11. アストラルの颶風エフェクト
― 前回のあらすじ ―
新宿隠世、歌舞伎城の地下ダンジョンの探索を開始した睦樹
一方、さほど遠くない場所で、風日宮珠子の初陣である
天津神族パーティーは、幽鬼どもをなぎ倒して進む
「やっぱりスプライトだけじゃ暗いなあ」
超常の者は、暗闇だとぼんやり光って見える。
なので遠くまで照らさなくても何とかなるだろう。
もし隠形をかけるようなやつがいたら、明るくても見えないから同じことだ。
なので、スプライトたちには足元を照らすようにしてもらい、トラップを踏まないように警戒した。
大ネズミのオイリー・ジェリーには、いつものように偵察で20メートル前を先行してもらう。
彼は暗視を持っているので、暗闇でも偵察できるのが良い。
それに、敵が隠形していても、レベルが隔絶していなければ、見破ることも可能なのだ。
「主さまは、すまほの灯火は使わないのですの?」
「スマホのライトだと、そんなに明るくないからな」
「相馬さまは、かなり明るく照らしていたのですん」
「そんな強い光、バッテリーがすぐ上がっちまうんじゃないか……」
とブツクサ言いながらスマノを取り出すと、明かりをイメージしてページをめくる。
するとあった。ノートには、以下のように書かれていた。
[光を求めるなら光球に触れよ]
[明かりの強さは、光球の幅に従う]
[光の強さは光球の高さに従う]
その下に小さな円が描かれている。
円に触れるとふわっと光り、ノートの反対側が輝き出した。
「おお、これはすげえ」
俺はスマホ操作で絵を拡大するように二本指で円を横に広げると、円は潰れた楕円になり、光は強く輝き出した。
「ちょっと、眩しすぎるのよさ」
少し前を飛ぶブルーベルが文句を言う。
俺は光量を少し弱く調整してから、今度は縦に広げると、光はビーム状に細く遠くまで照らすようになった。
「これはいい」
「見通しが良いのですん」
霧で遠くまでは見えないものの、通路の先の様子が分かるので、断然探索行動がとりやすい。
ノートの下の方にはAP残量の数値が書かれており、どうやらバッテリーではなくて、俺のアストラル・パワーを消費して光を生み出していると推察できる。
数値には余裕があるので、当面は気にしなくていい。AP回復薬もまだまだ残っている。
「矢のようにするどい光ですね。これではスプライトは要らないでしょうか?」
「いや、スノウドロップ、このまま足元を照らしてくれれば助かる」
「コロンバインちゃんは、ちょっと矢に当たってみるわ」
「え?」
ピンク妖精がすっ飛んでいくと、ビーム状になった光の中に飛び込んだ。
途端、美しいその蝶の翅が暗闇の中に浮かび上がった。
ピクシー・コロンバイン AI生成画像
「あ、コロンバインずるいのよさ」
ブルーベルがその手前で光を遮った。透明な蜻蛉のような翅がキラキラと光を乱反射して、辺りにも光の粒をまき散らす。
(すごい綺麗!)
(そうだね、アストランティア、でも前が見えない)
これが自分より高難易度の地下ダンジョンである上に、さらに迷子になっているのでなければ、楽しめるんだろうけど。
「ひどいわ、ブルーベルったら」
「キャハハハハ!」
そのあとは、二人で光の奪い合いである。
巨大蝦蟇のプリンス・クロウリーが、我慢しきれずむにっと口を開いて舌を出しかけるが、手を使って自ら抑えた。
一瞬「食ってよし」の言葉が頭をよぎったが、偉いぞプリンス。
「二人とも、それじゃあ前が見えないだろ?」
「あたしたちが見てるからだいじょうぶよ」
「戻りなさい、コロンバイン、ブルーベル」
「え~~~~」
「あーしが1回少ないのよさ」
「戻りなさい」
「「は~~い」」
やれやれ、マスターの命令よりスノウドロップの叱責の方が効果あるのかよ。
そうだ叱責で思い出した。しっかり怒っておかなくちゃならんやつがいた。
「ところでヴァレフォール、お前には現世での盗みは禁止って言ったよね」
「あれ? そんなこと言ったっけ、マスター?」
「言ったよ、本当は覚えてるだろ? なのにこれ、俺の部屋に届けられたんだけど?」
俺は小さなナップザックから、一色あやの写真集を取り出した。
良かった変なモノに化けてない。
「あー、この本ねー、確かにアタシが盗みましたっ!」
「俺の欲しいものだからって、無闇に盗んじゃダメじゃないか」
「そうは言っても、マスター本当にこれ欲しかったんでしょ?」
「まあ、そうだけど……確かに、これがあるお陰で、一色あやのサイン会に参加できるからな」
「でしょでしょ? マスターが心の底から強く望んでいたからこそ、その声がアタシに届いちゃったんだ」
「届いちまうくらい強かったわけね……」
「そうなると、契約悪魔のアタシとしては、その声に逆らえないわけなのよ。もう権能がオートマチックに発動して、ヒョイって」
「それって、俺が悪いのか?」
「そうだよ、マスターがあんなに強く欲しがらなければ、アタシも自分の盗みを制御できるんだもの」
確かに悪魔みたいな超常の者の機能とか、人間とは異なってるんだろうし、シンとなったからには俺が理解して合わせなきゃなのか?
