15. 鳴女
― 前回のあらすじ ―
風日祈珠子は、天津神族たち仲間とはぐれ、ひとり彷徨っていたが
スマートノートで連絡を取り合うことができた
そしてシンである鳴女の再召喚にも成功
何とか昇り階段を見つけ、仲間と合流するために探索を開始する
しかし、いきなり背後から背に斧を打ち込まれる
鳴女も偵察に出していて近くにおらず、窮地に!
私の背に戦斧を投擲したと思われる幽鬼が、瘴気をまといナイフで襲いかかってきた。
間合いに入られる前に、バックステップで後ろに跳ぶと同時に薙ぎ払う。
思わぬ武器の出現に、構えも取れず隙だらけだ。
突き出されたナイフを、指ごと切り飛ばす。
踏み込んで返す刃はきれいに首に吸い込まれ、切り裂く勢いでもろとも叩き飛ばした。
続く二体の幽鬼が一瞬怯むと、彼らのまとう瘴気もそれに従うように退いた。
彼らの得物は同じく長さ五十センチあまりの戦斧、こちらの薙刀は二百センチ。間合いでは私が圧倒的に有利だ。
しかし、投擲には要注意。
二体の幽鬼は左右に開き、ジリジリと迫ってくる。
同時に襲いかかるつもりだろう。
左手前には瀕死の幽鬼が一体が転がっている。
首から血ではなくガス状のエーテル残滓が吹き出し、それを手で圧えながらのたうっている。
対峙する二体は、そいつを介抱する気などまるで無いようだ。
「ひぃいいいいい!!!」
耳をつんざく悲鳴。
鳴女の唯一の攻撃スキル、鳥啼だ。
一瞬だが敵の動きが止まる。
ごく弱い麻痺を伴う、防御力低下効果の悲鳴が効いたのだ。
刹那に一閃、そして二閃、薙刀がひらめく。
幽鬼どもの醜い首が、二度宙に舞うには充分の効果時間だった。
そして転がっている幽鬼にもトドメを刺す。
「つぅっ……い、痛い……」
敵を倒してホッとしたところで、痛みを思い出す。
「姫君、まあどうしましょう、斧が背中に!」
背中に手を廻したけれど、上手く掴んで引き抜けない場所にある。
「鳴女、これを抜いていただけます?」
「やってみます」
鳴女は雉の姿から、落ち着いた着物の女性の姿に変化した。
そして斧に手をかけるが、何か躊躇しているようだ。
「姫君、しゃがんでいただけますか」
彼女は私より小柄なため、上手くできないようだ。
「これでいいですか?」
斧が抜きやすいよう、しゃがんで姿勢を低くする。
「参りますよ」
「お願いします」
「ぬぬぬ……」
「くぅっ!」
猛烈に痛い! 背中から生命力が抜け落ちていくのが分かる。
「申し訳ございません、私の力では抜けません」
「私に足を掛けて、力を入れてみて」
「そんな姫君を足げにするような真似は……」
「いいからやりなさい」
「は、はい……うぬぬぬ……」
「………!!」
さらなる激痛に私は耐える。
そして、背中が軽くなると同時に大量に血液が吹き出し、エーテル飛沫となって飛び散った。
「抜けました! でも、傷口から血が!」
「大丈夫です」
私はポーチから飲み薬の瓶を取り出すと、蓋を空けて一気に飲み干した。
生命力であるエーテル・パワーが溢れてくる。
もう一本を鳴女に手渡すと、自分で飲もうとするのを慌てて止めた。
血を見てよほど動転しているのか。
「それを傷にかけてください」
「あ、はい、まことに申し訳ありません、ただいま」
傷口に回復薬がびしゃびしゃとかけられる。
「あうぅ……」
焼けるような痛みが襲ってくるが、すぐにそれも引いていった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、もう平気です」
そう答えたものの、心は穏やかではない。
私はひとつの殺し合いに、辛うじて生き残ったに過ぎないのだ。
このまま戦い続けていれば、いつかは死ぬのがこちら側となるのだろう。
少なくともこの暗闇から抜けられなければ、遅かれ早かれそうなるのは目に見えている。
死んだとしても、現世に戻るだけ。そして記憶を少し失うだけ……。
でも、お兄さまもそうして殺し殺され、何度も痛みを乗り越えた先に、ついには妄鬼と成り果てたあげく討伐された。
こんな戦いに、どんな意味があるというのだろう?
