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2. 草迷宮の邂逅

― 前回のあらすじ ―


  家に帰り母となんとなく和解の睦樹

  しかし、小遣いをもらうまでに至らず

  一方ススキの草迷宮を彷徨う那美は

  強い力を持つ怪しい存在に遭遇する

 少女の背丈並みのススキを割って現れた者は、巨大な蟒蛇(うわばみ)だった。

 大きな鎌首を高々ともたげた青い大蛇は、口に一振りの刀を咥えていた。

 その刃の上から長く赤い舌が伸び、先端を震わせている。



挿絵(By みてみん)

草迷宮で蟒蛇と出会う那美(AI生成を加筆 ススキじゃなくて麦になってるけどな!)



 見ると全身に傷を負っており、赤黒く爛れた箇所が幾つもあり痛々しい。

 しかし、その痛みを堪えるふうもなく、その大きな蛇頭は毅然として揺るがない。

 感情を宿さぬ冷たい瞳で、ただ少女を見下ろしていた。


 那美は徒手空拳である。

 いくら超人的な肉体能力があるとはいえ、目の前の大蛇はあまりに巨大だ。


 手負いであるが、まだまだ力に満ち溢れている。

 太さは彼女の胴より二回りも大きく、姿の大半は草原に隠されており、全長はどれだけあるかしれない。


(せめてあの口に咥えている刀が奪えれば、勝機はある……)


 目論見を秘めながら、少女は静かに一歩足を引き、力を溜めた。


 すると突然蟒蛇は口を開き、その刀を取り落とした。

 白刃が鋭く地に突き刺さる。


嗚呼(ああ)……嬉しや嬉し、やっと見つけたわいのぉ。ほんにお(ひい)さまじゃ」


「あなたは……もしかして……」


「見苦しき姿を晒してしまい、穴があったら入りたいぞえ。察しのごとく、(わらわ)は国津の者、相馬吾朗が一の臣、瀬織津姫(せおりつひめ)……」


「やっぱりセオ姫さま、いったいどうしたの? あなたがそんな、正体を晒すなんて……それに傷だらけ!」


「あさましき姿を晒したご無礼、お許しあれ」


 そう言うと、大蛇は青白い光をまとった。

 その姿が光とともに一瞬四散したかに見えたが、すぐに塊として収束し、輝く女人の姿となる。

 光が消えると、水の羽衣をまとい、三本の領巾(ひれ)をたゆたわせた、妖艶にして威厳ある女神、それでいてどこか少女のあどけなさもうちに秘めた瀬織津姫がほほ笑んでいた。



挿絵(By みてみん)

  瀬織津姫(AI生成を加筆 これもススキじゃない。なんだろうw)



