17. 魂と妄想
― 前回のあらすじ ―
鳴女を助けようとした天津神族の風日祈珠子と戦いになるが
ベトベトさんの壁で阻み、多幸と催眠で落ち着かせた
睦樹は目覚めた彼女と、ぎこちないコミュニケーションを始める
アストランティアのお陰で、ほんの少しだけ自信を持って話せそうだ。
「あはは、はははは、なんか俺って、シン特化型の、その、ちょっと、か、変わった使徒みたいだね、あははは……」
「そう……なんですか。私、知識の上ではいろいろと教わってはいたんですが、本格的に隠世で戦うのは、実は今日が初めてなんです」
「ええっ?!」
「なので、至らないところあったら、遠慮せずに教えて下さい」
「いや、そうは言っても……」
「ほんとそのせいで、いろいろ失敗ばかりなんです。ほんとにダメで……天津神のチームの仲間とも、はぐれてしまいましたし」
「そんな、こと、ないよ。薙刀とか、ちょ超ぉ、す、すご腕じゃないかな? 俺、完全に負けてたよ」
「そんな、負けてたなんてこと、まるでないですよ」
「イヤイヤイヤ、ぜんぜんだったよ。き、君はガチで強い。でも、その、言い訳みたいだけど、実は俺も隠世デビューはつい最近で、ここが四回目かな」
「え? そんなに短期間でこんなに沢山シンを、ですか? きっとレベルも高いですよね? どうしたらこんなに……」
「主さまは、封魔をしなくても、会話でシンにできるのですん」
「それって、珍しいんですか、ヤドゥルさん?」
「他の使徒には、まずもって不可能な偉業ですの」
「ん、そう、なんか、そうらしいんだ」
「とっても特別なんですね」
「国津神族第三位の使徒ですん」
「え、え、すごいんですね犬養さん、第三位なんですか、さすがです」
風日祈さんの瞳がふわっと見開かれる。
そこからリスペクト光線が俺に照射されているようで、モーレツに小っ恥ずかしくて尻がむずむずする。
「それに、太刀筋が鋭いです。武道もけっこうやってらしたみたいですね」
「いやっ! ち、違うんだ! まあ、あの、お、俺の腕は、ちょっとしたチートなんだ」
恥ずい、声が裏返った。
「……チート? ですか?」
良家のお嬢さんで、あんまりゲーム系言語を知らんのかもしれない。
「チートってのは、まあインチキとかズルとか、反則技ってことだね」
「そんなズルで技量が身につくものでしょうか」
「国津の先代三位から、技能を引き継いだみたいなんだ。お陰で死地を切り抜けてこられた。それより、君こそほんとにすごいよ」
「私は、風日祈家が代々使徒の家で、幼い頃から、薙刀、合気道、和弓は叩き込まれましたから、家が特殊なだけなんです」
「ええ、そんな家系が、あ、あるんだね。すごいんだね。お兄さんも一緒に修行していたの?」
「兄さまは……兄をご存知なんですか?」
「いや、まあちょっとね……」
寝言で呟いて涙してたなんて言えない。
「兄は……一家の恥辱でした。使徒の皆さんには、たいへん申し訳ありません」
(この娘の兄、風日祈守弘は、妄鬼となって討たれた天津神使徒ですん)
(え、そうなのか、それ早く教えてよ)
「ち、恥辱なんて、ぜったいそんなことないよ。立派に戦って、それで無念の最期を遂げながら、それでもまだ戦おうとして立ち上がったんだ」
相馬吾朗の記憶が蘇る。
新宿隠世郊外で、使徒たちが神族の枠を超えて結集し、妄鬼を討ち果たした夢の映像だ。
妄鬼として狂戦士化した風日祈守弘は、真っ先に突出してしまった仙族の蘭花を、魔弓のただの一撃で撃破した。
それを助けようとした仙族の戦士を次々と蹴散らして、たちまちのうちに壊滅状態にさせたのだった。
悪魔族、天使族が左右から挟撃するのを振り払うと、国津の陣営に突進してきた。
その勢いを国津神第四使徒の荒渡大地が体を張って止めると、吾朗と那美が同時に襲いかかった。
国津神族総力あげて戦ううちに、周囲からも他の神族が駆けつけて、包囲殲滅戦となったのだ。
体躯はもとの三倍以上、蓬髪は血のように赤く染まり、鬼相となった相貌は、怒りの表情が硬直して仮面のように張り付いていた。
鎧や武器は、血管が侵食したようにまるで有機物化しており、彼は自身の手足の延長のようにして扱った。
妄鬼という存在のあり方は、憎悪と殺意のみに彩られ、その姿も凄惨で恐ろしくもあったが、それでもなお守弘は、武人としての輝きを失っていなかった。
己の力と技のみを信じ、修練のうちにひたすら高みを目指し、その行使に命をかけるその姿。
吾朗は守弘をただの邪悪な一匹の鬼だとは捉えられず、どこか尊崇の念を感じながら戦ったのだった。
「お兄さんだって、何かを守ろうとして守りきれなくて、それが心残りで、必死で頑張って頑張って、なりふり構わず生きようと戻ってきたんだ。そしたら……そうなってた。きっと、そう、きっと、そうだ。ただそれだけだよ!」
「はい……きっと、そうなんだと思います」
少女の頬に涙がつっと流れる。
しまった、なんか余計なこと喋り過ぎた。
「ああああ~~、ごめん、すまない、つらい事、思い出させちゃったね」
「いいんです。私ももういい加減、受け入れなくちゃならないこと、なんです」
死を受け入れる……そう、死は受け入れるものなのか。
俺も父さんの死を、もう受け入れて……いるのだろう。
けれど……
「俺は、妄想が得意でさ……」
「え?」
「その、妄想っていうか、心に思い描くのが、好きで、特技ともいえるんだけど……」
何を喋りだしてる俺!?