「主さまは悪くないですん」
「そう、マスターは悪くないよ。強い欲望を持つのはとってもいいことさ。そうでなくっちゃ、大義を成し得る人物にはなれないってものさ。でも、アタシもぜ~んぜん悪くないんだ。だってそれがアタシの権能なのだから」
「分かった、ヴァレフォール、これからは俺が強く欲しがらないように心がけるよ」
「主さまぁ~」
「俺の心の修練にもなるしな」
「でも、マスター、富める者から盗んで、貧しき者に分け与えることだって、アタシを使えば幾らでもできちゃうんだよ?」
「義賊ってことか」
「そうそう、それそれ」
「義賊でも盗みは盗みだ」
「人間の社会は多くの弱い者が搾取されて、少数の富める者にさらに富が吸い取られるシステムじゃないか」
「う……確かにそうだが、盗みは社会システムを破壊しちゃうじゃないか。実際中野ブロードウェイは滅びかけたぞ」
「あれは、隼坊っちゃんが制御を誤ったせいさ。マスターならもっと上手くやれそうだから言ってるんだよ」
「買いかぶりさ」
「社会システム自体が、矛盾を抱えて問題だらけだと思わない? 弱い者を助けるはずのセーフティーネットとかも、たいして機能してない。 貧富の差はますます広がるばかりだ」
「まあ、そうかも知れないけど……」
「今すぐにとは言わないけど、考えてみてもいいんじゃない?」
「盗人の言葉に耳を傾けてはダメですの」
「そうだね、ヤドゥル。どのみち今の俺には荷が重い話だ。ひとつの考え方だと思って聞いとくよ、ヴァレフォール」
「いいですとも、今のところはね……」
何という悪魔の誘惑だろう。
正義の義賊となって貧しい人たちを救う。実にカッコいい。
だがしかし、俺の性に合わない。
今のところ、断る理由はそれだけでいいだろう。
思い出しついでに、もう一つ気がかりだったことを思い出した。
「八郎丸、俺が出ていったあと、中野隠世に何か力が注ぎ込まれなかったかな?」
「はっ、我らが主よ、その報告をばいつ切り出したら良きものか、考えあぐねておりました」
ヴァレフォールを誅殺する話にはすぐ乗ってきたのに、こういう話題はダメなのか。
「そうだったのか、じゃあ今報告してくれ」
「実はあの後しばらくしまして、中野隠世に遍く強きアストラル風が吹きすさび、ともに大凡のエーテル量が増えたのでござります」
「建物の中にも風が吹いたのか?」
「左様にござります」
「実は、あの後一色あやのライブがあったんだ」
「らいぶとは?」
「ああ、演奏会なら分かるか?」
「音曲を奏でる会合にござりますな?」
「そうそう、それでファンが……観客が熱狂して、そこからアストラル・パワーがガンガン吸い上げられて、エーテルもつられて吸われて、そっちに行った感じがしたんだよ」
「得心がいきましてござります」
一色あやのライブのパワーは、本来ならば悪魔族が得ていたはずだ。
それを俺が中野攻略しちまったもんだから、すべて国津神族が横取りすることになった。
悪魔族としては、憤懣遣る方無しのはずだが、あやの態度はぜんぜんフレンドリーだった。
彼女は使徒の肉親たちに利用されているだけなのか? それとも実は、悪魔族以外の使徒だったりして?
