11. アイドルの求めるモノ?
― 前回のあらすじ ―
フルムーン五次元研究所にて
難しい話に困惑気味の睦樹だったが
助手の榊馨楽が、水生那美の失踪の調査をしてくれる
というのに期待つつ、研究所を後にする
最大の目標、世界改変……邪教儀式は行われなかったことにする――は、達成できた。
中野ブロードウェイ自体も活性化され、俺としてはかなりのやり遂げた感だ。
さらに水生那美のことも、もしかしたら手掛かりくらい掴めるかも知れない。まあ、そこは他人任せだけど。
そこで次の目標、[アイドルの求めるものを知れ]を実現するために、中野ブロードウェイを三度探索開始だ。
まずは二階にまで降りて、俺がアストランティアを買い求めた店に行ってみた。
俺のポーチの中には、もちろん彼女が居る。
だが、世界改変の力が、変なふうに及んで、本当にこの店で買ったことになっているのかどうか、確かめようと思ったのだ。
商品の品揃えは、改変前とあまり変わっていない気がする。
店員さんも元のままだ。
俺のこと覚えてます? とか、フィギュアを見せて、俺はこれをここで買いましよね? とか聞くのは、さすがにどうかと思って止めておいた。
ふと気がついて、財布の中のレシートを見る。
ちゃんとこの店のレシートになっている。
まあ、たぶん、ここで買ったことは変わっていなさそうだ。
あとは、万引きがどのくらい減ったかだが、店員さんは[減った]とは認識していないはずだ。たぶん、最初から万引きが少ない世界に改変されている。
じゃあ、どうやって確かめたらいいんだ?
「うーん…………」
俺が眉間にシワを寄せて、アストランティアが入っていたガラスケースを見つめていると、ガヤガヤと騒がしい集団が近づいてきた。
ふと見ると、手に手にまだ紫のサイリウムの灯火を持っている。
どうやら一日商店会長一色あやと、彼女と同行できた幸運なファンたちのようだ。
隣のトレーディング・カード・ゲーム・ショップの前に集まり、ワイワイ盛り上がっている。
彼女もゲームをプレイするのだろうか。
もしかして俺も一緒にとか、ちょっとばかりときめいたものの、あの集団に割って入るのはやっぱり気が引ける。
俺は自慢じゃないが、ファンになったこと自体は古い。
けれど、ずっとライトなファンでしかなかった。
それに比べて、彼らは熱烈な信者なのだ。
だがしかし、[在りて在る者]のメッセージも確かめたい。
どうする俺?
カード鑑賞に満足したのか、その集団がこちらの方に動き出した。
もしかしたら間近で彼女を見られるチャンスかと、淡い期待を抱きつつも、今振り向いて見るのは興味丸出しのようだし、場所を空けるために動くのは、何か避けているようで失礼かもだし、もっと自然に振る舞うにはどうしたものかと焦り悩んでいるうちに、手にじっとりと汗までかきながら完全にフリーズしていると、虹色に光る黒い羽根が目の端に入った。
一色あやのブリュンヒルデの衣装に揺れる黒羽根だ。
俺はその集団に呑み込まれながら、狙われているのに動けない残念な動物のように固まっていた。
そして、アイドルは俺の目の前にやってきた。
ライブではそこそこ離れていて分からなかったし、映像で顔アップとかも観ているわけだが、実際に近くで見るのとは、こんなに違うものかと驚いた。
彼女はハーフのように、立体感ある顔立ちだった。
ネットの情報によれば、四分の一フランス人の血が入っているのだった。
何より本当に顔がちっさい。
これは映像や遠くからだと、なかなか分からないだろう。
そして子供のように良く動く目が、実に大きいこと。
カラコンを入れているのか、その瞳は深紅だった。
腰もすっごく細い。
こんな細い腰、今まで見たことが無かった。
手足も細くて、まるでダヌー神族の妖精みたいだ。
でも、ガリガリに痩せているわけじゃなく、出るとこはちゃんと出ているし、骨ばってるわけじゃない。
芸能人はオーラが違うと耳にするが、本当にそうだ。
彼女だけが集団の中心で、まさに輝いて見えた。
その一色あやが俺のすぐ横で、ヘンテコなフィギュアを指さしながら、ファンの皆と屈託無く笑い転げている。
彼女が横を向くと、俺と目が合った。
今度こそ正真正銘、ちゃんと俺を見ている。
ちょっとキョトンとした表情。
そして、子どもみたいにあどけなく、ニカッと歯を見せて笑った。
「犬養くん……だよね? 今日は来てくれてありがとね!」
「え? あ、は、はい、ど、どうも犬養です」
一色あや AI生成イラストを加筆修正
何だ俺――!!
