表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
235/244

14. 闇の中の希望

― 前回のあらすじ ―


  水生那美は瀬織津姫の助けでススキの草迷宮を脱出

  隠世の多摩川中流の水底にある

  瀬織津姫の宮殿へと向かった


  シーンは新宿歌舞伎城の地下ダンジョンに戻る

  パーティーから独りはぐれた風日祈珠子が

  大量の蟲にパニックを起こし、走って逃げ出した続き……

 どこまでも続く暗闇の通路。

 手に持つライトは無茶苦茶に振られて、悪夢のような光景を切り取って見せつける。


 どれだけ走ったか分らない。

 気が付けば、もう蟲がいないところにまで出てこられていた。


挿絵(By みてみん)

  風日祈珠子、AI生成画像を加筆修正



「はあ、はあ、はあ……」


 脱出できたという安堵感とは裏腹に、手がまだ震えている。

 あのおぞましい生物が、隠世にまで進出しているとは思わなかった。

 実際は現世とは違う存在なのかも知れない。

 でも見た目は()()によく似ていたのだ。


 もしかしたら、踏み潰してしまったかも知れない。

 靴の裏を確認するのは、怖すぎるのでやらない。


「これから……どうしたら……」


 そうだ、このノートはもとスマートフォーンなのだから、チームの皆と連絡が取れないだろうか?

  ページを(めく)るとアドレス帳のページがすぐに出てきた。


 [有栖川理沙(ありすがわりさ):歌舞伎城西外周地下:不明]

 [立花靖(やすし):歌舞伎城西外周地下:不明]

 [渡邉宗興(わたなべむねおき):歌舞伎城西外周地下:不明]


 やった、名前に触れるだけで、電話が通じそう。

 でも、「不明」というのが気になります。


 まずは立花さんの名前をタッチしてみる。


「立花靖さんは、電波の届かないところにおります」


 ノートがスマートフォーンみたいなことを喋る。


「やっぱりだめでしたか」


 ダメ元で有栖川さんの名前に触れてみる。

 すると、コール音が聞こえてきた。もしかすると、繋がる?


「んー……だれ~? 今忙しいんだけど?」

「あ、私です、風日祈(かざひのみ)です。はぐれて独りなんですけど」


「んー、あーしもひとりで死にそうですけど、ナニカ?」

「ならば、急いで合流しましょう」


「今どこ~?」

「それが、分からないんです」


「あーしも分からない……あ、敵来たから切るね」

「あ、有栖川さん!」


 何とか急いで合流しないと。

 でもまずは、渡邉さんにも連絡を取ってみよう。

 名前に触れるとコール音がする。


「あー、珠ちゃん、やっと電波通じる場所に出たんだな。無事だった?」

「あ、はい、一応まだ無事です。渡邊さんもご無事で?」

「ダイジョブ、ダイジョブ、いや~、良かった良かった」


「有栖川さんが死にそうだって言ってます。何とかできないでしょうか?」

「君の方はどうなの?」


「はい、自分がどこにいるかも分かりません。でも、矢は充分にありますし、近接戦になったら薙刀(なぎなた)宝具化(トレジャリング)することもできます。ダメージも受けてませんから、有栖川さん優先でお願いします」


「そうか、済まないがそうする。迷子のようだけど、地図機能は使ってる? 自分が通ってきた道が表示されるよ。(はぐ)れる前の道も表示されるから、そこ近づけば分かるし、今ノート使って連絡取れたから、俺の今通ってきた道も表示される」


「知りませんでした。ありがとうございます。立花さんはいかがされてますか?」

「あいつも迷子だ。まだ連絡が付かんから困る。相当深いところにいるんだろう」


「心配ですね。でもまずは有栖川さん救出に向かってください。彼女の道は分かるんですよね?」

「ああ、実は今向かっていたとこなんだ。それじゃ一旦切るよ。彼女と合流したら、君を探す」

「はい、ありがとうございます」


 良かった、立花さんは心配だけれど、少し希望が出てきた。

 地図を見ようとページを捲り、自分の軌跡がひどい曲がりくねった道を通って、ここまで辿り着いたのを確認した。

 一箇所同じ場所をぐるぐる回ったらしき跡もある。これは他の人に見られたくない恥ずかしい記録になってしまった。


 残念ながら以前のチームで歩いたルートは同じ地図内に見えなかったし、他の人も見えない。別のフロアなのだろう。

 フロアを変更するアイコンで、上のフロアを開くと、何とチームで移動したルートと、渡邊さんと有栖川さんのルートがあった。


「これなら、一階昇れば何とかなりそうです」


 さあ、階段を探しましょう。

 でも鬼たちの集団に遭遇したら、まず勝てない。

 慎重に歩を進めなくては。


「こんなときに鳴女(なきめ)がいてくれたなら……」


(……おりますよ、姫君!)