「それで、今いない人とかと、妄想の中でよく会話したりするんだ。たかが妄想なんだけど、それがもしかしたら、どっか魂で繋がってるんじゃないかって。そう思えば、現実ではたとえ死別してても、心ではまだ少し、生き残りの猶予みたいなのがあるかなって……」
何だか訳わからない慰さめだ。
「でも、妄鬼となって討たれると、魂も消滅して世界から無かったことになるそうです。実際兄の遺品はことごとく消え失せました」
ああ、そんなことが言われてたな。
しかし、遺品が消え失せるとか、そりゃ事象の書き換えが起きてしまうのか。
それでも、まだ希望がある。
「でも、覚えてるじゃないか」
「え? 私が、ですか?」
「そう、君が風日祈守弘の存在を覚えてる。ってことは、魂は完全に消え去ってなくて、きっと通常の死後の魂とは状態が違ったものになってるだけなんだよ」
「そう……なんでしょうか?」
「きっとそうだよ」
いや、俺にも分からん。
だがしかし、俺は妄想至上主義者だ。
死んでいようと、最初っからこの世に存在しなかろうと、俺は魂を吹き込める。
現世からも隠世からも常世からも消え失せた存在でも、妄想の手は届くのだ。
なので、この娘が強く願えば、魂は存在するに違いない。
「だから、君が簡単に受け入れる必要はないんだ。君が思い出せれば、お兄さんの魂はまだ消えてないってことだよ」
「ほんとに……?」
「少なくとも、俺はそう信じてるよ。この世界では、強く信じることで本当になるわけだし」
実際にそうなのか俺にも確信は持てないが、けっこう強い感じでそうだと思える。
「ありがとう……ございます。みっともなくても私……もう少し受け入れるのを先延ばししてみます」
「それでイイと思うよ。俺だって先代の記憶を引き継いで、お兄さんを見た記憶を持ってるんだ。世界から消えてしまうなんてこと、無いはずだよ」
「はい……」
良い感じで彼女を慰められたようだが、ヴァレフォールの奴め、両手のひらを上にして首を横に振っている。
そんなわけあるかいってことか?
だがまあ、彼女に伝わらなようにその背後で静かに主張するだけのデリカシーは持っているようだ。
「話変わるけど、鳴女がこの昇り階段を見つけてやって来たんだよね。俺もオイリー・ジェリーが辿り着いたとこだ」
「はい、階上には天津神族の仲間たちが、彷徨っているはずです」
「え? パーティーごと迷ってるの?」
「ええ、しかも、みんなバラバラにされてしまいました」
「どうしてまた」
「なにか、罠を踏んでしまいまして……どこかに転送されてしまったようなのです」
「みんな罠にかかったってか。それじゃ俺たちも上に昇ったら慎重に行かないとな。誰か罠察知できるやつはいるかい?」
「宿得が近づけば、危険を察知できるのですん」
「どこに罠のスイッチがあるか判定できる?」
「ごめんなさい、そこまでは分からないですの」
「謝らなくていいんだぞ」
と、思わず頭を撫でてやる。
「はいですん~」
ヤドゥル、目を細めてなぜか嬉しそうだ。
好きなのか撫でられるの、猫みたいだな。愛いやつめ。
「そうだ、ヴァレフォール、お前盗賊の悪魔だろう? 盗賊といえば鍵開けとか罠外しじゃないか。なんか出来ないのか?」
「その木偶が危なそうなところを教えてくれれば……」
「ヴァレフォール、今後ヤドゥルを木偶と呼ぶのを禁じる」
俺は飛び出そうとするヤドゥルの頭を、撫でてた手で押さえつけながら命じた。
「分かったよマスター、そのデ◯をなんて呼べば?」
「そのままヤドゥルでいいよ」
「その使えないヤドゥルとやらが、危なそうな場所を適当にほざけば、アタシが見えざる手で隈なく探って罠解除することはできるわよ」
「形容詞付けなくていいから、ヤドゥルだけにしろ」
「は~い、ますたー」
「えっと、風日祈さん、罠は踏んだり触ったりするものなの?」
「はい、私のは壁に出っ張った石があって、それに触れて飛ばされました」
「他のはどんな感じ?」
「済みません! 実は、私が最初にひっかかってしまいました。だから、他の人がどんな罠にかかったのかは、知らないのです」
「え? じゃあどうして、みんなが罠にかかったと?」
「あ、スマートフォーンの変化したもので、連絡しあって、現状を把握したのです。それも先刻気づいたばかりで、私ほんと初心者なんで情けないです」
「いや、それはしょうがないよ」
俺もさっきマップ機能使い始めたんだけどな。
「じゃあ、みんながどんな罠にかかったかを、聞いてもらえないかな? 触る、踏む、ワイヤーなんかに引っ掛かる、みたいな見えるものならまだいいんだけど、その場に入っただけで作動するなんてものがあるとやっかいなんだ」
