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8. 天使のいざない

― 前回のあらすじ ―


  新宿アルタ前で爆弾テロ現場を目撃した睦月

  そこで天使族使徒、戸来美言に出遭い

  テロと隠世大戦の関連を示唆される

 階段を降りると、新宿駅地下につながるサブナード四丁目に出た。

 さっきの騒動ですっかり忘れていたが、かなりの汗だくだ。ギンギンの冷房を切望していたのを思い出した。


 地下は望み通りでないものの、少しは冷房が効いていて地上よりはだいぶましだった。

 通路は歩道より広いし、動きやすい。


 地下街を行き交う人々の中には、爆破テロがあったことを知らない人もけっこういるのだろう。

 より日常どおりの空気感だ。


 ここはかなり古い地下街らしいけど、リニューアルされて古びた様子はまるでない。

 だがしかし、ゴミがけっこう散らかっていた。


 ファストフードの包装や、レジ袋に空き缶、ペットボトルにぬいぐるみまで?

 東京の地下街って、こんなに汚れていたっけか。


 疑問に思いながら、福音書店は何処(いずこ)なりしやと案内図で確認する。

 その場所はサブナード一丁目だった。

 出る前に確認しなよとアストランティアなら言うだろうが、したけど忘れたのだ。悪いか?


(そんなこと言わないよ、君は悪くないし)

(いや、俺をそんなに甘やかさないでくれ、アストランティア)


(えー? そんなこと言われると、もっと甘やかしたくなっちゃうなー)

(やめてくれー、心の中でアニマにベタ甘やかされる俺って、かなり痛いキャラになる)


(そうかなぁ……でも、ボクに甘やかされるムッキーは可愛いとおもうぞ)

(可愛いの目指してないし、すでに痛い感じになってる)


(別に他人に聞かれるわけじゃないし、いいんだよ、甘えたい自分をもっと曝け出したって)

(もしかして、からかって遊んでないか?)


(ボクはいつだって真剣だぞ)

(ハイハイ、でも甘えるとかしないから、ふつうでいいよ)

(つまんないの~)


 さて、今居る四丁目の地下街を歌舞伎町方面にちょい進むと、二丁目と三丁目の間の道に出る。

 そこを左に折れて二丁目を抜けた突き当たりにあるようだ。


 どうやら自転車を置いたところのすぐ下だったようだ。

 さっき俺が爆破テロの現場に向かって走った地上コースを、地下で逆戻りすることになる。


 ゆるやかな人の流れにのって歩いて行くと、すぐに大きなT字路になる。

 左右に道が平行に二本走っていて、商店街が続いている。

 これは迷わず行けるなと思っていると、シャツの裾が何かに引っ張られた。


 見ると、幼気(いたいけ)な幼女――見た目はヤドゥルと同じくらいの歳の子が、俺のシャツの裾を掴んでいた。


 金髪碧眼(きんぱつへきがん)で真っ白のワンピース、いや、これはスモックか――を着ている。

 まるで天使のように可愛いらしいのだが、断じて俺さま幼女属性ないんだと、子供に訴えても詮ないところだ。


 それにもう一人いた。

 少し離れて立っており、もじもじはにかんでる風なのが。

 男の子だろうか、髪の毛くりくりで同じく金髪碧眼スモックのめちゃ天使。


 この男子幼児の出現により、俺に押し付けられてた幼女好きレッテルが少し緩和されるのか、はたまた別の属性化により、さらにややこしくなるのか――などと愚にもつかぬことを愚考駄考していると、男の子の方がもじもじを卒業し、ちょいちょいとちっちゃな手で手招きする。

 それに合わせて幼女もクイクイと裾を引っ張るのだ。


 怪しい……だいたいこの状況が非日常的すぎる。

 まだサイン会には時間もあるし、ほいほい餌に食いついていくのもやぶさかではないが、チビ天使たちに(たぶら)かされようとしている俺にだって、少しは状況を確かめる権利くらいはあるはずだ。


「君たちは、いったい誰なのかな?」


 おれはしゃがんで、彼らの目の高さに降りて話しかけた。

 しかし、反応は予想外。

 二人とも人差し指を口の前に立てて、「シー」とやる。


 ますますもって怪しい。

 そして愛くるしい。

 どうしてくれよう。


 隠世では怪しいものにはだいぶ慣れた俺だが、現世ではテロ関係以外はお目にかかっていない。

 いや、あの不気味人形の件もあるか。



挿絵(By みてみん)

  幼児たち:生成AIと加筆を組み合わせて作成



 俺は幼児たちの隣にヤドゥルの立ち姿を思い浮かべて、これも悪くない絵だとひとり頷く。

 ヤドゥルがいたら止めるだろうが、まあ、乗ってみるか。


(この子たち、他の人に見えていないよ!)


