14. 闇の中の希望
― 前回のあらすじ ―
水生那美は瀬織津姫の助けでススキの草迷宮を脱出
隠世の多摩川中流の水底にある
瀬織津姫の宮殿へと向かった
シーンは新宿歌舞伎城の地下ダンジョンに戻る
パーティーから独りはぐれた風日祈珠子が
大量の蟲にパニックを起こし、走って逃げ出した続き……
どこまでも続く暗闇の通路。
手に持つライトは無茶苦茶に振られて、悪夢のような光景を切り取って見せつける。
どれだけ走ったか分らない。
気が付けば、もう蟲がいないところにまで出てこられていた。
風日祈珠子、AI生成画像を加筆修正
「はあ、はあ、はあ……」
脱出できたという安堵感とは裏腹に、手がまだ震えている。
あのおぞましい生物が、隠世にまで進出しているとは思わなかった。
実際は現世とは違う存在なのかも知れない。
でも見た目はあれによく似ていたのだ。
もしかしたら、踏み潰してしまったかも知れない。
靴の裏を確認するのは、怖すぎるのでやらない。
「これから……どうしたら……」
そうだ、このノートはもとスマートフォーンなのだから、チームの皆と連絡が取れないだろうか?
ページを捲るとアドレス帳のページがすぐに出てきた。
[有栖川理沙:歌舞伎城西外周地下:不明]
[立花靖:歌舞伎城西外周地下:不明]
[渡邉宗興:歌舞伎城西外周地下:不明]
やった、名前に触れるだけで、電話が通じそう。
でも、「不明」というのが気になります。
まずは立花さんの名前をタッチしてみる。
「立花靖さんは、電波の届かないところにおります」
ノートがスマートフォーンみたいなことを喋る。
「やっぱりだめでしたか」
ダメ元で有栖川さんの名前に触れてみる。
すると、コール音が聞こえてきた。もしかすると、繋がる?
「んー……だれ~? 今忙しいんだけど?」
「あ、私です、風日祈です。はぐれて独りなんですけど」
「んー、あーしもひとりで死にそうですけど、ナニカ?」
「ならば、急いで合流しましょう」
「今どこ~?」
「それが、分からないんです」
「あーしも分からない……あ、敵来たから切るね」
「あ、有栖川さん!」
何とか急いで合流しないと。
でもまずは、渡邉さんにも連絡を取ってみよう。
名前に触れるとコール音がする。
「あー、珠ちゃん、やっと電波通じる場所に出たんだな。無事だった?」
「あ、はい、一応まだ無事です。渡邊さんもご無事で?」
「ダイジョブ、ダイジョブ、いや~、良かった良かった」
「有栖川さんが死にそうだって言ってます。何とかできないでしょうか?」
「君の方はどうなの?」
「はい、自分がどこにいるかも分かりません。でも、矢は充分にありますし、近接戦になったら薙刀を宝具化することもできます。ダメージも受けてませんから、有栖川さん優先でお願いします」
「そうか、済まないがそうする。迷子のようだけど、地図機能は使ってる? 自分が通ってきた道が表示されるよ。逸れる前の道も表示されるから、そこ近づけば分かるし、今ノート使って連絡取れたから、俺の今通ってきた道も表示される」
「知りませんでした。ありがとうございます。立花さんはいかがされてますか?」
「あいつも迷子だ。まだ連絡が付かんから困る。相当深いところにいるんだろう」
「心配ですね。でもまずは有栖川さん救出に向かってください。彼女の道は分かるんですよね?」
「ああ、実は今向かっていたとこなんだ。それじゃ一旦切るよ。彼女と合流したら、君を探す」
「はい、ありがとうございます」
良かった、立花さんは心配だけれど、少し希望が出てきた。
地図を見ようとページを捲り、自分の軌跡がひどい曲がりくねった道を通って、ここまで辿り着いたのを確認した。
一箇所同じ場所をぐるぐる回ったらしき跡もある。これは他の人に見られたくない恥ずかしい記録になってしまった。
残念ながら以前のチームで歩いたルートは同じ地図内に見えなかったし、他の人も見えない。別のフロアなのだろう。
フロアを変更するアイコンで、上のフロアを開くと、何とチームで移動したルートと、渡邊さんと有栖川さんのルートがあった。
「これなら、一階昇れば何とかなりそうです」
さあ、階段を探しましょう。
でも鬼たちの集団に遭遇したら、まず勝てない。
慎重に歩を進めなくては。
「こんなときに鳴女がいてくれたなら……」
(……おりますよ、姫君!)
