7. 因果律を見つめる天使族使徒
― 前回のあらすじ ―
新宿福音書店での一色あやサイン会に参加すべく
自転車でやってきた睦月
突然の爆発音、そして立ち上る黒煙
近くで爆破テロが発生!?
辺りは騒然となる
横断歩道の信号は赤になっても、逃げて来る人々が道に溢れて、車のクラクションがけたたましい。
俺は車が止まってるのを良いことに、便乗の信号無視だ。
法律遵守のロウフル自宅警備員にも、非常事態には超法規的行動が許されている。
靖国通りを渡ると、ゆるい坂道になった石畳がある。
煙の方に向かう野次馬と、逃げてくる人の群れとが錯綜して混乱していた。
そこを何とか抜けると、ガソリンと火薬、そしてゴムやプラスチックの燃える匂いが鼻を突く。
爆発の現場は、アルタ前の駅前広場だった。
「まさか、ダニエルのやつ早めに来て巻き込まれてたりしないよな……」
タイヤが残っているのでどうやら車だと判る残骸が、勢い良く燃え盛っていた。
その近くには何かのステージが組まれていたようだが、爆風で吹っ飛んで原型を留めていない。
大きなスピーカーとアンプだけがでんと居残っている。
血だらけの人たちが呆然と立ちすくんでおり、怪我をした女性の泣き叫ぶ声が野次馬のどよめきの中から聞こえる。
倒れている人がどれだけいるかは、人だかりでよく見えないが、この様子だとかなり酷い状況が想像できた。
取り囲む人たちが手に手にスマホを掲げて撮影しているのが異様な光景だ。
俺もスマホで撮影しようかと思ったが、ためらわれた。
すぐ隣で中国語をまくし立ててスマホで話している女が煩い。
露出度かなり高いナイスバディに真っ直ぐな黒髪、かなりの美形だが、いかんせん言葉がきっつい。
「ハオ、バイバイ!」と言ってスマホをしまう。
中国人もバイバイ言うんだと思って横目で見ていると、ちょっと俺と目が合い真っ赤な唇がニヤッと笑った。
たじろぐ俺に、何か囁いたが、俺にはあっちの言葉が判るはずもない。
いくつものサイレンが近づいてくる。
「危険ですから下がってください!」
警官が野次馬を下がらせ始めた。
人の波はまっすぐに下がらずに、右に左に寄せてどうにもならない。
こんな所に二発目来たら、目も当てられない惨劇だろう。
「うわっと」
俺も人に押されて横によろめく。
その拍子に、何かとてつもなく柔らかいモノにぶつかってしまった。
「はうあっ!」
と、素っ頓狂な女子の声。
そのふわふわした柔らかい触感は、少なくともこれまで俺が現世で物心ついて以降、体験したことのない類のものだった。
それは神が作りたもうた作品の、最後にして最良のうちの、さらに善きものだった。
「ふわっ! す、すみません!!」
俺はそれが何であるかに気がついて、とっさに離れた。
振り向くと、巨乳の美少女が目の前に出現していた。
しかも眼鏡がよく似合っている――出来すぎた作品だった。
「はうう、こちらこそ済みませんです。ぼうっとしていまして………」
彼女が首を垂れると、明るいロングヘアがその豊かな胸の上でくすぐったそうに揺れた。
さすがに恥ずかしかったのか頬を赤らめているが、その瞳は逃げることなく、赤い縁取りのグラスを通して俺をまっすぐ見つめている。
それはとても優しい眼差しだった。
どんなに頑なな心もこんな瞳で見つめられたら、とろけてしまうだろう。もちろん俺の心も例外ではない。
事件に浮き足立っていた気持ちが、ふわっと和らいだ。
しかし、一向に落ち着きはしない――別の意味で。
そいつは美少女どころか、女にも慣れていない俺自身の問題によるものなのだが。
「いや、俺が悪いんで…す……」
やっとそう言い返せたものの、俺は彼女に半ば見とれたままだったのだ。
ヤドゥルがいたら、鼻の下が伸びきってるのをキビシク揶揄されたに違いない。
(ボクが代わりに揶揄してあげようか?)