互いにどこかで戦いを止めることはできないのだろうか?
私がしゃがみ込んだまま考えていると、背中に軽くて温かいものが乗ってきた。
「姫君、辛いお気持ち、お察しいたします」
「鳴女……」
私がダメージを受けたのが、精神的にも辛そうに見えたのだろう。
鳴女が背中から抱きしめてくれている。
鳴女と珠子(AI生成画像を加筆)
「女の身で隠世大戦の重責を背負い、命を懸けて戦うなど、無体な話です」
「覚悟の上です」
「はい、そうでありましょう。ご一緒させていただいたこの短い間にも、姫君はとても真っ直ぐな心持ちのお方と存じ上げました。ゆえにどんなに理不尽な使命であっても、甘んじて受けてしまわれます」
「私が、というより、そういう家柄なのです」
「なおさら、ではございませんか?」
「そうかも知れませんが、どうあっても私がやらねばならないのです」
「そうせねばならぬというなら、重責といえども悲壮に受け止めるのではなく、もっとお気を軽くにされてはいかがでしょうか?」
私は戦いのあり方自体に迷いを生じて悩んでいたけれど、きっと心のどこかで何故この私が、というのを押し殺していたのかも知れない。
どうせやらねばならないのなら、勉強や習い事と同じで、何故を考えるより、如何にを考えた方がいいだろう。
「そうですね、鳴女、私は考えすぎていたようです。この課題は今じゃなくてもいい。ここを出られたら、改めて考えることにします」
「はい、必ず出られますから」
そう言って鳴女は、抱きかかえるようにして私を立たせてくれた。
非力なものだから、私がそれに合わせて立ったようなものだけれど、支えてくれる気持ちが嬉しい。
「さあ、参りましょう」
「ええ、また物見をお願いします」
「お任せあれ」
線の細い女性の姿が、再びメスの雉となって暗闇の向こうへと羽ばたいていく。
その勇気は私を思ってくれるからこそ、湧いてくるのだろう。
せめて私もそれに応えないといけない。
今度は背後にも気を配りつつ、私は再び歩き出した。
それから何度か幽鬼やそれに魔獣が混じった小グループの敵を撃破し、レベルも二回上がった。
しかし受けたダメージも、累積すればかなりになるだろう。
そして、ついに回復薬も底を尽きた。
これ以上ハードな戦いには、耐えられそうもないところまできたのだ。
早く上り階段にたどり着くか、仲間に合流しないと、間違いなくここで死ぬことになる。
地図を見ると、かなりの距離を踏破しているのが分かった。
しかし、ほぼまっすぐ進んで来ていて、面を探索できていない。
私は探索の方法を変えることにした。
「鳴女、私たちが今いる場所を中心に半径二十メートルくらいをすべて探査して、昇り階段を探してみてくれますか? その間私はそこの段差の上で隠れています」
「はい、姫君、そのように探してみます」
初めからこうしていれば、無駄な戦闘は避けられたし、回復薬も浪費せずに済んだことだろう。
これも私の経験不足からくる失点だ。
レベルは上がったけれど、それは別の機会にもできることだった。
しばらくして鳴女が戻ってきた。
「姫君、階段はありませんでした」
「では、二十メートル戻って、また同じことをします」
「はい」
これを繰り返して、四回後戻りして探索したときだった。
(姫君、昇り階段を見つけました!)
(どこですか?)
(そちらから北に向かった先……クィー……)
急に鳴女のテレパシーが途絶えた。
(鳴女、どうしました!? しっかりしてください!)
しかし、彼女からの反応はない。
撃たれたのか?
状態を確かめるため、急いでノートを開いてステイタスをチェックすると〔睡眠〕となっており、EPにダメージは受けていない。
何らかの罠にかかったか、それとも敵か?
