12. 絶叫地下ダンジョン
― 前回のあらすじ ―
新宿隠世、歌舞伎城の地下ダンジョンを照らし出すと
ピクシーたちが光の中で遊ぶ
睦樹はヴァレフォールの盗みを叱責するも、自らを戒めることに
また中野のライブで、皆が力を得たのを知る
そして幽鬼の集団と遭遇する
幽鬼の群れが無秩序な雪崩のように、ひしめき殺到する。
冷気というか、瘴気というかそういうやなものが、彼ら全体を覆っていた。
あれに触れたくない感じがスゴイする。
「コロンバイン、風を起こして瘴気を祓ってくれ!!」
「やってあげなくもなくてよ」
「やってください!」
「承知しましてよ」
ピンク妖精がくるんと空中回転すると、光に照らされた霧が波打つように乱れた。
余波に巻き込まれたスプライトたちが明滅しながらくるくると回って飛ばされる。
「スプライトども笑ってるのよさ」
乱気流に巻き込まれながら、スプライトたちが大喜びしているようだ。
やれやれ、これからバトルってときに幸せな奴らめ。
霧の波頭が幽鬼どもに押し寄せ、瘴気を巻き込みながら向こうへと流れていく。
そしてまだ距離がある。アナライズをかける…………成功した!
【名称:無常鬼】
[固有名:丙二]
[神族:仙族]
[分類:死神]
[種族:幽鬼]
[レベル:10]
[最下位の死神。死者の霊を冥府に連れて行く役割を担う]
[スキル:邪眼呪縛:相手の目を見ることで、エーテル体の活動を阻害し、対象を一時的な金縛り状態にする]
無常鬼 chatGPT によるAI画像生成
「敵は幽鬼の無常鬼だ。仙族の死神の最下位、それでもレベル10ある。気を抜くな!」
「眠らせてやるのよさ」
「いや、ブルーベル、たぶん幽鬼は眠らない」
「え~いけずう」
命じなくともプリンス・クロウリーが舌パンチを放った。
一体の幽鬼が吹き飛ばされて、後続を巻き込んで倒れこむ。
しかし、その仲間を踏み越えて後ろの奴らが前に出てきた。
量で押してくる戦法のようだ。
雑魚っぽい戦術だが、確かにこのエリアでは雑魚なのかも知れない。
だがしかし、俺達にとってレベル10幽鬼の集団は恐るべき脅威だ。
とはいえ有り難い地の利があった。
通路が狭いため、正面三体が並ぶのがせいぜいなのだ。
そこに勝機を見いだせるかもしれない。
「行くぞ、八郎丸!」
「応!」
ギラリと幽鬼の目が灼光する。
これが邪眼呪縛の発動に違いない。
アンデッド系お得意の金縛りだ。
しかしこっちには、エルダー・ブラウニーのともぞうさんがいる。
この程度の状態異常は、そのパッシブスキルで撥ね退けてくれるのだ。
こちらの勢いが止まらないことに戸惑いが生じ、一瞬敵の動きが鈍る。
そこを一気呵成に押しまくった。
俺の武器のレンジも長いので有利だ。
相手はこちらの懐に飛び込まなくてはならないのに、気勢が削がれて前に出遅れた。
二度三度と槍を打ち込むのを、腕に付けた小さな丸盾と手斧で防ぐが、続く鋭く短い突きには対応できなかった。
穂先が鎧をガツッと貫く。
ただし、創傷は浅かった。
こちらの攻撃力が低いと侮る表情が、醜相の口の端に浮かぶ。
(フッ甘いな)
「火之迦具土神火炎装術!」
蜻蛉切の穂先から、紅蓮の炎が爆発するように噴き出した。
やっぱり技名は叫ばないとだな。
無常鬼は勢いよく内部から燃やされて、目鼻口耳から炎を上げる。
仰向けに倒れながら、全身が炎上しだした。
後続の幽鬼どもが、炎に怯んで後退さる。
「よし、アンデッドには、浄化の炎だ!」
(ゲーム知識役に立ったじゃない?)