と、かすかに鳴女の声が聞こえた。
驚きと安堵が一緒に溢れて涙が出そうになる。
「鳴女、どこにいるのですか?」
しかし辺りを見回しても彼女の姿はなかった。
(私は独りで隠れております)
ああ、そうだ、テレパシーで思念を送ってきているのでした。
私が思ったら、繋がったのだろう。
(召喚をお解きなられて、再度お呼びくださいませ)
なるほど、一回戻してそれから呼び戻せば、ここに現れてくれるということだ。
(分かりました)
「雉の鳴女よ、お戻りなさい」
(直ちに戻ります)
すると青い光がどこからともなく現れて、弓の上端、末弭から吸い込まれていった。
ほんとうに自分はダメな使徒初心者だと思う。
はじめから鳴女を再召喚していれば、もう少しマシな……と頭を過ったのだけれど、思い直した。
蟲のただ中にいる自分に気付くのが、早くなるだけだったとしたら、結果はあまり変わらなかったのかも知れない。
でも、ダメ初心者であるのは変わらない。
「情けないよ、珠子!」
しかし、あれの集団を目にしたら、やはりパニックを起こしてしまうだろう。
あれだけは、どうしてもダメなのだ。
いや、それだけじゃなく、虫全般苦手だ。
特に集団でうじゃうじゃいるのは。
想像しただけで血の気が引いていくのが分かる。
今は亡き兄さまにも誇れる使徒になるためには、克服しなくてはならないのだろう。
どんなに虫で溢れたダンジョンでも、たじろぐことなく進まねばならない。
私は戦士なのだ。
ちっぽけな蟲どもの集団など、何するものぞ。
そんなもの、蹴散らし、追い散らし、すり潰し、勝利せねばならない。
それでこそ、誉れ高き天津神族使徒のひとりとして、胸を張れるというものだ。
そう、やらねばならない……あれに、勝たなければ……ならない……のか……
「ふぇええ~~……やっぱり無理ですぅ~~」
私は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
すると目線が地面に近くなり、慌てて立ち上がる。
あれらが這いまわった場所かもしれないと、そこに近づくのも忌避してしまうのだった。
「やっぱり私……使徒に向いてないかもです」
つくづく自分が嫌になる。
それでも、気持ちを切り替えなくては。
鳴女の前では、こんな惰弱な姿は見せられません。
彼女が姫君と呼んで、支えてくれているのですから。
そう、頑張らなくてはです。
パンパンと頬を叩いて気合を入れると、再召喚に臨んだ。
「雉の鳴女、天津神族使徒風日祈珠子が召喚に応じ、疾くこの場に来られよ」
弓全体が青く光り、それが弓束辺りに球をこしらえるように凝縮して、ふっと放たれると、一羽の美しい雌の雉の姿になった。
「召喚に応え、よくぞ戻りました鳴女」
「吾が姫君、ご無事でなによりにございます」
「ありがとうございます。さっそくですが、この先の偵察をお願いします」
「はい、かしこまりました」
「あと……蟲がいないかの確認も……ついでにお願いします」
「蟲……でございますか? 食べられるものをお探しで?」
「!!!!」
やめて! 鳴女、それだけは想像させないで、お願いだから!
「違う……ます……から……その……蟲の中にも害を為す不届き者とか……が、いるかも知れませんから……」
「承知いたしました。姫君、蟲が苦手なのですか?」
「こ、好みではありません」
「蜂の比礼でもあれば良いのですが……家宝の中にはございませんか?」
「蜂の比礼? それはどのようなものかしら?」
「十種神宝のひとつとされ、それを振ればあらゆる虫の害を避けることができるものです」
「そうでした。出雲神話にあります。素戔嗚尊の試練を乗り越えるために、娘の須勢理毘売が大国主命に与えた宝具ですわね」
「はい。もしかしたら姫君のお屋敷か、使徒のお仲間の蔵にでも、眠っておるやもしれませんよ」
「見た目はいったい、どのようなものなのかしら?」
「細長い布でございます。私も見たことはないので、つまびらかにはご説明できぬのですが」
「そうなの。でも、探してみますね」
無事戻れたらだけど……。
いいえ、死んでも戻れるのだった。死ぬの嫌だけど。
現世で見つかったとしても、隠世に持ち込んだ時、同じものである保証はない。
逆に現世では取るに足りないと思われた品物が、隠世でとんでもない宝具になったりするのだ。
本当に探し当てるとしたら、なんでもかんでも、持ち込めるだけ持ち込んで、片端から鑑定してみるしかないのだろう。
目録のようなものを、ご先祖様が書き記してくれていれば助かるのだけれど。
「では、物見に行って参ります」
「はい、お気をつけて」
雉が羽ばたき、闇の中に消えていく。
しかし、出て行ったと思ったら、すぐに取って返してきた。
何か忘れ物……のわけはないか。
すると、危機がすでに迫っているということか?
