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10. ネクサス・ポイント

― 前回のあらすじ ―


  中野ブロードウェイ四階の一室

  邪教儀式の行われていた部屋は、

  世界改変によってフルムーン五次元研究所という

  探偵事務所になっていた

  睦樹は所長の助手榊馨楽から、五次元の話を聞く


「さて、私たちは、意思を持って未来を選択ができるのは人間だけ、と考えています」


 榊さんは一呼吸置いて、ちょっと真剣な面持(おもも)ちになって語り始めた。


「人間だけ……動物はその、未来を選択しないんですか?」


「そうですね……雲がランダムに動いているように見えて、実は完全に物理法則に従っているように、動物の行動もまたすべて必然だと、そう捉えているんです。そして人間だけが意思を行使して、必然を覆すことができるのだと」


「なんとなく分かります」

 使徒が世界改変できるのも、強い意思が介在している。

 それを、身を以て知ってるわけだから。


「でも、人間のほとんどの行動は、動物の取り得る行動と変わりません。さらに言えば、意思を持ってなされる選択の多くが、されてもされなくても、未来には影響ありません」


「バタフライ・エフェクトにもならないってことですか?」


「そういうことです。例えば……ウチの所長が昨夜己の意思を奮い立たせて、ちゃんと事務所のゴミを出していたとしたら、どうでしょう? その結果は、今朝の私が消臭剤を無駄に消費しなかった、くらいの小さな違いで、その後はほぼ同じ未来に繋がっています。来週にはその誤差は、まるで分からないでしょう」


 これはきっと現実に、たぶん今朝(けさ)起きたことに違いない。榊さんの表情が笑いながら微妙に怒っていた。


「小さな差異とは違って、大きく未来を変えるケースがあるということですね」


「はい、ご明察です。私たちはそれをネクサス・ポイントと呼んでいます」


「ネクサス…ポイント……」


 俺はそのネクサス・ポイントってのに、大きな変更を加えたってことになるのか。


 だけど、その時その場で、俺が未来を選択したわけじゃない。

 戦いに勝利して、すでに起きた過去を書き換えるという、かなり乱暴な方法だった。


 使徒の戦いというのは、時を遡って五次元に影響を与えるものってことらしい。


「時空が交錯する特異点、ネクサス・ポイント……そこに私たちの捜査の方法が関わってくるのです」


 なるほど、それで五次元研究所なのか。いっそネクサス研究所とかの方がカッコよかったんじゃないのか?


 でもこの話、使徒の戦いの話とめっちゃシンクロしてて、偶然に思えないレベルだ。

 もしかして、もしかすると、この研究所の活動を阻止するために邪教組織が動いて、研究所ごと潰して場所を乗っ取ったとかってのは、単なる俺の妄想爆裂系だろうか。


「私たちが調査する事案をネクサス・ポイントからくるものとすると、そこから五次元的可能性の世界が、四次元的確定の世界に落とし込まれたことになります。そのときに生じた時空のバイブレーションのようなものを感知して、そのネクサス・ポイントに至る糸口を見つけます」


「…………???」


 榊先生、急に授業に付いていけません!



挿絵(By みてみん)

フルムーン五次元研究所の榊馨楽さん(AI生成)

だいぶ良いイメージにまで近づけました



「その手法としては、人の意思の介在しない、ランダムな行為によってシンクロニシティを引き寄せて、それを手がかりとして数秘術やマップ・ダウジングなどで補完していく捜査方法なんです」


「…………?????」


「あ、難しかったですね。つまり、意味ある偶然性を、問題突破のきっかけとして用いるんです」


 ヴァレフォールが、なんかワケの分からん用語を並べ立てるのは、悪魔だからである。

 すなわち、悪魔はワケの分からん用語偏愛者である。

 ゆえに榊馨楽は悪魔である、という安直な結論に飛びつく俺を、誰が責められるというのだろうか?


「まあ、でも実際にそれをやっているところを見たら、大人が何遊んでるの? ときっと思ってしまいますよ」


 そうなのか、なんかまるで想像がつかん。


「でも難点がひとつあって……」

「やっぱり、五次元を扱うのは難しいんですか」


「いえ、それもありますが、より切実なのは……ネクサス・ポイントが関わるような面白い事件の依頼が、ウチの事務所になかなか来ないってことなんですよ、はぁ……」

「は、はい……そうなんですね」


(ねえ、睦樹君、そのお菓子食べてみたい)

(おっと、急に来たな、アストランティア。分かった頂いてみるよ)


 俺の無意識少女は、お茶請(ちゃう)けに出されたクッキーのようなものが、気になってしょうがなかったらしい。


「済みません、お菓子いただきます」

「あ、遠慮しないで食べてくださいね。いっぱいどうぞ」


 アストランティアは、俺と味覚の共有もできるってことか。

 俺は綺麗な包み紙を解いて、クッキーを口に入れた。


 甘さと香ばしさが同時に口に広がる。

 そして紅茶――ディンブラにもとても相性が良かった。


(美味しい!)