(え? 何だって、アストランティア、何でそんなことが……?)


(あのね、これだけ可愛い子たちがいたら、女子はみんな釘付けだよ。なのに、みんなスルーで通り過ぎてる。でも、ぶつからないように無意識で避けてるし……)


(それって……つまり……)

(つまり、この子たちは、この世のものではないと思うの)


 てことは、幽霊?

 俺にだけ見えるってことは、ついに現世での超常能力開眼ってか?


(でも幽霊にしては、ダーク要素ゼロだな)

(うん、幽霊じゃなさそう)


(やっぱ天使か?)

(輪っかと羽根がないよ?)


 何なのか尋ねても、また「シー」ってやられるだけだしな。


(まあいいや、付いて行ってみるか)

(止めた方がいいよ、君子危うきに近寄らずだよ)


(俺、君子要素0%だし)

(あー……)

(そこ納得するとこ?)


 俺は先導する男の子の後に従って歩きだした。

 女の子は相変わらず俺のシャツの裾を持って、後ろからひっ付いてくる。

 ときおりこちらを振り返りながら、先へと進んでいくチビ天使の仕草が、女子じゃなくても釘付けにもなろう可愛らしさだ。


 しかし、アストランティアの言うように、地下街の女性たちはまったくその姿を目に止めることはない。

 やはり俺にだけこの子たちは見えているのだ。

 さっき出会った電波系使徒――戸来美言(へらいみこと)なら現世の能力も持ってたくさいし、天使族ってことで相性も良さげだし、見えるのだろうなとも思う。


 いや、この子たち、見た目は天使だけど中身はおっかない悪魔ってこともあり得るかもしれない。

 最低限の警戒心は持つべきだろう。


 だがしかし、そうはさせぬ圧倒的な可愛らしさが、警戒心を持つこと自体が穢れた心の為せる罪科(つみとが)だと圧を掛けてくる。

 ついに俺はその手の属性に目覚めてしまうのか?


 おちびさんたちは俺を地下駐車場へと(いざな)う。

 幼気な幼児天使たちには、ガソリン臭くて薄暗い地下駐車場は、余りに相応しくない。


 むしろ一面のお花畑とか、そうした場所をイメージしたいところだが、ここでほんとうにお花畑に辿り着いたら、完璧俺罠にはまった感、激マシだ。


 現実にはもちろんそんな風にはならず、殺風景なコンクリート打ちっぱなしの現代的ダンジョン通路の脇に、並んだ自動車たちがひっそりと主の帰りを待ちわびる景色が続いている。


 と、いきなりTReEの着信音。


「ちょっと待ってね」


 幼児たちに声をかけると、コクリと頷き立ち止まる。

 スマホを開くと、ダニエルからのメッセージだった。


[世界のダニエル:

 集合場所紀伊国屋OK。新宿も物騒やな、気いつけいな]


 どうやら爆破テロに巻き込まれることなく、奴は無事のようだ。

 ちょっとこの子たちのこと知らないか、聞いてみるか。


[過浪レフター:

 そっちも無事でなにより。ところで、5歳くらいの白人の超カワイイ女子男子天使ちゃんとか知ってる? 俺だけに見える系なんだけど]


 さくっと送って、その内容の怪しさに後から気づく。

 意味不明の誤解をしないでいてくれると良いのだが。


 お待たせ、もういいよ、と声をかけようとしてギョッとした。


「うわわ」


 驚いて声まで出てしまった。

 ツイン天使たちの代わりに、目の前にひどく怪しげな人物が立ち塞がっていたのだ。


 死地をくぐり抜けてきた今の自分でなかったなら、悲鳴を上げて尻餅のひとつも突いていたに違いない。

 それくらい尋常じゃない姿と佇まいなのだ。


 しっかりした形の赤い帽子、これはカウボーイとかが被る、テンガロンハットというやつか。

 目立つのでまず目に飛び込んできたわけだが、しかしそれはその持ち主同様、惨めに薄汚れていた。


 この暑いのにオリーブグリーンのコートをはおり、色がすでに形容しがたい汚れ色と化したパンツは、くるぶしの辺りですり切れて先が失われている。

 履き物はサンダルだが、左足には木製で、右足にはビニール製のもの。

 髪も髭もぼうぼうで、彫りの深い相貌の皺の奥の奥までしっかりと日焼けしている。



挿絵(By みてみん)

