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8. 国津の男

― 前回のあらすじ ―


  中野ブロードウェイで一色あやのシークレット・ライブに感動した睦樹

  ライブ終了後、雑踏の中で夢の共鳴で見た国津神の第四使徒を見つける

荒渡(あらと)さん! 荒渡さんですよね?」


 人波の奔流に立つ(いわお)のように、男は振り返った。

 太い眉、彫りの深い造作、俺の記憶の中ではいつも優しく笑っていたその顔はしかし、どこか淋しげで、人を寄せ付けない固さを感じさせた。



挿絵(By みてみん)

        荒渡大地


「なんだい……君は?」


 ジロリと睨まれた。

 怯んで思わず固まってしまう。


 最初に親しみを感じたのは相馬吾朗の記憶由来であり、俺にとってはまるで見知らぬ人なわけだ。

 素に戻る感じで、でかくて厳つい男性に対しての恐怖心が湧いてきて、ちょっと心が折れそうになる。


 だけど、がんばらなくちゃだ!

 やっと国津神族の使徒に現世(うつしよ)で出会えたんだ。

 中野という場所がポイントになってくれてるのかもだけど、こんな偶然、万に一つもないはずだ。


 このチャンスを絶対に逃してちゃだめだ。

 少し微妙な間が空いてしまったが、俺は続きを切り出すことができた。


「お、俺は、犬養睦樹といいます。相馬吾朗の後を継いだんです。その、あれです、国津神族の使徒第三位を継承しました。荒渡さん、国津の四位の方ですよね? 俺、新宿の荒野で見た記憶があるんです」


 一気にまくし立ててしまった。分かってくれただろうか……。


「ふうん……国津神…か……」

「そうです、国津神族の使徒…です」


 妙によそよそしい感覚。

 俺の不安は続く言葉で裏書きされた。


「国津神の使徒とは変わってるね。使徒ってのはキリスト教の用語じゃないのかい? まあ、細かい教義は置いとこうか。

 さて……どっから俺の個人情報を抜いたかは知らんが、宗教の勧誘なら他を当たってくれ。そうじゃないなら、ちょっとばかり、その情報の出処に関して詳しい話を聞かせてもらおうか」


「え?」


 俺はどう答えたらいいか分からず、フリーズしてしまった。


「おい、どうした?」

「覚えてないん……ですか?」

「はぁ?」


 そこで俺は思い当たった。

 彼は中野の戦いで敗れたあと、行方が分からなくなっていた。

 ということは、隠世で死んで、大幅に記憶を失っているか……


(使徒では無くなっているかだね)

(うん……)


 隠世で死ぬことにより、魂の器が傷つき、隠世と使徒に関する記憶をすべて失くしてしまうことがある。

 使徒としての資格と力を失う、そうした残念なケースの可能性だ。


 荒渡さんはそれの可能性が出てきた。

 それでも本当に死んでしまったり、妄鬼になるよりはマシだという。


 しかし、今はどうする?

 どうしたら警戒を解いて貰えるだろう。


 ええい、思い出せるかどうか、試してみるか!


「あの、水生那美さんって覚えてないですか?」

「みなお……なみ?」


「美少女でしっかりものの女子高生」

「俺のことは、そのみなおって子から聞いたのかい?」

「そうです、そうです」


 そう、概ねその通りだ。彼女と出会うことにより夢の共鳴者として、そして相馬吾朗の分霊(わけみたま)としての自分を自覚したんだから。


「ちょっとウェービーヘアのロングで、色白で、めっちゃ美人で、責任感強い頑張りやさんで、身内に優しく敵には厳しい、ちょっとドジ属性ありの、まさに女神な水生那美さん!」


「う~ん……覚えてねえな」


 ダメか……。


「じゃあ、なんか夢の記憶でもいいですから、その、ここではない何処かにいる自分って思い出せません?」


「ハッハー、かつて光の戦士だった自分とかか? きっとガキの頃は誰もがそうだったかも知んねぇな。だが、もうそういうのは引退した」


 一瞬荒渡さんの目に、何か遠くを見るような表情がよぎった。

 その光の戦士とやらの記憶かも知れないが、もしかしたらそれが使徒の記憶とシンクロするかも知れない。


「お、俺は変な宗教とかゼンゼンやってないし、何かの勧誘とか、お金出してくれとか、一切ないですから……ただ、荒渡さんに思い出して欲しいだけなんです」

「う~~ん……」


 硬そうな髪をワシワシ掻きながら、荒渡さんは唸る。


「今すぐじゃなくてもいいです、なんか……気になる言葉とか、情景とか、浮かんだら……教えてほしいんですけど……」

「そうは言ってもなあ……」


「ほら、中野ブロードウェイとか、気になって来たんですよね? 地下一階とか、良く行きませんでしたか?」

「ああ……」


「今日はここにどうして来たんです?」

「まあ、散歩してたら、何か来ちまった……確かに……何か気になるよな」


「そう、そんな感じです」

「以前はこうじゃなかったような……違和感はある」


「何が違うんですか?」

「………クソ、思い出そうとするとガチで頭痛くなるな!」


「無理にしなくていいです、少しずつで、少しずつでいいから……」

「ああああーー、なんか、もやもやするぜ!」


 表情がヤバい。かなり苦しそうだ。

 いきなりじゃなく、じょじょに思い出してもらった方がいいかもだ。


「あの、携帯とか持ってます?」

「あるよ」


「TReEとかやってます?」

「やってるが……交換すっか?」

「ハイ、お願いします。何か思いついたら、メッセージください」


 どうやらいつの間にか、警戒を解いてくれたようだ。

 IDを交換し合ったあと、荒渡さんは手を振って去って行った。


 荒渡さんのIDは、[荒渡バキバキ]だった。

 変な名前だけどそれっぽい。


(もう少しだったね)