(うん、美味しいね)


 アストランティアの喜びに釣られて、俺の頬もほころんでしまう。


「ところで、犬養さん、ちょっとプライベートに踏み込んでしまうかも知れないんですけど、いいですか?」

「え、は……はい?」


「犬養さんは今、誰かに相談したくても、なかなかできないような心配ごとを抱えていませんか?」

「え………」


「私で良ければ力になれますよ」

「な、なんでそんなことを?」


「普通の探偵事務所や警察にも説明しづらいような出来事があるなら、話してくれませんか?」

「いや、そんなこと言われても……」


「心配しないでください。うちは探偵事務所ですから、クライアントの秘密は厳守しますし、相談だけなら無料です。犬養さん、あなた何か困ってること、あるんじゃないですか?」


「な、なんで分かるんですか?」

「女の勘です」


「それって……」

「あはっ、嘘ですよ。私も所長ほどではないですが、コールド・リーディングができるんです」


 俺の言動に、そんなことが露見するようなことがあっただろうか?

 それともナニか新たな罠にでも、引っ掛かってしまったのか。


「うちの所長、場合によっては無料で助けちゃったりしますから、まずは軽い気持ちで話してみませんか?」


 俺は榊さんにぐいぐい押されながらも、水生那美のことを考えていた。

 彼女のことを思うと、藁をもすがる気持ちになる。


 とはいえ、はいそうですかと喋れるものでもない。

 いくら普通じゃない出来事を扱う探偵事務所だからといって、隠世で戦ってますだの、世界を改変してるだの言ってもぶっ飛びすぎている。


 だいたいこの件は使徒だけの秘密だったはずだ。

 そう簡単に打ち明けられない。


 でも、那美に関してなら何でもいい、ヒントになる情報だけでも手に入れられればと思う。


(いいんじゃない? 相談してみても)


 アストランティアが背中を押してくれるけど、ちょっと不満気味。

 まさか妬いてるのか?


「実は……探している人がいまして……」


「尋ね人、ウチの得意分野ですよ。それで、どんな方ですか?」


「水生那美って女の子です。高校生の」


「みなおなみ……上から読んでも下から読んでも……って、あ、ごめんなさい。どう書くんですか?


 俺は水生那美の名が、回文になってるのを改めて想い出した。

 最初にその名を知ったのは、“在りて在る者”からのTReEだった。

 でも今となっては、その名前はもっと以前から知っていたものとして俺の中に溶け込んでいる。


 メモに書かれた俺の名前、犬養睦樹の下に、水生那美の名前を追加した。


「それで、水生さんは失踪されたんですか? それとも何か別の事情がおありですか?」


「はい……失踪しているんだと思います。自宅に帰っていないと、本人が言っていたので」


「水生さんのご自宅には確認されましたか?」

「それが……知らないんです、彼女の自宅」


「水生さんのご自宅の場所も、連絡先もご存じないわけですね」

「彼女のことは、良く知っているようで、実は知らないという複雑な事情があります」


「なるほど、ちょっとばかり、複雑そうですね。では、いつから失踪されたのでしょうか?」


 榊さんの声は人を落ち着かせる効果があるみたいだ。

 声のトーンはメガロ・ニュースのクリスティーヌを思いださせる雰囲気で、もっとゆっくり喋る。

 俺はいつの間にか引き込まれるように話し始めていた。


「失踪したのは昨日です。でも、すでにその数日前から、自宅からは居なくなってしまってるんじゃないかと……思います」


「昨日水生さんとお会いしている?」

「ええ」


「なら、なぜ失踪したと思ったんですか?」

「それは――あの………」


 どう伝えたらいいんだ?


「どうぞ、だいじょうぶですよ」


 だいじょぶと言われてもな……ええい!


「あの………俺としっかり手をつないでいたんです。そして、一歩踏み出したら―――消えたんです」


 あーあ、言っちまった。この件をこれ以上突っ込まれるとやばい。

 どうやって説明すりゃいいんだ?