  ゲーム用に描かれた小日向照夫のラフイラスト



 しかし、浮浪者特有の強烈な臭気は、なぜか漂ってこない。

 それだけが唯一救いの、ボロボロの格好をした老いた男性だった。

 猫背気味なのに俺より背が高い。

 立派な帽子のせいで、さらに長身に見える。


 出会い頭にその存在感に圧倒されたが、一呼吸置いてマイ・エンジェルスが見当たらないのに気が付いた。


「あ、あの、す、済みません、ちっさな白人の子供たちを、見ませんでしたか?」


 思わず聞いてしまったが、子供たちは俺にしか見えないのだった。

 だが、なんとなくこの浮浪者の爺さんなら見えるんじゃないかと、そう思わせる雰囲気ががある。


 しかし、それには応えはない。

 さっきからその男が、胸の辺りに何か小さな白いモノを二つ、それぞれ両手の指でつまむようにしてぶら下げているのに気が付いた。

 てるてる坊主、リアルで拝むのは初めてだった。

 どうにも奇妙な光景―――。


「あげる……」


 小さな不思議動物かナニカが言葉をしゃべっているのかと思った。

 そのくらいその声は人間とは異質な感じで、妙に甲高かった。


「あげる……これ……」


 大昔に打ち捨てられ、擦り切れた機械がそれでも一部生きていて、寂しく鳴っているような音でもある。

 皺深い両手がこちらに差し出され、その指先にひとつずつ、てるてる坊主がぶら下がっている。


 ふと見ると、彼の足下には伊勢丹デパートの買い物袋があり、その中にもてるてる坊主がぎっしりと詰まっていた。


 俺はためらった。

 こんな不潔な人から何か受け取るなんて、はっきり言って気持ち悪い。

 それにどうやら頭もおかしいようだ。


 だがしかし、日本の義務教育の刷り込みは偉大である。

 人を見かけで判断してはいけない、差別してはいけない。

 そうしたべからず禁忌の呪が、否応なく俺の行動を縛るのだった。


 俺は自然と右手を伸ばして、それを受け取っていた。

 浮浪者のひび割れた唇が、髭の奥でニンマリと笑う。

 その笑顔が実に優しげで、そして哀しげでもあり、俺は思わず礼の言葉を口にしていた。


「ありがとうございます」


 俺の手に二個の小さな存在を託し終えた浮浪者の老人は、カタカタと小刻みに足踏みしながら廻れ右する。

 しかし目の前にはコンクリートの冷たい壁があるだけだ。


 そんなオモチャのロボットのようなおぼつかない足取りで壁に近づくと、帽子の縁が壁に付くくらいに頭を垂れる。

 降参したみたいに両手を挙げて、手のひらを壁にくっつけると、ピタリと動かなくなった。


 もう関わりたく無かったが、なんか放っとくのもどうかと思う。

 それにあの子供たちのことも気になる。


「あの、おじいさん?」


 俺は彼の背後から近づいて行った。

 すると、急に足元が宙に浮くような、とてつもなく嫌な不安感が襲ってきた。


 あの目眩がやってくる。そう、高円寺で体験したようなあの感覚だ。

 目の前で、コンクリートの壁がぐにゃりと歪むと黒い隙間が生まれる。

 それが巨人の(あぎと)が開くように大きくなっていく。

 浮浪者の老人は、その裂け目を避けるように脇にどけた。


「たす……けて……」


 何を言ってるんだ、この爺さま?

 いや、それよりヤバくないか、この状況?


 俺は踵を返してダッシュで逃げ出した。

 しかしいつの間に、辺りはすっかり闇に閉ざされている。

 激しい目眩が俺の脳を揺さぶった。



第一話で登場した浮浪者のお爺さん久々に登場!

皆さん、覚えてましたか?

え? 覚えてない???

キャラ設定ページを作るか……あれ? デジャヴ?


睦月「やってくれるよ、ちび天使に浮浪者! 前回の邪教徒よりはマシか!」

アストランティア「やっぱり自宅警備員が外出しちゃダメなんだね」

睦月「ほんとだ、出かけるたんびに、どっか飛ばされる!」

アストランティア「相馬吾朗さんは、不運体質だったらしいよ? それも受け継いでるのかな?」

睦樹「ぜったいやだー!!」


次回!! 令和7年5月18日更新予定!


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