急げば鳴女を救えるかも知れない。
でも、もし敵がいて催眠の術式を使ってくるとしたら、私の命も危うい。
どうしたら良いか、という迷いを抱きながらも、すでに私の足は北に向かって駆けだしていた。
※ ※ ※ ※
いい加減ダンジョンを彷徨った後だった。
「主さま、地図を見ないのですの?」
と、ヤドゥルのやつがポツリと口にした。
地図だと?
地図があったのかよ、と喉元まで出かかったが、聞き返さなかった。
ああ、そうだろうとも、スマホにはグーグルマップとかあるよな。
それに気が付かなかった俺が、ダメでアホな子だったよ。
「そうだったな、ヤドゥル、思い出させてくれてありがとう」
「どういたしましてですん」
というわけで、スマートノートの地図ページを広げると、今までかなり出鱈目に歩き回ったお陰で、けっこう広範囲がマッピング出来ていたことが判明した。
ついでに別のページには、中野ブロードウェイの完全マップが完成していた。これは俺がルーラーになったおかげだろう。
そういえば、ロードである狗神をこっちに召喚しちゃうと、中野の守りが無くなってしまうじゃないか。
今更ながら気が付いて俺はちょっと焦る。
「八郎丸、中野隠世の守りって、どうなってるんだっけ?」
「はっ、我らが居ぬ間は、カンビヨンの娘っ子らが守っておりまする」
「え? ヴァレフォール、そんな手を打ってたんだ」
「ルーラーがすぱっと警戒心抜けてるもんだから、ロードでもないアタシが、一のシンとしてしっかりフォローしないとダメってことなわけですよ。それをマスターに知られることもなく、こそっと手配していたアタシって、めっさ偉くないすか?」
「ああ、すごく偉いぞ、ヴァレフォール、世話になる」
「フッフーン! 貸しにしとくのよ」
「一のシンは我らぞ!」
「アンタら、一じゃなくいっぱいでしょうが?」
「むぅ? 確かに我らはいっぱいいるが、むむ?」
「いっぱいは、一じゃないっしょ?」
「くぅう、一じゃなくていっぱい……」
「いいじゃん、いっぱいのロードで」
「ヴァレフォール、そのくらいにしといてやれ」
「……いっぱい…ロード……むぅ?」
「八郎丸、誰が一のシンとかじゃなく、みんな俺にとって一番っていえるくらい、大事なシンだよ」
「まーたまた~、コロンバインちゃんが一番好きって言えないからって、誤魔化さなくってもいいんだからもう!」
「コロンバイン、お前ってほんと可愛いよな」
「え? なに? やめてなのよ、イキナリそういうの!」
ピンク妖精がすっ飛んで消えていった。
(コロンバインちゃん、可愛いね)
(まったくだよ)
ブルーベルがもう我慢できんって感じでプルプル震えている。
それもまた善し。
さて、今更ながらの便利マップ機能の出現に、これまでの徒労感を若干感じつつも、その後はダンジョン探索の興奮と楽しさを満喫することができた。
マッピングしながら探索するのと、あてもなく彷徨うのとは、精神的に雲泥の差があった。
それにフロア・マッピングの完成という目標を達成すれば、迷宮脱出の糸口が見えてくるという希望もある。
そして探索の間、次々と現れる幽鬼中心のグループを倒しまくった。
俺たちが無双できたのは、奴らに対して、チームの相性がかなり良かったからだ。
幽鬼どもには、俺の炎と狗神八郎丸の素早さが有効だった。
そしてヴァレフォールが武器を奪えるのも強い。
時折混ざる不気味な獣には、ブルーベルの催眠が効いた。
敵が多勢でも、プリンス・クロウリーや、ベトベトーズと、攻撃できる手駒も多く対応できたのも大きい。
アンデッドで、かなりダークな波長で、しかも醜怪な超常の者をシンにしたいとは思わなかったので、存分に経験値となってもらった。
一度話しかけてみたんだが、何だか言葉が通じなかったってのもある。
そのとき奴らの言葉から、ひたすら不気味な波動が伝わり、こいつらヤバいと感じたのだ。
相当数を平らげて、こちらは損害ゼロでレベルアップまでできた。
もちろんダメージは喰らってはいるが、その都度しっかり回復しながら進んでいるので、危なげない勝利を重ねてきているのだ。