(そうだね、ふつうに役立つみたいだ)
隣では、俺とは逆に武器のレンジが短いはずの狗神の八郎丸が、素早く相手の懐に飛び込んで、猛烈な速さで敵を切り刻んでいる。
その動きに対して敵は反応が遅すぎて、成す術がない。
一撃の威力は小さいが、幽鬼は反撃もできずに連続で喰らい続けて、次第に形を失い、ガス状になって消えていった。
その隣の奴に、さらなる舌パンチが炸裂。
俺は吹っ飛ばされて倒れた奴の上から槍を刺す。
火炎装術はまだ続いているので、そいつもあっという間に火葬となった。
しかし、一人突出してしまった俺は、正面の奴と対峙しながら、左から来る奴の相手もしなくちゃならない。
右の奴は八郎丸が圧倒しているので、三面になっていないのが救いだ。
俺は一撃か二撃は、左から喰らうのを覚悟して、正面の敵を先に倒そうと前に出た。
敵は俺が前に出るとは思っていなかったようで、斧と槍が交錯した。
ヤバい、このままじゃ正面からも喰らうと思った瞬間、先に槍が幽鬼を炎上させた。
そのまま斧が肩に当たったが、力が失せてダメージにもならない。
左からの打撃が来ないと思ったら、オイリー・ジェリーが敵の顔に飛びついて、引っ掻き噛みつき、暴れていた。
「ジェリー、助かった! 離れていいぞ!」
「キキキー!」
大鼠が飛び降りたその顔に槍を突き刺す。
幽鬼は顔面を炎上させて、そのまま崩れ落ちた。
怯んで突進力を失った無常鬼は、もはや敵ではなかった。
俺の火炎槍術の相性が良すぎたというのが良かった。
槍は敵の鎧を貫通する。僅かでも切っ先が入れば、一撃で炎上できた。
そして八郎丸は、鈍重な幽鬼に対して無双の迅速で圧倒した。
プリンスの舌は、邪魔な幽鬼たちを一時的に吹き飛ばしてくれる。
ほとんど被ダメージなく、無常鬼たちを全滅させた。
最後の一体、封魔でシンにすることもちょっと頭に過ったが、どうもアンデッドを仲間に加えるのは気が進まなかった。
紅蓮の炎で成仏してもらった。
いや、死神なんだから、死んだらどうなんだ?
「主さま、完勝なのですん。凄すぎるですの」
「そうだな。この調子でいければ、楽勝なんだけどね」
まあ、そうはならないだろうけどな。
そして俺達は、またもレベルアップした。
※ ※ ※ ※
「どん底です」
私は真っ暗闇の中、たった独りで異形たちの出没する迷宮に囚われていた。
どうしてこんなことになってしまったのか……。
私は天津神族の仲間たちからはぐれてしまったのだ。
先駆けを頼りにしたナキサワメとも離れ離れだ。
ここがどこなのかも分からない。
灯明も尽き、一寸先も闇なので、弓の本弭を少し先に出しながら、慎重に歩いている。
自分の息づかいと、ゆっくりとした足音だけが、何者かがここに存在する証だ。
辺りから、ときおりサワサワと妙な音が聞こえるが、確かめるすべもない。
どこに向かって歩いているのか、さっぱり分からない。
けれど、歩いてどこかにたどり着くしかないのだから仕方ないのだ。
いや、止まっていると、心が暗闇に押しつぶされそうになる。
歩き続けていないと正気が保てないというのが、情けないけど正直なところだ。
超常の者が現れた方が、彼らの光で道が分かる。
それを矢で射て倒せば、再び闇が訪れるのだけれど。
私の初陣だというのに、先輩方はまったく容赦がなかった。
もっと早くに引き返すべしと具申すれば良かったのに、下手な遠慮をしたものだと思う。
だけれども、あの状況で私が口を挟むことができただろうか?