「傷は、大丈夫なの? どうして自分で治さなかったの?」

「これはただの傷ではなく、忌まわしき呪いじゃ。されど、傷としては大したものではないゆえ、ご心配無用」


「何とかならないの? それに、本体を顕わにしなくてはならないくらい、大変なんでしょ?」

「お姫さまを探索するためには、蛇体の方がよかったゆえ。ほれ、ほの舌が、長ぁく伸びて、匂ほいと気配(けわい)を察し、腹は歩む振動を感知するのじゃ」


 妖艶なる女神は先割れた舌を長く伸ばしながらも、そこそこ淀み無く喋る。

 長いといっても蛇ほどではないが、人のなりにしては異様である。


「せめて私に手当をさせて」

「そんなもったいない」

「もったいなくないです! さあ、もう一度蛇体になって、セオ姫さま」


 瀬織津姫は迫られて、しぶしぶ蛇の巨体となり身を横たえた。

 長さはおよそ20メートル超。

 その呪いを受けたという(ただ)れた傷に、那美は手かざしをする。


「ウヴヴッ!!」


 淡い光が患部を包み込むと、巨大な蛇体がビクリと痙攣した。


「大丈夫?」

「ちょいと驚いただけよの。これしき、何のこともなしじゃ」


 手をかざした部分の穢れが次第に薄くなり、蛇体の自然治癒力もあってか、みるみるうちに傷が消えていった。

 そうしてしばらく治癒を行い、すべての傷が癒えると女神は人の姿に戻った。


「お姫さま、まこと、かたじけのう存じまする。穢れが失せて、体も心もすっきりじゃ」


「良かった、セオ姫さま。無理しないで何かあったら私を頼ってね」

「そうさせてもらうでのぅ」


「それで、なぜ一人でやってきたの? 吾朗くんは一緒じゃないの?」


 瀬織津姫はその名を聞くと眉を(ひそ)め、項垂(うなだ)れた。

 青白いアストラルの炎が、その背に立ち上る。

 色と大きさが、深い哀しみを表していた。

 そして唇を噛みしめ、言葉を絞り出すようにして応えた。


「まこと口惜しきことに……相馬吾朗さま、お討ち死に……され……」


「えええ?! また死んじゃったの? まったくひとりで何やってるんだか! セオ姫さまがそんなだってことは、よっぽど酷い戦いだったんだね。デスペナルティが酷いことになってそう」


「それが……どうか……どうか、お姫さま、ご覚悟を乞い願いたし」


「え? どうした……の……?」


「相馬吾朗さま、死してのち、モウ……」


「ちょっと待って!!」


「…………………………………」


「………なにを………言い出すの?」


「その身……妄鬼と成り果てにけり」


「嘘……でしょ?」


慚愧(ざんき)に堪えぬことなれど……(まこと)にて」


「どうして……? ついこないだ会ったばかりなのに……どこで? 何があったの?」


「新宿歌舞伎城の外れにて、悪魔どもの襲撃を受け、ヤドゥルともども……」


「また同じところで悪魔に襲撃されたの???」

「いいえ、そこで襲われたは一度きり」


「じゃあ、セオ姫さまの間違いだよ。だって、私、そのあと吾朗くんと会ってるもの」


「いつどこでお会いになられたのかえ?」

「いつかははっきり言えないんだけど、少し前ね。高円寺に新しくできた隠世に、私は幽閉されてたの。吾朗くんはそこにやってきて、私を助け出そうとしてくれたんだけど、隠世を出るときに、私だけここに飛ばされちゃったんだよ」


「本当にそれは吾が君――相馬吾朗さまでしたか?」

「そんな……間違えるわけないじゃない」


「となれば……相馬さまは死してのち、二人に分かれたのやも知れませぬ」

「そんなこと、アリなの?」


「一人は妄鬼となり、一人は高円寺に(おもむ)いた、そうとでも考えねば理に叶いませぬ」

「妄鬼の方こそ、相馬吾朗本人に間違いないの?」


「悪魔との戦いに生き残った妾は()が君が戻られたときに備え、地下深くの水となりて雌伏しておったのじゃ。しばらくのちに、張り巡らせた水気の探査に、その気配を感じたのよ。

 地上に霊体を(あらわ)し、地中より水を集め()らして実体を成そうというとき、この目でしかと見たのじゃ。あのお優しかった吾が君が、物狂いに雄叫びなされ、ついには妄鬼となり果つる様を……」


