が突き刺さっていた。

 仰向けに倒れる幽鬼。


 ちらと後ろを振り返り、サムズ・アップ。

 何か照れ照れしながら、サムズ・アップを返す女戦士珠子。

 ちょっと可愛いかも知れない。


 隘路(あいろ)のため、正面二体しか有効に空間を使えない。

 三体は並ぶことはできても、武器を振るうと隣にぶつかってしまうのだ。

 こちらは強力なツートップで、敵二体を抑え込めばいい。


 右側は、俺が間合いの外から槍で突き崩す。

 左側を八郎丸が素早い動きで切り刻んでいく。


 こちらがノーダメージで、一方的に(ほふ)りまくる状況を目の当たりにしても、敵は逃げない。

 虚しく(たお)れ、エーテル残滓(ざんし)の銀の飛沫(しぶき)を噴き出す仲間を踏み越えて、次が襲い掛かってくる。


 瘴気による[狂騒]状態のままなのか、相変わらず無謀な突撃を繰り返すばかりだ。

 幽鬼の頭を飛び越えて、後方に襲いかかる魔獣がいたが、またしてもブルーベルがコロッと眠らせてしまう。

 そしてベトベトさんたちの触腕再びだ。魔獣哀れなり。


 ときおり戦斧が飛んでくるが、俺か八郎丸が余裕で撃ち落とす。


 残り五体になったところで、今度は圧倒的な数の優位を活かすため、後退して少し広い空間まで退いた。


 ここぞとばかりに中衛に突撃した幽鬼は、プリンス・クロウリーが舌パンチで吹っ飛ばし、仲間と激突。

 さらに風日祈さんの弓矢がバンバン撃ち込まれ、敵は見る間に弱っていく。かなり頼もしい。

 弱った奴らを俺と八郎丸で、とどめを刺していく。


 そして最後に残ったのは、他の幽鬼よりかなり上背がある馬頭の鬼だ。

 おそらくリーダーだろう。


 すでに矢が何本も刺さっているというのにまだまだ意気軒昂な感じがする。

 そんなの効いてないってか?


 武器がかなり特殊だ。

 薙刀のような大きな刃が、長柄の両端に付いている。

 ファンタジー世界でしか登場しない両刃槍というやつだ。

 そんな武器にお目にかかれるとは、隠世もまたファンタジー世界ってことかい?


 柄も二メートル超えの太くて長いやつで、金属っぽく鈍く光っている。

 金属なら相当重いだろうし、両刃ってことでかなり扱いの難しそうな武器だ。

 振り回せば味方も巻き込んでしまうだろう。

 だから今まで戦いにはあまり参加しなかったのか。


 当然アナライズしても、レベルが高すぎて詳細は分からない。


【名称:馬面鬼(マメンキ)

【固有名:不明】

【神族:仙族】

【分類:死神】

【種族:幽鬼】

【レベル:不明】


 見た目まんま馬面(うまずら)だが、マメンと読むらしい。

 レベルが不明ってのは洒落にならない。


「うぬら……フシュ、なかなか見事に黒無常連を討ち滅ぼしたものじゃ。フン、吾が直接槍を振るうことになろうとは。フン、驚いたぞ猿ども。プシュムシュ、この調子で最期の死の舞を楽しませてくれ」


 お、おおむね言葉が通じる!

 やはりレベルの高い奴は違うね。

 プシュフシュ言ってるのは、言葉なのか分からんけど、なんかボスキャラっぽい。


 舞うのはお前だ! とか言ってみたいけど、風日祈さんの前ではちょっと恥ずかしい。


「ちょっとしたボス戦ってわけだ。風日祈さんは少し下がって」

「ボス戦……ですか? 幽鬼チームのボスとの戦いなのですね」

「ん、まあ、そゆことだ」


 ゲーム脳とかいうレベルではなく、ゲームをやったことがないお嬢様か!


「はい、気を引き締めて参ります」

「かなり危険度が高いですん」

「みんな、覚悟してかかれ!」


「プシュ、寄せ集めの烏合の衆めが、うぬらの手管はすでにお見通しじゃ。吾が双竜戟が腹を空かせておる。フシュム、存分に食ろうてやろう!」


 ダイジョブだ、俺たちなら勝てる。

 自分にそう言い聞かせて踏み出した。



果たして有栖川理沙は妖蟲どもの只中で無事なのか!?

風日宮珠子の正気は保てるのか!?

===============================


「はい、おっしゃる通りです。すでに何かがおかしいのですよ」


 校門から出てきた少女は、艷やかな長い髪を九月の残暑の風になびかせると、呟いた。

 赤いフレームの眼鏡を人差し指で押し上げる。

 その仕草のせいで、セーラー服の胸元が少しきつそうに見える。


 ……いや、呟いたつもりなのは本人だけで、張りのある声は独白のように響いていた。

 人目を引くほどの美少女だ。

 下校中の生徒たちはちらちらと視線を寄こしながらも、これには関わってはならぬと好奇心を殺す。


 「何がおかしいの、美琴?」


 そんな中、背後から声を掛けてきたのは、同じセーラー服姿のショートヘアの少女。

 快活そうな雰囲気で対照的だ。

 しかし眼鏡の少女は振り向かない。


「昨日とは違う今日、どこかで書き換えられた過去……はい、承知しております。結ぼれの糸を辿らなくてはなのです……一体なにモノが……」


「フツーじゃないの? 昨日と今日が違うのは」


「ひえ!?」


 ショートヘアの()が、前に回り込んで声を掛け直したのに、眼鏡の()は驚かされて小さな悲鳴を上げた。


「アハハハ、やっぱり気づいてなかった~。美琴~、何ひとりでぶつぶつ言ってたの? しかもでっかい声で……いつものことだけどさ」


「あああ、ああ、あの……ごきげんようなのです、櫻田女史。これはその、大いなる独り言なのです」


「うんうん、そうだねー。たしかに、おっきな独り言だったよ」


「はい、大きいのですよ。御学友の皆さまにも関わるやもしれない、大問題なのです」


「その大問題、ひとりで抱えてないで、あたしにも一緒に抱えさせてよ」


「え………? それは……却下します」


「ええ~~? なんでよ~~?」


「親友と言っても過言ではないあなたのお願いでも、こればかりは無理難題すぎなのです」


「そんなこと言わないで、友達ってこんなときのためにあるんだよ? 大丈夫、話してみてって」


 櫻田遥香はそう言って、戸来美琴に肩を寄せる。


「櫻田女史、だ、だめなものはダメなのですよ」


 ちょうどそのころ――犬養睦樹が久々に家を出て、コンビニで涼を取ったあと、高円寺駅前のパル商店街でハーブの売人の逮捕劇を撮影していた。


 同じ東京の空の下で、天使族使徒・戸来美琴は、大きな世界改変の気配を感じ取る。

 これから日本の未来に関わる探索を始めるのだと、覚悟を決めた。

 だというのに、友人の介入ひとつうまくいなせず、困り果てているのであった。


===============================

次回より週刊に戻します!!

令和7年9月27日 日曜日更新予定!!

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