休む間もなく戦い続け、勝利したと思ったら走り出す。
ダンジョンの探索とは、もっと慎重に歩を進める、何かしら趣のあるものだと思っていた。
いや、きっとそうに違いない。
あんな無茶な探索は、異例なのだと思う。
その結果、皆みなことごとく罠に掛かって、散り散りになってしまったのだから。
ただ、お陰さまでレベルだけは上がったと思う。
あの胃の腑をむんずと掴まれるような、不快感を何度も味わった。
それがレベルアップの副作用なのだという。
そういえば、どのくらい上がったことだろうか?
忙しくて確認していなかった。
レベルを確認するには、確かスマートフォーンを使うのだっけ。
私が巾着袋からスマートフォーンを取り出すと、それは何か違うものになっていた。
確かにこれはスマートフォ―ンだったはずだけれど、何か革製のノートのようなものに変化してしまっている。
まったくもって、隠世の理には度し難いものがある。
この小世界の不条理に憤りながらページを開くと、すぐそこに私のステータス画面があった。
前言撤回、これはとても便利な不条理かもしれない。
そして何と私はレベル8にもなっていたのだ。
今日レベル1から始めたのだから、きっと驚異的な成長速度に違いない。
先輩方には深く感謝せねばならないだろう……とは思えど、この今の境遇もまた、先輩たちのお陰である。
果たして私は生還できるのだろうか?
初陣で果てたとしても、現世に戻れるから大丈夫と渡邉さんは仰ったけれど、そんな気楽に死ぬわけにもゆくまい。
デスペナルティーとやらで記憶をどれだけ失うか分からないというし、何より死は恐ろしい。
私の体が切り刻まれ、痛みの中で、絶望と屈辱を噛み締めながら意識を手放すなど、想像するだけで血が凍りそうだ。
む、そういえば、スマートフォーンにはライト機能が付いていたはず。
この変化したノートには、そうしたものは無いのだろうかと、ページを繰ると……でてきました。
[光を求めるなら光球に触れよ]
[明かりの強さは、光球の幅に従う]
[光の強さは光球の高さに従う]
その下に小さな円が描かれている。
ページに書かれた指示に従い、指で操作する。
すると、眩い光が暗黒の迷宮切り裂いた。
使徒としての経験不足を痛感する。
そして…………照らし出された通路には……一面に蠢く黒い虫がいた。
「ひぅっ」
無理です神様!
前はダメ! 後ろは!?
「ひぅうっ!!」
私はずっとこの蟲たちのただ中を、なにも気付かずに歩き続けてきたという悍ましい事実を、瞬時に理解した。
そのとき気を失わなかった自分を、ほんとうに褒めてやりたい。
そして、正気を失うくらいは許してほしい。
私は何か叫びながら、何も考えずに足を激しく動かし、前へ、前へ、ただ前へと駆け抜けて行った。
風日宮珠子、無事に仲間のもとに帰れるのか?
それとも睦樹と出会うことになるのか?
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北誠士郎「なあ、俺たち完全に忘れられてないか?」
ストラス「? お兄さん誰??」
誠士郎「お前まで忘れたのか!」
ストラス「冗談冗談、お兄さんは隠世に迷い込んだ……チンプラの人?」
誠士郎「あんだ、そのチンプラってのは? チンパラだ!
じゃねえ、チンピラだ!」
ストラス「チンピラ~」
誠士郎「チンピラって言うな!
ポと間違えないだけマシだけどな!」
ストラス「ポ? ……ポ……」
誠士郎「いい、もうポは気にすんな!」
ストラス「ポ!」
誠士郎「やめって! それよりいつになったらマダムとやらに会えるんだ?」
ストラス「いつだろーねー、なんか順番待ちみたい」
誠士郎「そうか、マダムに謁見するために大勢待ってるってわけか、たいへんだな」
ストラス「違うよ、大司教が書く順番待ち」
誠士郎「なんじゃそりゃ~!?」
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表の仕事多忙のため、6月から月2回の更新とさせていただきます。
次回!! 令和7年7月5日日曜日更新予定!!