いや、悪魔族は一枚岩ではないと聞いた。
姉弟であっても、教授とマダムは争っている。
確か隼はマダム派だったから、教授の実の娘のあやは、約束は守ったけど力がマダム派の拠点に注がれなくても気にしない、ってことなのか?
「で、八郎丸自身は何か変化はなかったかい?」
「それが、我らが力、いや増したような心持がいたしまする」
ということは、単純にレベルアップしてるってか?
俺はスマノで狗神のステイタスをチェックしてみた。
するとしっかりレベルが2も上がって18になっている。
当時中野にいたヴァレフォールのレベルも1アップして23。
他のシンは中野にいなかったはずだが、のきなみレベル1アップしている。
ついでに自分のステイタスも見直すと、4アップでレベル19だ。
アバドン倒した分もあるんだろうが、実にありがたい一色あやライブ・エフェクトである。
だがこうした効果は、本来隼が得るはずだったものだ。
悪魔族が返せと詰め寄ってきても、多分できないだろう。
怒った悪魔族が執拗に報復にでてきたら、ちょっと困る。
まず間違いなく、俺一人では守り切れない。
国津神族の連携が必要だ。
そうだ、もしかすると、中野奪還の噂を聞きつけて、誰か訪ねて来たかもしれない。
「八郎丸、中野には誰か使徒が訪ねて来なかったかい?」
「そういえば、短い間ですが、アスラ神族の使徒が参っておりました」
「アスラ神族?」
「インドやイランに起源を持つ神々の同胞ですん。日本では、密教系の宗派に属する仏道の僧侶を中心として組織されているそうですん」
「様子を見に来ただけなのかな?」
「悪魔族使徒の出花めと共に去りましてござります」
「そうなのか……」
何か共に行動する理由があったのか、それとも隼に恨みでもあって拉致って行ったのか。だが、今考えるには情報不足だ。
「それより八郎丸、誰か国津神族の使徒が来たら、俺が連絡を取りたがってると伝えてほしい。それと、現世でTReEの過浪レフターに連絡して欲しいとも」
「つりぃのすぎなみれふたあでござりますか?」
「うん、まあ~、それで通じるだろう。よろしく頼むよ」
「承知仕りました」
「キキキ!」
そのとき、偵察に出しているジェリーの鋭い叫びが上がった。
どうやら敵に遭遇したようだ。
あっという間に足元にまで駆け込んでくる。
「何が何体くらいだ!?」
「幽鬼がいっぱい!」
そうか、いっぱいね……。
幽鬼ってことは、アンデッド系ってことだな。
ゲーム脳もけっこう役に立つ。
しかし生憎と、うちらのパーティーには相性が良さそうな聖印系はいない。
結果無駄知識となった。
(けっして無駄じゃないよ)
(ああそうだね、うん、無駄とは限らない。前向きに行こう)
「ベトベトさん、プリンス、前に出て壁を作れ!」
ビームライトが奥を照らし出すと、光を嫌ってかギャアギャアと喚きだした。
いかにもな悪辣顔をした鎧を装備した鬼ども、とはいえ角はないようだが、それの一群が狭い通路にひしめき合っている。
「これ……かなりヤバくないか?」
俺は小刀を鞘から抜いて、求める人の名を呼んだ。
「那美! 助けにいくからな、力を貸してくれ!」
手の中の得物はぐんぐん大きくなって、紅蓮の炎をまとった。
何事も無く高難易度ダンジョンを進み始めた睦樹たちだが……果たして?
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蘭花「老師さま、人が悪いデスよ」
老師「・・・・・・・・」
蘭花「魚も釣れない、誰も来ない」
老師「・・・・・・・・」
蘭花「いつまでウチらここにいるデスカ?」
老師「・・・・・・・・」
蘭花「・・・・・・・・」
老師「・・・・・・・・」
蘭花「老師?」
老師「・・・・・・・・」
蘭花「さっきの寝言だったんかい~~!!!」
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表の仕事多忙のため、6月から月2回の更新とさせていただきます。
次回!! 令和7年6月15日日曜日更新予定!!