(ああ、でも、無理させちゃダメな気がする)


 俺からも時々メッセージを送って、それとなく記憶を刺激していこう。


 荒渡さんが思い出してくれれば、かなりの情報が得られるだろう。

 もし使徒として復活できるようなら、頼もしい戦力になる。


「さてと、世界改変を確かめに行くか……」


 ライブの興奮がまだ心身に燃え続けている感じがする。

 加えて思わぬ出会いもあり、上気した雰囲気のまま、散っていく人に紛れて中野ブロードウェイをそぞろ歩く。


 上手く行けば、一日商店会長をしている一色あやと遭遇して話せるかも知れない。

 そして[アイドルの求めるもの]が分るかもだ。


 空夜に会えれば、中野以外の隠世のゲート情報でも聞き出せたらラッキーだ。

 まあ、ぶっちゃけダニエルでもいいんだが……あいつに聞くのはなんか癪だ。



 俺は二階に上がると、商店街の変化に気がついた。

 明るさがまるで違うのだ。


 まず二階のあの霊の攻撃を受けた辺り、シャッターが降りて暗かった界隈が、すべて店が開いているのだ。

 二時間程度でそんな変化が現実に起きるはずがない。


 アストランティアを買った店員さんから、店を畳んだと俺は聞いていた。

 すると、あの悪霊の店長はどうなったんだろうか?


「確かこの辺だよな……」


(ここで合ってるよ)

(分かるのか)

(うん、何となく分かる)


(それにしてもアストランティア、なんで現世で話せるんだ?)

(それは、ボクが君のアニマだからだよ)


(その、アニマってのは何だっけ?)

(アニマは男性の無意識に存在する、女性人格のことだよ。ユングって人が言ってた)


 ユング、そういえば心理学者のユングの話は高校の倫理の授業でちらっとやったかもだ。

 担当の先生が、ユングが大好きで熱く語っていたのを思い出した。


(ってことは、俺は心の中で、自分自身と対話してるってこと?)

(有り体に言うとそういうこと)


(リアルでそれやるのって、頭おかしくなった人みたいじゃない?)

(どうだろう? ボクは他の例がどれだけあるか知らないから。ネットで調べてみたら?)


(そうだね)

(名前まであるケースは、少ないかもだけどね)


(そういや君はアストランティアだろ? でも俺のアニマでもある。ほんとはどっちなの?)

(ほんとはアニマだよ。アニマとアストランティアが似ていたんだと思うよ)


(ふーん、じゃあ、俺流アストランティアってことでいいか)

(うん、睦樹流アストランティアでオケだね)


 さて、改めて観察してみよう。

 悪霊のいた廊下の前の店は、トレーディングカードを扱う店と、ホビーショップだった。


 どちらも若い店員さんで、悪霊店長と体つきが違うから別人だろうと思う。

 あの店長がどちらかの店の支配人だったとしても、店が潰れてないんだから、きっと死んではいないだろう。


 つまりこれが、世界改変ということか。


(すごいね、良かったね、睦樹君)

(ああ、そうだな!)


 二階をざっと見て、次は三階だ。

 俺は階段を駆け上がった。


 世界改変が良い結果になり、達成感を感じてウキウキしてたのだろう。

 それを自分の中の他者でもあるアストランティアに見られているのが、急に恥ずかしくなった。


(だいじょぶ、恥ずかしくないよ)

(ううーん、念押されたみたいで、余計恥ずい)

(ごめんよぉ)


 常に彼女がいるのに慣れなくちゃだ。


 さて、三階もシャッターが降りた店が多かったのだけど、なんと半分以上の店がオープンしている。

 まだ全オープンにならないのは、狗神の八郎丸が言っていた、クラボッコが帰ってきていないからなのだろうか。


 三階をぐるっと見て廻り、商店街の活性化を確認したあと、俺は一番気になる場所に向かう覚悟を固めた。

 そう、四階の(おぞ)ましき狂信者たちの部屋だ。


 あの女性の生贄は無かったことになるだろうと、空夜は言ってくれた。

 でも、ほんとうのところ、どこまで改変されているのか、この目で確かめなくちゃいけない。


 駆け出したくなる衝動と、相反する抑制の圧力で、俺の足は重くなる。

 世界改変によって、良いことだけとは限らないとも思う。

 自重と警戒と、忌避とがないまぜになって、俺はゆっくりと階段を昇った。


 以前四階は、営業している店が、一軒も見当たらなかった。

 しかし、今は三階ほどではないけれど、ちらほらと開いている店の明かりが見えるようになっていた。


 そして俺は、あの酸鼻を極めた生贄儀式の部屋の前まで、迷うことなく辿り着いた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


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本作品への評価に直結し、未来へとつながります。

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 ※ ※ ※ ※


あの部屋はいったいどう変化したのか?


次回、9話は、令和7年3月2日公開予定!!


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