ほかに言えんのかーーーー!!!
しかも何故か俺の名前、知ってるのに!!
彼女が花の香りとともに、眼の前を通り過ぎる。
あれを聞かなくてイイのか?
もうチャンスは二度とないんだぞ!
俺は変わったんだ!
今だ! 行け、俺!!!
「あ、あ、あの、あの、あのあやさん済みません!」
「ん? なあに?」
振り向いてくれた。
さあ、言うんだ犬養睦樹!
「あ、あ、あのですね、お、お求めものは何ですか?」
って、どこの店員だよ俺!?
周りのファンも失笑してるじゃねえか!
俺は顔から火が出るほど赤くなった。
そんな俺に、再び一色あやは、すうっと急接近してくる。
何か水が流れるような滑らかな動きなのだ。
そして息がかかりそうな至近距離。
キラキラ輝く大きな瞳が俺を捉える。
これ、どうしろっていうんだ?
「お求めもの、もう見つけたよん」
と、俺を指さした。
「え?」
俺は思わず自分自身を、同じように指さす。
イヤイヤイヤイヤ、違う違う。
たのむ、からかわないでくれ、アイドルが求めてるモノが俺の訳がない。
彼女は俺に流し目を残して、またするりと水のように離れていった。
困った、これじゃ全然分からないじゃないか。
そして残されたのは、あの花の香り。
そういえば、これは少し前にも嗅いだことがあった。
あの一色空夜と同じ香りだ。
同じパフュームを付けているのか。
俺には妄想の妹しかいないのだが、リア兄妹仲が良くてよいことだ。
「あんた何?」
呆けたまま取り残される俺に、何やら赤いものが迫ってきた。
それはゴスロリ・メイド服をパーフェクトに着こなすレイヤー少女の、左右で結んだ真紅の髪の毛だった。
背がちっさいものだから、俺の胸辺りからぐいっとおでこが突き出される。
あやと同じ色の赤の瞳が、俺を見上げている。
その可愛い顔に、ふと疑問の表情が浮かび、少し視線が余所に泳ぐ……が、すぐに戻ってがっつり睨みつけてきた。
「何であんたの名前とか知ってんのよ!」
かなりキュート系の顔とは裏腹に、しゃべり方は棘だらけだ。
「た、たぶん空夜、一色空夜から聞いたんじゃないかな」
「はぁん? あんた空夜とどんな関係なのさ?」
「あ、やっぱり君も彼を知ってるんだね」
「あたしが質問してるの! 答えなさい!」
ちびメイドは俺の腕をぐいとつかむ。
小っさい癖に、なかなか力がある。
あと距離近すぎる。
「いや……その……さっきちょっと偶然出遭ってね。こ、困ってるところを助けられたんだよ」
「ふーん………」
疑い深そうな赤い目がこっちを見上げている。
一色あやと色も同じで、彼女も大きくて可愛い瞳なのに、目の表情でこんなに違うもんだろうかね。
どう見ても高校生以下なのに、ブリーチにカラコンだ。
コンタクト・レンズなら外せば良いだけだが、髪は学校で言われないんだろうか、などと、こんな状況でもどうでもイイことをつい考えてしまう俺だった。
と、彼女からもあの不思議な花の香りがした。
どうやら彼ら仲間うちで、同じ香水を付けているようだ。
「いい気にならないでよ!」
「イヤイヤイヤ、そんなの全然なりようがないよ」
任せろ、自己肯定感の低さなら自信ある。
「良っく覚えときなさい、あや様にちょっとでも触れたら、あたしがテッテーテキにぶっ潰すかんね!」
「ぶっつぶすって……」
どんな風にぶっ潰されるんだ俺?