「はい。でも、さすがですね。本当に探索に慣れた使徒のようで、まだ四回目とは思えないです」
いや、これはゲーム知識ってやつでね、とは説明しないでおこう。
風日祈さんが、スマノーを取り出して、コールしている様子。
「渡邉宗興さんは、電波の届かないところにおります」と、スマノーの声。
「おかしいですね……」
「どうしたの?」
「渡邉さんという使徒とは、さっきは連絡取れたんですけど……今は電波が届かないってと返されました」
「うん、聞えてた。他の人は?」
「立花さんにかけてみます」
スマノーでかけている様子は、現世のスマホと違ってノートに向かってじっと見つめている感じだ。
「立花靖さんは、電波の届かないところにおります」と、同じようにスマノーが告げる。
「立花さんは前回も電波が届かなかったのですけど、今回もだめすね。最後に有栖川さんにかけてみます」
「繋がるといいね」
数度のコール音のあと、相手の顔が画面に現れた。
眠そうな目をした、不思議な雰囲気の少女だ。
「ん~……たまっち、あーしもうだめぽ」
「え、有栖川さん、しっかりしてください」
「幽鬼いっぱい、追っかけてくるし、もうAPないんだし、詰んだし」
「今行きます、逃げ切ってください!」
「あ、これワープの罠っぽい、触るしかないわー」
「え? 有栖川さん、無茶しないでください」
「おうわ!」
「どうしました?!」
「げげげ……クソ蟲だらけ……クソサイアク……」
「蟲だらけって……そこってもしかして……」
「なんかー、もう無理なんでー、とりま焼くわー、んじゃね」
「有栖川さん!」
通信が切れた。
何やらヤバそうな状況だ。
風日祈さんの顔も蒼ざめていた。
有栖川理沙の危機!
陸樹は救援に駆けつけようとするが
その場所は珠子が必死で逃げてきた蟲の群生地だ!
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「あのさ、僕たちも忘れ去られた存在になってないかな?」
ボロボロの格好をした少年が、独り言のように呟く。
しかし、僕たちと言っている以上、誰かに向かって喋っているのだろう。
「ん? 何ぞ言うたかのぅ?」
シャランと錫杖を鳴らしながら返すのは、黒のタンクトップにホットパンツ、目のやり場に困るほどの肌の露出度の多い女性。
背が低くて年若い少女のようだが、豊かな胸を誇っている。
そうした服装に余りに不釣り合いなのが、仏教の僧侶が身に纏う袈裟である。緋色に金糸の花の模様を施した見事なものだ。
それをむき出しの肩に掛けている。その下から生足が生えているようだ。髪を落とすつもりはないらしく、茶色のポニーテールを揺らしている。
「なんでもない、ただのメタ発言。気にしないでいいさ」
「んん~~?」
尼僧らしき娘が、左手の指で頭をクリクリしている。
「お前、忘れ去られた存在とか言うてたか?」
「なんだよ、聞こえてたんじゃないか」
「いや~、聞いてなかったので、脳に入った声を再生したんじゃ」
「何だソレ?」
「ほれ、テープ巻き戻すみたいにして、再生するんじゃよ」
「そのテープってカセットテープとかいうやつ? あんたいったい幾つなんだよ?」
「キヒヒヒ、レディに歳を尋ねるのはマナー違反じゃぞ」
「はいはい」
「さて、先の答えじゃが、忘れ去られたとて、別にお前が消えるわけじゃない。気にするな」
「え? 僕らの存在に関わることじゃないの?」
「お前が己があると信じれば、消えることはないわ」
「禅問答みたいになってきたなあ」
「わしは禅宗ではないよ。護法を使い、天部、鬼神の力を借りる真言宗じゃ」
「どう違うんだよ」
「禅宗では、そうした超常の存在を頼ることはせん。悟りも救いも、ただ今の己にありというわけじゃな」
「なんか、たいへんそうだな、それ」
「そうそう、わしらのように超常の者に頼れんからのう! お前もシンを使役する、こっち側の人間じゃよ」
「ところで、ここってどこ?」
「どこでもない、お前とわしがいるだけの場所じゃ」
「そのわしって言ってるあんたは誰? 名前は?」
「わしか? それは言えぬ」
「なにか秘密でもあるの?」
「なに、わしの素性や名前は、本編のお楽しみじゃからの」
「なんかメタメタだな」
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次回!! 令和7年9月21日 日曜日更新予定!!




