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1. 青の制服と金の原

― 前回のあらすじ ―


  世界改変後の中野ブロードウェイの様子を確認した睦樹は

  一日商店会長をするアイドル一色あやに遭遇

  その親衛隊長である赤石えにしに、要注意人物認定される


  中野を後にし、新章突入!!

 夕暮れの心地よい風を切り、あっという間に吾が自転車(スレイプニル)は家路を消化した。


 久しぶりに我が家に戻った感。

 しかしいくら隠世での滞在時間が長くても、何日もいたわけじゃない。

 近頃の俺の生活の希薄さに比べて、あまりに濃縮された時間を過ごしたからだろう。


 さすがに汗をかいたんで、今日二回目のシャワーを浴び、スッキリした状態で麦茶を片手に自室でゆっくり考える。

 いろいろありすぎて、ちょいパソコンをチェックする気すら起きない。


 まず吉祥寺では、国津神の隠世があるはずだが、ゲートを見つけられなかった。

 ダニエルに聞けば分かると思うが、死んでもそれだけは嫌だ。


 井の頭公園では澁澤教授に出会った。

 というより、待ち伏せされていた?

 彼は悪魔族第一使徒で、俺を相馬吾朗と最初勘違いした。

 そして自分の娘の一色あやに近づくな、という。


 中野のゲートは、地下一階にあった。

 今の俺ならきっと向こうに行けるだろう。

 何せルーラーになったんだしな。

 定期的に、狗神の八郎丸の様子を見に行ってやらなくちゃだ。

 中野ブロードウェイは活性化したけど、クラボッコを呼び戻すクエストが未消化だ。


 そして、一色あやが[在りて在る者]の言うアイドルと仮定して、その求めるものはまだ分からない。


 ファン親衛隊長の赤石えにしは、悪魔族使徒だった。

 あやの周りには隠世関連が多すぎるので、彼女も使徒の可能性あり。


 そしてライブのときに吸い上げられていった力は何処へ行ったのか。


 中野隠世にすぐに戻って、八郎丸に何か影響がなかったか聞けば良かったか……いや、確か同じ隠世に入るには、クールタイムがあったはずだ。

 相馬吾朗が新宿瓦礫町でそんなことを思っていた。

 すぐには戻れないのだった。


 一色空夜に聞けば、何か分るかも知れない。

 他のゲートに関しても彼なら知ってるだろう。

 しかし、どうやったら彼に連絡が取れるのか?

 連絡先くらいならダニエルに聞いてもいいかも知れない。


 他にも課題はたくさん残っている。

 荒渡大地の記憶をどうやったら呼び戻せるのかとか、ほかの国津神使徒にどうやったら会えるのだろうかとか。


 最後にフルムーン五次元研究所の件だ。

 那美を探しだせるかどうか、他人任せだけにやきもきするところだ。

 榊さんに水を向けられたように、俺がバイトすれば自分でもその調査に参加できるかも知れない。


 ほかにも自分だけでもできることは無いだろうか……?

 俺は水生那美の姿をイメージして、彼女に繋がる何かを、何でもいいから想起できないか集中してみた。

 すると、あっさりとそれを掴むことができた。


「そうだ、制服だ!」


 実に単純な手掛かりのひとつだった。

 都内の女子高生の制服を検索して、同じものを探せばいい。

 榊さんと話していて、何で思いつかなかったんだろう。


 俺は早速パソコンを立ち上げて、都内の女子高校生の制服画像を検索し始めた。

 うん、傍から見たら引きこもりの制服フェチだが、決してそうではないことをアストランティアが知っていてくれるからそれで良い。


(もちろんだよ、君は制服フェチの変質者なんかじゃない)

(あ、ありがとうアストランティア)

(もっとボクみたいに露出の高いほうが好みだもんね!)

(うグッ!)


 しまった、アストランティアは俺自身なだけに、何も隠し立てすることはできない。

 うぎぎぎぎ、これはかなり面倒な己の中の別人格が爆誕してしまったのではないのか?


(ダイジョブだよ、ボクは優しいから、君のことなら……まあ、大抵のことは許してあげてるよ)

(やめろ、それ以上深く俺のアンタッチャブルな領域に入ってくるなぁっ!)

(アハハ、ゴメン、ゴメン、もう大人しくしてるね)


「ハァ、ハァ……」


 自分の無意識との対話で、心臓バクバクさせてしまうとは。

 これがシャドウとの戦いというやつかっ?


 まあ、そこまでシリアス&ダークな設定じゃないだろうけど、ナナルよりも難物かも知れない……。

 そんなことないよ、とか深いところで呟いていそうだが、現実に戻ろう。


 さて、今どきの制服はブレザーが主流で、セーラー服を未だに採用している高校はそう多くない。

 絞り込むのには、それほどかからなかった。


「これだ!」


 渋谷区にある私立の坂東(ばんどう)国際学院高等学校。

 ここのセーラー服がかなり近い、というかそのものだと思う。

 これが水生那美が着ていたものに違いない。


 分かったのは良いけど、俺が学校を訪ねていって、水生那美さんに会いたいですとか、家を教えて下さいとか言ったら即逮捕? とはならんだろうけど、不審者として門前払いだ。