彼女の人差し指が、俺の鼻先でふりふりされる。
彼女なりの脅しなんだろうけど、それはそれでちょっと可愛い仕草にも思える。
「あんた名前、犬養なの? 下の名前は?」
「え?」
「犬養ナニ?」
「ああ、俺は犬養睦樹だ。二月の睦月と同じ睦に樹木の樹だ」
「そう、犬養睦樹ね、しっかり覚えとくから。あたしは赤石えにし。赤い石に下の名前はひらがな。あや様公認の親衛隊長を任されてるわ。あんたの脳みその皺深くに刻み込みなさい!」
赤石えにしは、俺の脳みそに内政干渉すると、つむじ風のように去って行った。
結局[アイドルが求めているモノ]は分からず仕舞いだ。
「ふう……」
(思い出さない? あの娘見たことあるよ?)
(え? どこで??)
(新宿隠世の瓦礫のビル)
(あ、まさか、悪魔の使徒!)
(そうそう、チャイナな女子と絡んできたチビっこいの)
こんなところにも悪魔族使徒か!?
多すぎないか少し!
あれ? でも、なぜ俺のことを相馬吾朗と誤認しなかったのか?
やはり現世の姿は吾朗と違うってことだろう。
あくまでも似てるのは雰囲気なのだ。
そういえば、赤石が最初に睨みつけてきた時、なんか迷うような悩むような表情をして、ちょっとだけ目を逸らした。
あのとき、相馬の印象を嗅ぎ取っていたのかも知れない。
それにしても、あやの近辺に使徒関連が四人も出現した!
しかも三人が悪魔族だ。
父の澁澤耶呼武教授、伯母のバビロン占い一色百合子、兄の一色空夜、そして親衛隊長赤石えにし……。
空夜は使徒じゃなく調停者だが、あやの守護者でもある。
これはもしかすると、あやを守る使徒四天王って感じか。
じゃあ赤石えにしはその中でも最弱ってところだな……いや?
イヤイヤイヤ、イヤイヤイヤイヤ……これは一色あや自身が使徒である可能性が、充分にあるってことじゃないのか?
(ボクもそう思う)
(だよなー)
「ふぅー」
ヒット曲が『悪魔にお願い』って出来すぎじゃないのか?
そうなると、悪魔使徒第一位の澁澤教授を中心とした、他四人ってことになるのかも知れない。
だとすると、これは充分留意しなくちゃならないことだ。
下手すると悪魔族の中での権力争いに、巻き込まれる可能性だってある。
それにしてもなぜ、俺の周りに悪魔の使徒ばかり集まってくるんだ?
頼む、誰かちゃんとした国津神の使徒、俺のとこに来てくれ!
(絶対あやさんは、悪魔の使徒だよ)
(そう思いたくないけど、相馬吾朗の記憶の中にも、謎の黒い女使徒がいたな……)
「さあ、もうお家に帰る時間ですよ~、すぐに外も暗くなるから」
「え? まだ日が沈むまでだいぶあるでしょ」
「もう秋分の日も近いんで、東京は午後6時には暗いのだよ!」
「まだ5時過ぎなんだけど、まあ、帰るか……さすがに疲れた」
次回、12話は、令和7年3月23日公開予定!!