「それは驚きますよね。すると目の前、というかすぐ隣で消えたんですね。手とか引っ張られた感じもなくですか?」


「引っ張られた感じはなく、そのまま消失する感じです」


「そのまま消失ですか。では、それはどこで、何時ごろ消えたんですか?」


 え? 何この人?

 消えたの突っ込みもなし? それでいいの?

 疑問もなんもなしで、当然のように話しが進んでるんですけど!?


「え、その………高円寺駅南口のパル商店街の入り口で、昨日の午後三時ごろです。駅に向かって歩いていて、パルのゲートを越えたところで……」


 榊さんは手早くメモを取る。

 字がとてもキレイな人だ。


「その時の彼女の服装は?」

「高校の制服で、紺のセーラー服です。赤いリボンの。あと、靴は黒です」


「水生さんの特徴は?」

「髪は軽いウェーブで長くて、すごく美人で色白で、とってもしっかり者で、身長は一六〇センチくらいです」


 俺は水生那美の姿をありありと想い出し、目の前に描き出していた。

 髪の毛が現世(うつしよ)からの風に揺れて微笑むあの姿を。


「あの……犬養さん?」

「え?」


「水生さんの生活圏は……分かりますか?」


 どうやら上の空だったらしい。

 しまった、彼女のことを夢想して自分の世界に入ってる姿を見られた……らしい。


「あ、はい、徒歩で高円寺駅を利用できるくらいの圏内であるとは思います」

「水生さんの携帯電話や電話番号は?」

「す、済みません……」


 ホント、何で聞いとかなかったんだ俺!


「何か水生さんの持っていたものとか、長く触れていたものとか、ありませんか?」


 そう言えば彼女は何も持っていなかった。

 携帯さえ無かったのかも知れない。


 長く触れていたといえば隠世の神社の拝殿の縁側とかだが、現世ではあの神社はないんだ。


「済みません――何も……」

「そうですか……。他に何か情報はありますか?」


「うーん……特に他には………いや、相馬吾朗ってやつと、こ、いや、友達です」

「その相馬吾朗さんには連絡付かないんですか?」


「実はそいつには会ったことも無いんです。だからどんなヤツかも知らなくて。ただ、俺にかなり似た感じらしいです」


 相馬吾朗が死んだといっても隠世の話しだ。

 現世に戻っていれば、荒渡大地さんみたいに見つかるはずだ。


 でも、どこかで見つからなければ良いと思っている自分が居る気がする。

 もう少し俺は善人だったはずなんだが……情けない。

 そんな腹黒い俺の心と対照的に、榊さんの笑顔は優しかった。


「分かりました。私で調べられることはやっておきますが、所長が帰ってきたら、ちゃんと相談してみますね」


「あの、俺、実は一浪中で働いてもないし、全然金ないんですけど」


「そうですね……じゃあ、ここでバイトして稼ぐって手もあるかも知れませんよ」


 何だって?

 いきなりそんな提案ってありなのか?


 この人マジで言ってるんだろうか?

 表情からするといたって真面目そうだが……でも……。


「いやー………それは……急に言われても………」


「それはそうですよね。でも犬養さん、探偵の素質、ありそうですよ」

「え、あ、俺がですか?」


 そう言われても俺自身ぴんとこない。

 俺のどこを見てそれを感じたのだろうか。

 あまりに地味なところとか?


「ええ、そう思いますよ。じゃあ、何か分かっても分からなくても、ご連絡しますね」

「あ、あの有り難うございます。でも、ほんと………」


「ちゃんと無料で出来る範囲で調べますから」

「分かりました。それじゃ、よろしくお願いします」


「はい、彼女さん、早く見つかるよう、当たってみますね」

「あ、はい、どうも……」


 彼女――なんだよな………たぶん。


「いろいろ聞いてくれて、有り難うございました」

「いいえ、ぜんぜん構わないですよ」


 榊さんは軽く会釈しながら微笑んだ。

 この笑顔も人を安心させる威力大なのだろう。


「お茶、ご馳走さまでした」


 俺は五次元研究所を後にした。

 しかし、こんなにベラベラしゃべって良かったんだろうか?


 でも、突然消えた様子を話しても平然としていた彼女の態度からして、この事務所相当変なのかも知れない。

 ……いや、変なものに慣れているだけか。


「アストランティア、美味しいクッキーも味わえて良かったね!」

(睦樹くん、この人、何なのかな?)

(うーん、異世界からの干渉者ってところかな)

「さて、睦樹くん、次は何をしようか?」

「あ、ええそうですね……一日商店会長を求めての探索……ですかね」

「それだな、がんばって!」

「はぁ……がんばりますけど……」


次回、11話は、令和7年3月16日公開予定!!

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