 逮捕されんまでも、警察に通報されかねない。


 ここは榊さんに追加情報として知らせるのが良いだろう。

 俺は早速もらった名刺の番号で電話をかけた。


「はい、フルムーン五次元研究所です」

「あ、こんにちは、あの、俺は……」


「本日の業務は終了いたしました。御用のある方は、留守番電話にメッセージをお願いいたします」


 う、今どき電話の転送とかしないのか? しゃあない。


「えっと……榊さん、今日お邪魔した犬養です。探している水生那美さんの制服が、渋谷区の坂東国際学院高等学校のものだと分かりました。また連絡します」


 ふう、まあ、これはここまでだ。

 あとはプロに任せておけば、少しは進展しそうだ。


 そのままクリスティーンのアルトの声でニュースを聞いたり、悪魔や狗神なんかの情報をネットでチェックしているうちに、階下でガタガタ音がしだした。


 俺は部屋を出て階段を下りて行く。


「お帰りなさい」


 母さんが食事の支度を始めていた。


「ムッキー、こんな時間に早いわね」


 無意識で皮肉を言ってることがこの人には分かってない。

 でも、いいんだ。

 そんな皮肉屋の精神を、俺もこの人から受け継いでるんだ。


「ああ、ちょっとね。今日は外に用があって出てたんだ。それと、母さん、こないだはご免。俺が言い過ぎた」


「睦樹………」


 俺はキッチンに背を向けて、バスルームに向かった。

 顔を洗いしゃきっとする。


 その後、久々母子で食事をした。

 オムライスだった。


 さすがにケチャップでハートマークなんてことは無かったが、何かやたらと細かい網の目状にかかっていた。

 何か意味があるのか? たぶん無いんだろうな。


「美味いね、オムライス」

「昔大好きだったけど、今はどう?」


「うん、好きだよ」

「そう………」


 交わす言葉も少なかったが、俺は仕事でくたびれて、息子の不甲斐なさに失望しているこの人を、少しは労ってあげたい気持ちになっていた。

 心配を取り除いて上げられたらいいのにと思う。


 もちろん俺が頑張って勉強して、模試の成績を上げてみせるのが、俺にできる一番だろう。

 でも今は、何か言葉をかけて、少しだけ安心させてやりたかった。


「仕事、どう?」

「いつも通りに面倒ばかりかな」


 そうだろうと思った。


「良いこと無いの?」

「無いことはない……かな」


「どんなこと?」

「中途採用の子が、けっこう頑張ってて使える」


「そう……ぜんぜん良いじゃん」

「そうね、確かに最近ではまだ良い方かもね」


 母さんの手が止まる。

 赤い発泡酒をゆっくりと飲んで、ふう、とため息をひとつ。

 俺も良くやる幸せが逃げてくやつ。


「それも悪くないか……」


 と独り言して、またスプーンをゆっくりと口に運ぶ。

 今夜は俺と面と向かっても、気を張らないで済んでるみたいだ。



   ※   ※   ※   ※



 見渡す限りに広がるススキの穂が揺れている。


 黄金の海原が、風が吹くたびにうねり、眩しく陽光を煌めかせる。


 その波を掻きわけながら、少女はあてもなく歩を進めていた。


 もうどのくらいの時を、そうして彷徨っていただろうか。


 しかし彼女は、諦めるということをしなかった。

 必ず誰かに繋がることを信じて……。


「吾朗……何処なの? ……応えて、ヤドゥル!」


 虚空に投げられた声はしかし、ざわざわと囁く波間に消えゆくのみだ。


 その茫漠とした黄色の広がりの中で、紺色のセーラー服と波打つ黒髪だけが、一点の染みのように流れていく。


 延々と藪こきを続ける白い手足には、傷一つ付いてはいない。

 けだし不安を隠せない美しい横顔ではあるが、疲労の影とは無縁である。



挿絵(By みてみん)

  ススキの原隠世の水生那美(AI生成+加筆)




 水生那美は、高円寺のパル商店街の隠世から、相馬吾朗と一緒に現世に戻ろうとしたが、それは果たせなかった。

 ただ独り、この何処までも続くススキの原に放り出されたのだった。


 それからもう何日経ったのかも分からない。

 一度だけ吾朗のアストラル体が訪れたきりで、前回のようにその後すぐに助けに来てくれることもない。


 とはいえ彼女が相馬吾朗と認識しているのは、その分霊(わけみたま)である犬養睦樹であるのだが。


 彼女は仕方なく、このススキの原から外に出ようと、超人的な意志と体力でもって、とにかく真っ直ぐに、ただひたすらに突き進んでいるところだった。


 そうしてどれだけの時が過ぎただろうか、均質な世界にちょっとした変化が訪れた。


 那美は不意に湿り気のある風を(うなじ)に感じて、立ち止まった。


 雨でも降るのだろうかと天を仰ぐが、雨を孕んだ雲は一つも無い。


 すると背後より、明らかに風の立てる音とは違った、ざわざわとススキを掻き分ける音がした。

 同時に何らかの強い存在の気配だ。


 咄嗟に前方に大きく跳躍して、着地と同時に振り返る。


 何かがこちらにやって来る。

 ススキの穂を大きく左右に分けながら、近づいてくる。

 大きく、強い何か――しかしその姿は、黄金の波間に隠れてまだ見えない。


「誰なの!?」


 那美は言葉に力を載せて投げかけた。


 すると動きが止まる。


 一呼吸を置いて、茂みから青い影がたち現れた。


(あれ? 今夜は那美の夢を見ないのか……?)

(あやちゃんなんかに浮気するからだよ!)

(そんな! あれは浮気じゃないよ!)


 まあ、睦樹も精神的にはヘトヘトだろうから無理もない。

 あるいは、ススキの原は睦樹のアストラル体も

 簡単に飛んでいけない、より遠い隠世というわけか。

 しかしその隙に、那美に強き存在が迫る!!


次回、2話は、令和7年3月30日公開予定!!

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