(しまった君がいたんだった)
(この、浮気者!)
(そんなんじゃないって、分かってるだろ?)
(へへっ)
ゲーム用に作られた戸来美言のラフイラスト隠世スタイル
それにしても、こんな騒動の中でぼうっとしてたっていうのは、よっぽど気が動転していたんだろうか。
いや、そうではない。
彼女の瞳の内に湛えられた光は、妙な違和感を感じるほど真剣なものだった。
「見ていたのです」
これまた、唐突に宣言する。
「え? この爆弾テロを……見ていたんですよね」
「ずっと見ていたのです」
「もしかして、最初からってこと?」
「はい。この事件の起きる前からなのです」
まるでここで爆発があるのを知っていたかのような口ぶりだ。
「因果律の綾なす糸を追っていたら、たどり着いてしまいました。でも、ここで糸がもつれてどうにもならなくなっていて………。現世ではこのもつれをほどく術もなく、手をこまねいておりましたら………」
「爆発が起きたと?」
「はい、そうなのです。残念なのです。私、間に合いませんでした」
話しを合わせたが、かなりトンデモ無いことを、この巨乳眼鏡美少女は語り始めている。
見た目の属性だけでもう充分なのに、さらにヘンテコなキャラ設定を重ねようというのか?
イヤイヤイヤ、ちょっと待て。
それにも増して注意喚起すべき点があった。
彼女は今「ウツシヨ」と言ったぞ。
そんな言葉を日常語として用いる巨乳眼鏡美少女なんているか?
いるとしたら………。
「あなたも導かれたのではないでしょうか?」
とさらに畳み掛けてくる。
「は?」
「もう、とぼけないでくださいなのです。これは大いなる戦いの一部なんだって、あなたは良くご存知のはずです」
「いや、その、俺はアイドルのサイン会に来ただけなんだが………」
と、ちょっとすっとぼけてみた。
「そうですか。どうやらまだ気付いてらっしゃらないようですね」
「気付くって?」
「そうした偶然こそ、因果律によって生じる共振現象の結実なのです。守護天使様も、そう私に告げていますから、鉄板で間違いありませんのです」
もとい、やっぱこいつは電波ちゃんか?
巨乳眼鏡美少女に電波属性をマシマシで載せるのも、それはそれで悪くはないかも知れないが、背後では爆弾テロの惨劇醒めやらず、未だ車がぼうぼう炎上中だ。
亡くなった人もいるかも知れないこの状況、今ここでそこまで電波れるのか?
イヤイヤイヤ、も一度ちょっと待て。
もしかすると彼女は本当のことを語ろうとしているのだけど、伝達能力に問題があるのかも知れない。
つまり彼女も使徒か、それに関わる人物であって、何らかの手段で未知の情報を得ているのだということか?
俺はカマを掛けてみることにした。
「じゃあこの爆弾テロも、世界改変の結果だというのかい?」
「もちろんなのです」
調子を合わせているだけかも知れない。
「じゃあ、それを行ったヤツらは?」
「まだ判りません。これからそれを調査しようと思いまして……」
「俺で良ければ手伝おうか? 出来るかどうか分んないけど………」
「いいえ、まだその時ではないようなのです」
その時ってどの時だよと、心の中で突っ込みを入れる。
「あなたには成すべきことがあります。そこで選ぶ道も用意されているのでしょう。でも、けっして悪魔の誘惑に乗らないよう、私に熱烈なる誠意を込めて忠告させてください」
もう良い、面倒だ。核心を突いてしまえ。
「やっぱり君も、使徒なのか?」
「はい、天使族使徒の戸来美言と申します。どうぞよろしくお願いいたしますです」
そう言って会釈し、まさに天使のようにニッコリと微笑む彼女の肩越しには、消防隊が炎と格闘する姿があった。
救急隊員が担架で血まみれの怪我人を運び、警官達が野次馬を整理している。
そんな騒然とした現場が展開していた。
「あなたは………」
「俺は犬養睦樹、国津神の使徒だ」
「今後隠世でお会いすることもあるかと思います。その時は助け合って参りましょうね、犬養さん。私たち天使族と、日本の天津国津とは、これまで協力し合って悪魔族と戦ってきたのですから」
「そうだね。是非そうさせてもらうよ」
「それでは、ごきげんようなのです」
戸来美言の後ろ姿を見送りながら、俺は彼女の言ったことを反芻していた。
彼女は「因果律の綾なす糸を追っていたら、たどり着いた」
と言っていた。
何か特別な能力を彼女は持っているんだろうか?