最初こそヤドゥルにかなり脅されてビビッていたが、格上相手にまさかの連戦連勝の楽勝バトルである。
とはいえ油断は禁物だ。
APの消耗はあまり気にせず、力の出し惜しみはしない。
回復薬にも余裕があるから出来ることだ。備えあれば患いなし。
こうして未踏破エリアを慎重に、かつしらみつぶしに探索し、階段やエレベーターが無いか確かめていった。
これまでに降り階段は見つけたが、ダンジョン・フロアを下に行けば危険度が増すというお約束はイキなので、そこはスルーして先を急いだ。
それとあの瘴気を喰らうと、判断力が鈍って行動が暴走することが分かった。
あの臆病なオイリー・ジェリーが隠形で隠れていたのに、瘴気に巻かれるや幽鬼に立ち向かい、その鼻っ面に噛みついたのだ。
ノートでステイタスを確認すると、〔狂騒〕となっていた。
一旦ジェリーの召喚を解いて対処したが、幸いあまりダメージを受けずに済んでいた。
もし俺が瘴気に当てられて〔狂騒〕状態になっていたのなら、作戦も何も無しに突っ込んで行って、酷い目に遭っていたことだろう。
直観的にヤバいと感じて、風を起こして瘴気を吹き飛ばしていて大正解だった。
もしかすると、幽鬼どもが遮二無二突っ込んでくるのも、自らの瘴気で〔狂騒〕化してるんじゃないのか。
敵のレベルが高くてまだ細かくアナライズできないが、そのうち成功させて確かめてやろう。
そして遂にオイリー・ジェリーが昇り階段を発見した。
でかした俺の大鼠よ!
ジェリーが進んだ道は色分けしてマッピングされているので、階段下で待機させて進んでいくと、エマージェンシーが入った。
(ヂヂ! 鳥が一羽キタ!)
(見つかったか?)
(オレ、見つからナイ! オレの隠形、もっと強い)
どうやら敵の鳥型超常の者も隠形しているようだ。
おそらくジェリーと同じ偵察なのだろう。
同じ偵察でこっちが勝ったというのは、かなり嬉しい。
(よし、そのまま見張ってろ)
「みんな、敵の斥候が来たみたいだ。多分大きな集団が近づいて来ている。待ち伏せしてやろう」
「あーしがそいつ眠らせてやるのよさ!」
「いや、それじゃ奇襲できないだろ?」
「報告なんか、させてやらないのだわさ!」
言い終わらないうちにブルーベルは、猛烈な勢いですっ飛んで行った。
このところ幽鬼の出現ばかりが続いて、奴らには催眠が効かないもんだから彼女の出番が無かった。
やっと活躍の場が訪れたって張り切っているんだろうけど、やれやれ困ったもんだ。
斥候が戻らなくても、呑気に「便りの無いのが良い知らせ」とか思ってくれればいいんだが、そうはならんだろうな。
それに、こまめに斥候のステイタスをチェックしていれば、すぐバレる。
まあ、そのときはそのときだ。
やるしかあるまい。
俺たちも急ぎ足でその場に向かった。
交錯する睦樹と珠子のルート
一触即発の行方は!?
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ここは多摩川の水底、瀬織津姫の館
「セオ姫さま、竜宮城もこんな感じなの?」
「竜宮城ほど大きゅうはござりませんえ。されど似たような館だと思うて寛いでくださりませ、お姫さま」
「鯛とか鮃とか踊らない?」
「ここは河ですから」
「じゃあ、鮭とか鮎とか踊る?」
「ここは隠世ですから」
「じゃあ何が踊るの!?」
「ええっと、その………」
「セオ姫さまが踊る?」
「いいえ、妾はお神酒がすすまないと踊りませぬゆえ……」
「じゃあ、じゃんじゃん呑もうよ」
「いえ、ここにある分ではぜんぜん足りぬゆえ……そう、川底の石でも踊らせてみましょう!」
「石って……?」
「さあさ、川底の丸石、黒石、重石や、妾の呼ぶ声に応えるがよいぞ。いざ、いざや、舞を舞うのじゃ、 ほ~れ、ほぉれ~~、くる~~りくるり~~」
「地味すぎ」
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次回!! 令和7年8月17日 日曜日更新予定!!