(姫君、鬼や異形の集団です! 逃げ隠れするしかありません! 光を消してください!)
私は慌ててノートのページの光球に触れると、光が消えた。
(姫君、こちらです、ここをよじ登ってください)
暗闇に鳴女の翼が朧に光り、壁の切れ目のようなところでホバリングしているのが分かる。
(蟲、いない?)
(二、三おりましたが、すべて私が食べましたから大丈夫)
ああ、ぜんぜん大丈夫な気がしない。
しかし、やるしかない。
私は壁のでこぼこに手をかけて、体を引き上げた。
そして大きな割れ目になっているところに入り込む。
(ああ、神様、どうか蟲がいませんように)
ガサリ、ベチャリ、ゴトリトン……と、騒々しく鬼たちの集団が近づいてくる音がする。
肩を隙間に押し込んでいく。
頭が天井に軽く触れる感触。
(いませんように、いませんように、いませんように……)
「ひっ!」
(姫君!)
ポニーテールにしている首筋に、雫が落ちて思わず声を出してしまった。
ジャリ……すぐ近くで足音が止まる。
口を堅く結んで息を殺す。
(姫君、絶対にご覧なさらぬよう。視線を感じて見つかります)
(分かったわ)
「シュフ、フュフウ…チュフウ…」
「シュッ、チュッウウ……」
「プィッ!」
「シュパ!」
異界の言葉は翻訳されて脳に届くはずなのに、これはまったくの異語だ。
よほど遠い世界からやって来たのだろうか?
ガサリ、ベチャリ……動き出した。
ガチャ、ガコンコン…………
音と気配が去っていくまで、私はじっと固まっていた。
(姫君、もう大丈夫でございす)
(ありがとう、鳴女)
「ふぅ……」
思わずため息を漏らすと、私は狭間から飛び降りた。
もちろん着地点はライトで照らしており、蟲クリア確認済だ。
「では改めて、物見に参ります」
「はい、お気をつけて」
雉が羽ばたき、先ほどと同じ闇の中に消えていく。
(超常の者おりません、姫君、お進みください)
(分かりました)
右手のライトで照らしながら、奥へと踏み入っていく。
この先の道が、果たして外につながっているかは分からない。
しかし、留まる選択肢はないのだ。
慎重に歩を進めていると、不意にぞわっとする。
背後になにか居る。
強い殺気!
振り向こうとして首を捻ったときに、背中にドンッと衝撃がきた。
その強さに前に数歩よろめく。
同時に襲い掛かる背の痛み、そして重み。
手を背中に回すと、何か刺さっている。
(斧?!)
(鳴女、敵、戻ってきて!)
重心がぐらつくが、斧を抜いている暇はない。
幽鬼どもが迫ってきている。
私は弓の宝具化を解いて、手に薙刀を現わした。
風日祈珠子の受難は続く……
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ここは中野ブロードウェイ隠世屋上
カンビヨンたちが破壊された庭の修復作業をしている……
カンビヨンA「芝生の修復終了」
カンビヨンB「低木植木の修復終了」
カンビヨンC「ガゼボ撤去完了」
カンビヨンD「並木樹木の修復30%達成」
カンビヨンA「マスターご指示を」
カンビヨンB「マスターご指示を」
カンビヨンC「マスターご指示を」
カンビヨンD「並木樹木の修復31%達成」
カンビヨンA「マスター、いない?」
カンビヨンB「マスター、いない」
カンビヨンC「ロードもいない」
カンビヨンC「並木樹木の修復32%達成、もう動けない」
カンビヨンA「動けない」
カンビヨンB「動けない」
カンビヨンC「動けない」
カンビヨンD「動いてよ……」
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表の仕事多忙のため、6月から月2回の更新とさせていただいています。
次回!! 令和7年8月3日日曜日更新予定!!