使徒の力は隠世限定かと思ったけど、現世でも力を発揮できるってことか。
戸来美言の能力は、この現世でそうした“糸”みたいなものを感じ取ることができるものなのだろう。
そういや俺も中野で霊の存在を感じた程度だが、ちょっとは目覚めてきてるのかも知れない。
でも、彼女の言葉を俺が最初電波系かと疑ったように―――いや、まだそれ系である疑惑は完全に晴れていないが―――現世での能力はそうした何かを感じる系限定であって、それを人に話してもマトモに取り合って貰えないような力でしかないのかも知れない。
隠世が現世から隠されていることにも通じてるんだろうか。
(彼女、妄鬼討伐隊にいたよ)
(ああ、そうか、思い出した。大きな杖を持っていたな)
いかにも神々しい神官っぽい装備をしていた美少女を思い出した。
隠世でも眼鏡をかけていたな。
あと、この爆弾テロが「大いなる戦いの一部」とも言っていた。
世界改変の現れであるのを、否定しなかったわけだ。
戸来美言がどこまで知っていて、どこまで正しいのかはまだ分からないけど、少なくとも彼女はそう確信していた。
つまり俺たち使徒の働きで、こうした悲惨な事件が防げるかも知れないし、逆に今後増えるかも知れないってことじゃないのか?
ならば確かに命を懸けてやりぬく価値がある戦いなのだろう。
昨日のインスマス討伐のように。
事件現場の方は、にわかに落ち着きを取り戻し始めていた。
炎は鎮火され、白煙を上げる黒いオブジェと化した残骸が残された。
怪我人はみな搬送され、規制線に群がる野次馬もぐっと数を減らしている。
爆破テロは平穏な日常を侵略すると、その直後にはもう風化しようとしていた。
社会問題として決して消えるわけではない。
そして被害に遭った人や家族にとっては一生残る傷だ。
しかしすでに多くの人々はいつもの週末を取り戻し、通りを行き交っている。
そのギャップに大きな違和感を覚えつつ、俺はその場を離れた。
地下に降りる階段も、すっかり日常に還っていた。
だけどこんな騒ぎの後で、サイン会は中止とかないだろうな?
(ダニエルさんに、待ち合わせ場所変更の連絡しておいたら?)
(そうだったね。それにヤツの無事も一応確認しとこう)
俺はTReEでアルタ前の爆破テロの話を画像付きで送り、巻き込まれてないか訪ね、無事なら待ち合わせ場所を、紀伊国屋書店の前にするぞとした。
天使族ヒロインも登場!
これで、悪魔、国津、仙、天津、天使と五人の使徒ヒロインが出揃った。
え? 覚えてない???
キャラ設定ページを作るか……
睦月「いやー、完全に電波ちゃんかと思ったよ」
アストランティア「ちがうよ、正真正銘の電波ちゃんだよ?」
睦樹「やっぱり? 巨乳眼鏡電波美少女って盛り過ぎじゃね?」
榊薫楽「呼びました?」
アストランティア&睦月「うわーーー!!」
令和7年5月11日更新予定!