「止められなかったの?」


「妾が声すら届かず……」


 風が吹き、ざざざあとススキの波を起こした。

 俯いた那美と瀬織津姫の間には、一振りの太刀が地に刺さっていた。


「……そういえば、高円寺で会った吾朗くんは、デスペナの記憶喪失がやけに激しかった。もしかすると、その記憶を持っている方が妄鬼になったってことなのかな?」


「さにこそあれ。使徒として戦い、遂には殺された者の怨念たる妄鬼は、その記憶なしにはあり得ぬゆえに」


「じゃあ、今の吾朗くんの記憶は絶対に戻らないってこと?」

「二人がまたひとつになれば……」


「いったい……私はどうしたら……」

「この(つるぎ)をお取りあれ」


 大蛇の瀬織津姫が咥えていた一振りの太刀が、先端を地面に刺したまま柄を上にして立っている。


「これ…は?」

「この淀淵太刀(よどふちのたち)で妄鬼をお斬りなさりませ」


「私に吾朗くんを斬れというの?!」

「妄鬼を誅し、御霊(みたま)を解き放つほかあらじ……」


「でもそうしたら、相馬吾朗という存在が世界から消滅してしまう」

「まだ、希みはあるかと」


「のぞみ……」

「これまで妄鬼から戻りし者は無し。されど吾が君に限りて申さば、いまだ機会のあるやも知れぬのじゃよ」


「どういうこと?」

「ノヅチも妾とは別に吾が君を待ちて、地に眠っていたのであろう。かの者鹿屋野比売神(かやのひめがみ)へと目覚めたのち、妄鬼に付き従うておるのじゃ。妄鬼が臣を率いた例は、他には無し」


「つまり、まだ使徒としての魂が残っている……」

「なれば、一縷(いちる)の希みもあるかと……」


 那美はその怪しい白刃の(つか)に手をかけ引き抜ぬくと、一払いし土を落とした。

 すると、刀がぶるりと震える。

 さらに聞き取れぬほどの微かな呟きが、ブツブツと漏れ聞こえてきた。


「何……これ?」

「吾が君のさぶうえぽんを預かっていたもの。強力なる封魔の剣じゃの」


「ちょっとヤバそうなの封じてるの?」

「さにあらず。吾が君の臣ども、速玉男命(はやたまおのみこと)夜刀神(やとのかみ)、土蜘蛛の御霊を妾が封じたまでよの」


「え? どういうこと?」

「悪魔どもと刺し違えて果つる間際に、妾が太刀を振るい首を刎ね、ことごとく止めを刺してくれたものじゃ」


「ええ!? ますます分かんないんだけど!」

「このまま悪魔に討たれ、常世に還りしばし戻れぬよりは、妾が手にかかり封じられて、吾が君がために呼ばれるのを望んだのじゃ。なんと天晴(あっぱ)れなる忠義であろうかや」


 そう語りながら、瀬織津姫は刀の鞘を袖から引き出すように実体化させた。

 那美はそれを受け取り納刀する。

 シンたちの呟きもふつと収まった。


「妄鬼に臨んで臣を呼び出すもよし、そのまま力を宿して斬りつけるもよし、お姫さまの好きにされるが良いわ」


「斬るのは最後の手段。まずは力の言葉で話しかけてみる。二人は何処にいるの?」

「新宿周辺から始まり、共に破壊の限りを尽くしておるようじゃのう」


「行かなくちゃ!」

「それにはまず、この草迷宮から抜け出さねばのう」


「え? セオ姫さまも、出られないの?」

「妾だけならまだしも、お姫さまには呪いがかけられているようじゃ」


「呪い? 私に?」

「高円寺隠世から現世に戻れぬのも、ここより出られぬのも、そのためかと」


「解呪できないの?」

「一見して妾には無理じゃ。されど呪いを欺いて抜け道を探すは、まだできそうじゃぞ」


「うん、一緒にやってくれる?」

「おお、やらいでか」


 美しき少女と女神は、二人連れ立ってススキの原をまた進み始めた。

 悲壮な運命へと向かおうとする歩みはしかし、どこか楽しげでもあった。


「このススキの原は、現世ではどこにあたるの?」

「多摩川の中洲のような河川敷にあるようじゃが、詳しい場所は知らぬぞえ」

「多摩川の中洲って神奈川県?」

「さて、同じ武蔵国ではないかえ?」

「武蔵には、東京と埼玉と、神奈川県の一部が入ってるんだよ」

「ほう、現世の区分は左様に変わったのかえ」

「カクリヨ東京なんだから、東京くらい覚えてよセオ姫さま」

「楽しく生きるには、細かいことは気にせぬことじゃ」


 現世のススキ野は、町田市の野津田公園の設定から、多摩川の中洲に変更しました。

 なかなか外に出られない、というのを重ねています。

 さて、次は翌朝のムッキーから始まります。


次回、3話は、令和7年4月6日公開予定!!

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