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6. 新宿の黒煙

― 前回のあらすじ ―


  天津神使徒、風日祈珠子の初陣は、新宿地下からスタート

  同伴するのは、四名の天津神使徒たち

  そして、シーンは睦樹が自宅をあとにするところに戻る


    ※    ※    ※    ※

 新宿への電車賃は当然節約対象だ。

 残金367円では、往復電車賃を払ったら、もうお財布に白銀(しろがね)のお金が無くなってしまう――もちろんニッケル貨は白銀には入れぬ。


 新宿はうちから自転車でもそんなに掛からない。

 三十分くらいのもんだろう。

 各駅停車の総武線でも、高円寺から、中野、東中野、大久保、新宿と四駅。

 線路はまっすぐ東に行ってから南に折れているので、直線で行ければもっと近い。


 自宅から出てまもなく、右手にパル商店街の入口を見ながら高円寺駅を越える。

 駅前通りのゆるい坂を下っていくと、あの事故現場近くの交差点に出る。

 暴走車はここからアーケード街に突っ込んで行った。


 その交差点を現場と反対の左に折れ、住宅街の裏通りを東に行くと、環状七号線、通称環七(かんなな)に突き当たる。

 環状線ってのは、皇居を中心に輪っか状に首都圏を走る国道だ。


 この環七の排気ガスが上昇していって雲を作り、ときおりゲリラ豪雨になるらしい。

 それだけ激しい交通量(トラフィック)なのだ。


 環七を渡ると、それまでの都心に向かって東進する小径は道幅も少し広くなって、大久保通りという立派な名前までついている。

 あの韓流ブームで有名になった新大久保へと至る道だ。

 リトル・コリアと呼ばれて久しいが、今や韓国以外の外人もたくさん居着いており、とても日本とは思えないカオスな巷と化している。


 大久保通りが途中で大きく左にカーブしているのは、新大久保が新宿より北にあるからだ。

 そのカーブする手前で脇に入り、ふたたび裏通りを新宿方面へとペダルを漕ぐ。


 中野坂上の手前からは仕方なく青梅街道に出ることにした。

 俺はこの青梅街道が大嫌いだ。

 片側三車線もある幹線道路で交通量も多く、自転車にとってはちょっと危ない。

 でも裏道を走るとかなり遠回りになるので仕方なく使うことにする。


 すれすれで追い抜いてく車がいるし、たまに進路を遮るように寄せてくるのもいて、悪意すら感じる。

 かといって歩道を走れば歩行者の迷惑になる。

 しかも近頃は携帯触りながら歩く人が多くて、マジで危ない。


 それに最近の法改正で自転車は基本的に車道を走ることになったんだからしょうがない。

 俺は法律を遵守するロウフルな自宅警備員なのだ。


 車で最悪なのは、凄まじい爆音と共にすぐ横を、猛スピードで追い抜いてくヤツだ。

 華奢な二輪の上に無防備な肉体を晒してる身としては、無駄に命のキケンを感じる瞬間だ。


 たぶん自動車のドライバーたちは、自転車なんてうるさい小蠅か何かのようにしか思っちゃいない。

 ヤツらがちょっと殺人衝動の狂気にかられたなら、自転車乗り(バイカー)の命なんて簡単に吹っ飛んじまう。

 ここ青梅街道では、紙一重のところで死が隣を疾走して行くのだ。


 超イラついてる車と、俺の自転車しか路上にいなかったとしたら、そいつは迷うことなく俺を高速で跳ね飛ばし、「ヒャッホーイ!」と叫んでガッツポーズするに違いない。

 イヤイヤイヤ、もちろん妄想だって自分でも分かってる。分かってるんだが、そんな風に思わせるねちっこい殺意を感じてしまうのだ。

 それが俺の背中をチクチク刺しては、すぐ隣を走り去る。


「くそ!」


 こんなギリの世界は隠世(かくりよ)だけでたくさんだ。

 現世(うつしよ)の俺は、ちょっと打ち所が悪ければ簡単に逝ってしまうもろい存在だ。

 どうせ死ぬなら隠世で戦って死ぬ方が断然ましってもんだ。

 なにせこっちでの戦いはまるで勝ち目ゼロなんだから。


 また猛烈なエンジン音が近づいて来る。

 それといっしょに、なにか陰鬱なリズムが迫る。

 すぐ脇を猛スピードで抜き去る黒いバンが、大音量でヒップポップを鳴らしながら走り去って行った。

 思わず罵声を上げてしまう。


「危ねえだろ、このくそボケ! 死ね!」


 言った後で、すぐに後悔した。

 汚い罵りは、言われる方だけじゃなく、言う方も心にダメージを背負うことになる。


 母さんを怒鳴りつけたときもそうだった。

 あれからお互いしばらく声をかけられなかった。

 また俺が怒鳴るようなことになったらどうしようかと、俺自身も、母さんも、怖れてたんだ。


 さっきの車には言葉は届いてすらいないだろう。

 だから俺が自分で自分を貶めただけだ。

 こうやって下らない自分になっていく。


 ああ、そうかも知れない。

 苛ついて、簡単に怒りをぶつける自分。

 これはもしかすると、ダークサイドに落ちる罠なのだ。

 いや、冗談じゃなくだ。


 簡単に怒りや憎悪に囚われるのを許すうちに、そういう自分、怒りや憎悪を常に抱える存在になってしまう。

 これはマジだ。

 ちゃんと使徒としての自分を戒めた方が良いかもだ。


 そんなダークサイド初級編を考察するうちにも、自転車は中野坂上の交差点で信号待ちしている。

 目の前を横切るのは環状六号線――山の手通りの名前の方が知られている。


 そういえばあっちの世界には、そうしたダークパワーとかあっただろうか?