 と、かすかに鳴女の声が聞こえた。

 驚きと安堵が一緒に溢れて涙が出そうになる。


「鳴女、どこにいるのですか?」


 しかし辺りを見回しても彼女の姿はなかった。


(私は独りで隠れております)


 ああ、そうだ、テレパシーで思念を送ってきているのでした。

 私が思ったら、繋がったのだろう。


(召喚をお解きなられて、再度お呼びくださいませ)


 なるほど、一回戻してそれから呼び戻せば、ここに現れてくれるということだ。


(分かりました)


「雉の鳴女よ、お戻りなさい」

(直ちに戻ります)


 すると青い光がどこからともなく現れて、弓の上端、末弭(うらはず)から吸い込まれていった。


 ほんとうに自分はダメな使徒初心者だと思う。

 はじめから鳴女を再召喚していれば、もう少しマシな……と頭を(よぎ)ったのだけれど、思い直した。

 蟲のただ中にいる自分に気付くのが、早くなるだけだったとしたら、結果はあまり変わらなかったのかも知れない。

 でも、ダメ初心者であるのは変わらない。


「情けないよ、珠子(たまこ)!」


 しかし、あれの集団を目にしたら、やはりパニックを起こしてしまうだろう。

 あれだけは、どうしてもダメなのだ。


 いや、それだけじゃなく、虫全般苦手だ。

 特に集団でうじゃうじゃいるのは。

 想像しただけで血の気が引いていくのが分かる。


 今は亡き兄さまにも誇れる使徒になるためには、克服しなくてはならないのだろう。

 どんなに虫で溢れたダンジョンでも、たじろぐことなく進まねばならない。


 私は戦士なのだ。

 ちっぽけな蟲どもの集団など、何するものぞ。

 そんなもの、蹴散らし、追い散らし、すり潰し、勝利せねばならない。

 それでこそ、誉れ高き天津神族使徒のひとりとして、胸を張れるというものだ。

 そう、やらねばならない……あれに、勝たなければ……ならない……のか……


「ふぇええ~~……やっぱり無理ですぅ~~」


 私は頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 すると目線が地面に近くなり、慌てて立ち上がる。

 あれらが這いまわった場所かもしれないと、そこに近づくのも忌避してしまうのだった。


「やっぱり私……使徒に向いてないかもです」


 つくづく自分が嫌になる。

 それでも、気持ちを切り替えなくては。


 鳴女の前では、こんな惰弱(だじゃく)な姿は見せられません。

 彼女が姫君と呼んで、支えてくれているのですから。


 そう、頑張らなくてはです。

 パンパンと頬を叩いて気合を入れると、再召喚に臨んだ。


「雉の鳴女、天津神族使徒風日祈珠子(かざひのみたまこ)が召喚に応じ、()くこの場に来られよ」


 弓全体が青く光り、それが弓束辺りに球をこしらえるように凝縮して、ふっと放たれると、一羽の美しい雌の雉の姿になった。


「召喚に応え、よくぞ戻りました鳴女」

「吾が姫君、ご無事でなによりにございます」

「ありがとうございます。さっそくですが、この先の偵察をお願いします」

「はい、かしこまりました」


「あと……蟲がいないかの確認も……ついでにお願いします」

「蟲……でございますか? 食べられるものをお探しで?」

「!!!!」


 やめて! 鳴女、それだけは想像させないで、お願いだから!


「違う……ます……から……その……蟲の中にも害を為す不届き者とか……が、いるかも知れませんから……」

「承知いたしました。姫君、蟲が苦手なのですか?」

「こ、好みではありません」


「蜂の比礼(ひれ)でもあれば良いのですが……家宝の中にはございませんか?」

「蜂の比礼? それはどのようなものかしら?」


十種神宝(とくさのかんだから)のひとつとされ、それを振ればあらゆる虫の害を避けることができるものです」

「そうでした。出雲神話にあります。素戔嗚尊(すさのおのみこと)の試練を乗り越えるために、娘の須勢理毘売(すせりびめ)大国主命(おおくにぬしのみこと)に与えた宝具ですわね」


「はい。もしかしたら姫君のお屋敷か、使徒のお仲間の蔵にでも、眠っておるやもしれませんよ」

「見た目はいったい、どのようなものなのかしら?」

「細長い布でございます。私も見たことはないので、つまびらかにはご説明できぬのですが」

「そうなの。でも、探してみますね」


 無事戻れたらだけど……。

 いいえ、死んでも戻れるのだった。死ぬの嫌だけど。

 現世で見つかったとしても、隠世に持ち込んだ時、同じものである保証はない。

 逆に現世では取るに足りないと思われた品物が、隠世でとんでもない宝具になったりするのだ。


 本当に探し当てるとしたら、なんでもかんでも、持ち込めるだけ持ち込んで、片端から鑑定してみるしかないのだろう。

 目録のようなものを、ご先祖様が書き記してくれていれば助かるのだけれど。


「では、物見に行って参ります」

「はい、お気をつけて」


 雉が羽ばたき、闇の中に消えていく。

 しかし、出て行ったと思ったら、すぐに取って返してきた。

 何か忘れ物……のわけはないか。

 すると、危機がすでに迫っているということか?