 夢の記憶では、やはり邪悪としか思えない力がある気がする。

 しかもそれは、確か……――そう、とても強いのだ。

 使徒がそうした力に浸食されたらどうなるのか?


(妄鬼じゃなかった?)

(ああ、そうだったアストランティア)


 そう、想い出した。

 死んでしまった使徒。


 強い想いを残し、無念の塊となった存在。

 あれこそまさにダークパワーに浸食された存在なのだった。

 使徒たちが討伐隊を作り、水生那美も相馬吾朗もそれに参加したのだった。


 そうなると、使徒は日頃から死を覚悟し、それと向き合い、生や欲望に執着しないようにしなくちゃならないのか?


「まるで侍だな」


 そう独り言すると信号が青に変わる。

 ペダルをぐいっと踏み出した。


 交差点を渡ったところで、スレイプニルの銀輪に惰性で走らせる。

 新宿まではもうあと少しだ。

 風を切って一気に中野坂を降って行った。


 汗を乾かす風に爽快感を覚えるのも束の間、谷底まで降りると神田川にかかる淀橋を渡り、今度は新宿までの長い長い登り坂になるのだ。

 昔はこの橋から南の西新宿一帯を淀橋という地名で呼んだらしい。

 ヨドバシカメラとかはその名残だ。


 高層ビルが建ち並ぶ辺りには、かつては広大な淀橋浄水場があって、首都圏の最も重要な水瓶となっていた。

 まあ、俺の生まれるずっと前の話だけど。


 まだ残暑の残るこの季節、新宿に至る最後の難所、四百メートルを越える成子坂を自転車で攻略するのはかなりきつかった。


 中野坂でちょっと乾いたのが、すっかり汗だくになってしまう。

 早いとこ新宿に着いて、クーラーのギンギンに効いた場所に転がり込みたい。


 ぜいぜいと肩で息をしながらそそり立つ高層ビル群を見上げる。

 日頃の運動不足が祟ってろくにスピードが出ない。


 やっと坂を登り切り、淀橋警察署の横を過ぎると街道はゆるやかに左にカーブ。

 ごちゃごちゃした新宿の繁華街の看板と、JRの大ガードが迫ってくる。

 この大陸橋の上を、山の手線と中央線と総武線、そして京葉線とかイロイロ走っているのだ。


 汗をかいたお陰で、予想よりはだいぶ早く到着できた。

 所要時間にして二十五分ほど。


 都心では自転車の置き場に困るのだけど、俺は大ガードを抜けてすぐ左、歌舞伎町にある西武新宿駅近くに良い場所を見つけた。

 歩道に自転車置き場が新設されていた。

 違法駐車されるくらいなら、こうした設備を用意しよう、という行政の前向きな姿勢が伺える。

 しかし、2時間で帰ってこないと全財産の三割を失うので、気をつけなくてはならない。


 歌舞伎町は週末ということもあり、昼間っから人で溢れかえっていた。

 信号が変わると、アルタのある新宿東口駅前と、歌舞伎町とを結ぶ靖国通りの横断歩道がどっと人で埋まって、黒々とした人だかりになる。


 自転車を降りた俺は、いち歩行者としてこの群衆のただ中に放り込まれたのだった。

 先程までの、車を恐れながらも自由に走れた状態から、一気に動きづらくなる。


「ふははは、見ろ、人がゴミのようだ」


 などと強がってみても、この圧倒的物量の前に、俺は敗北を予感するしかない。

 それに歌舞伎町側の歩道はかなり狭いのだった。

 ぶつからないで歩いている人々は、神の奇跡を連発して叩き売りしているようなもんだ。

 これに比べたら中野の混雑を掻き分けるなど、児戯に等しい。


 まっこう勝負はやめだ。

 とっとと地下に逃げ込もう。


(冷房あるしね)

(弱めだけどな)


 お目当ての福音書店は、俺が立つ地面の下に広がる大きな地下商店街、サブナードにあるのだ。

 今走ってきた青梅街道が、ここからは靖国通りと名前を変える。

 そのまままっすぐ行けば、英霊の眠る靖国神社に至るわけだ。


 サブナードはこの靖国通りに沿って作られていて、途中丁字に分岐して新宿駅の大地下街へとつながっている。

 さらにサブナードの奥には四百台もの車を収容できる広大な地下駐車場まで備えられ、全体が巨大地下迷宮(トーキョーダンジョン)となっているのだ。


 俺がなんとか人を避けながら、地下への入口に辿り着き、階段を降りようとしたそのときだった。


 ド ーーーーー ン !


 と突然大きな音と共に、空気が震えた。


 一斉にビクリとして、何ごとかと辺りを見回す人々。


「あそこ、煙!」


 誰かが指さす方を皆が注視する。

 大きな黒煙が、ビルの向こうにゆっくりと立ち上がろうとしていた。



挿絵(By みてみん)



「爆弾テロじゃないか?」


「ヤバい~、マジかよ~」


「またか、特亜のヤツら!」


「見に行ってみる?」

「野次馬を狙った二発目あるかもだぞ」


 そんな警告じみた言葉を耳にしながらも、俺はもう煙の方に駆けだしていた。


もはや日常となった爆弾テロ

日本はどこへ向かうのか?!


アストランティア「ダニエルさんもドッカン?」

睦樹「いや、そりゃないだろ? 現場にいてもきっと生き残りそうだし」

ダニエル「おいおい、ワイかて現世じゃそんなスーパーマンちゃうで~!」

アストランティア「あ、生きてた」

ダニエル「まだ分からんで~、幽霊になっても後書きくらいは出れるしなー」

睦樹「エーテルチューチューするなよ!」

ダニエル「するかボケェ!」


 令和7年5月4日更新予定!

 まだ、いけるか!!


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