(姫君、鬼や異形の集団です! 逃げ隠れするしかありません! 光を消してください!)


 私は慌ててノートのページの光球に触れると、光が消えた。


(姫君、こちらです、ここをよじ登ってください)


 暗闇に鳴女の翼が朧に光り、壁の切れ目のようなところでホバリングしているのが分かる。


(蟲、いない?)

(二、三おりましたが、すべて私が食べましたから大丈夫)


 ああ、ぜんぜん大丈夫な気がしない。

 しかし、やるしかない。

 私は壁のでこぼこに手をかけて、体を引き上げた。

 そして大きな割れ目になっているところに入り込む。


(ああ、神様、どうか蟲がいませんように)


 ガサリ、ベチャリ、ゴトリトン……と、騒々しく鬼たちの集団が近づいてくる音がする。

 肩を隙間に押し込んでいく。

 頭が天井に軽く触れる感触。


(いませんように、いませんように、いませんように……)


「ひっ!」

(姫君!)


 ポニーテールにしている首筋に、雫が落ちて思わず声を出してしまった。

 ジャリ……すぐ近くで足音が止まる。

 口を堅く結んで息を殺す。


(姫君、絶対にご覧なさらぬよう。視線を感じて見つかります)

(分かったわ)


「シュフ、フュフウ…チュフウ…」

「シュッ、チュッウウ……」

「プィッ!」

「シュパ!」


 異界の言葉は翻訳されて脳に届くはずなのに、これはまったくの異語だ。

 よほど遠い世界からやって来たのだろうか?


 ガサリ、ベチャリ……動き出した。

 ガチャ、ガコンコン…………

 音と気配が去っていくまで、私はじっと固まっていた。


(姫君、もう大丈夫でございす)

(ありがとう、鳴女)


「ふぅ……」


 思わずため息を漏らすと、私は狭間から飛び降りた。

 もちろん着地点はライトで照らしており、蟲クリア確認済だ。


「では改めて、物見に参ります」

「はい、お気をつけて」


 雉が羽ばたき、先ほどと同じ闇の中に消えていく。

(超常の者おりません、姫君、お進みください)

(分かりました)


 右手のライトで照らしながら、奥へと踏み入っていく。

 この先の道が、果たして外につながっているかは分からない。

 しかし、留まる選択肢はないのだ。


 慎重に歩を進めていると、不意にぞわっとする。

 背後になにか居る。

 強い殺気!


 振り向こうとして首を捻ったときに、背中にドンッと衝撃がきた。

 その強さに前に数歩よろめく。


 同時に襲い掛かる背の痛み、そして重み。

 手を背中に回すと、何か刺さっている。


(斧?!)

(鳴女、敵、戻ってきて!)


 重心がぐらつくが、斧を抜いている暇はない。

 幽鬼どもが迫ってきている。

 私は弓の宝具化を解いて、手に薙刀を現わした。


風日祈珠子の受難は続く……


===============================


ここは中野ブロードウェイ隠世屋上

カンビヨンたちが破壊された庭の修復作業をしている……


カンビヨンA「芝生の修復終了」


カンビヨンB「低木植木の修復終了」


カンビヨンC「ガゼボ撤去完了」


カンビヨンD「並木樹木の修復30%達成」


カンビヨンA「マスターご指示を」


カンビヨンB「マスターご指示を」


カンビヨンC「マスターご指示を」


カンビヨンD「並木樹木の修復31%達成」


カンビヨンA「マスター、いない?」


カンビヨンB「マスター、いない」


カンビヨンC「ロードもいない」


カンビヨンC「並木樹木の修復32%達成、もう動けない」


カンビヨンA「動けない」


カンビヨンB「動けない」


カンビヨンC「動けない」


カンビヨンD「動いてよ……」


===============================

表の仕事多忙のため、6月から月2回の更新とさせていただいています。

次回!! 令和7年8月3日日曜日更新予定!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
カンビヨンたちがまた出てくる日は来るのか… 敵じゃない登場だと良いなぁ。 鳴女は普通の雌の雉なの、1番イメージできて良いですね。 動物使いみたいで羨ましい! さて、多分誤字脱字かなと言うところを見つ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