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7. シークレット・ライブ

― 前回のあらすじ ―


  睦樹と空夜が現世に去った後  

  屋上に残された隼は一人内省をしていたが

  トラップの茨に襲われ万事休すとなるが

  謎の袈裟を掛けた少女が訪れた


 高円寺の時もそうだったのだけど、ゲートの出入りのときは周囲の人々はこちらの存在が意識に入らないようだ。

 これだけ人が居ても、誰ひとり突然現れた俺を気にもかけなかった。

 このままずっと意識してくれないと、人生かなり楽できるんだが。


 地下街は一般のチェーン店とは違う独特のファストフード店が軒を連ね、他の階層とも雰囲気が異なる。

 地下街からは、階段で一階へと昇った。


 スマホをチェックすると十五時七分前、ぎりぎり間に合ったようだ。

 ブロードウェイの名の元になった一階のメインの通りは、すでに一色あやのファンと一般の買い物客で溢れかえっていた。


 道の左右の端にはロープが渡されて、一方通行で一般客が通るスペースが作られている。

 真ん中は、シークレット・ライブに訪れたファンで、ぎっしりと埋め尽くされていた。


 俺は人の波にもまれながら、何とか端っこの方にポジションを確保できた。

 すでに満員電車の中のようである。


 ライブの日時と場所を示す暗号は、けっこう難易度高かったはずだ。

 解いた人は教えちゃダメというルールが、どうせ破られているのだろう。


 一部吹き抜けになっている二階部分に渡り廊下があり、一階からも見えるのだが、そのひとつに特設ステージが作られている。

 でかいスピーカーや機材が設置されており、その間の狭いスペースで一色あやがどれだけパフォーマンスできるのか心配だ。

 もうひとつの離れた渡り廊下には、カメラとライトが設置されている。


 開演時間が少し遅れて、会場は期待感がいや増している。

 ブンブン振ったコーラの缶みたいに、テンション上がって内圧高い状態だ。

「あやー!」

「待ってるよ~!」

 といった声が上がると、同調するファンたちのざわめきで、ブロードウェイ全体が沸き立つ。


 そして遅れること十二分、大歓声がしたので、一色あやが舞台、二階の渡り廊下に現れたのが分かった。

 頭と頭の隙間から、黒い羽根をまとった姿がちらりと見えた。


「みんなお待たせ~~~~!!」

「「「わああああーーー!」」」


 弾けるようにファンたちが一気に沸騰する。

 その勢いに俺はちょっと引く。

 いや、俺じゃなくとも引くだろう、このいきなりの熱狂は。


「ちょっと邪教の館でアクシデントがあって遅くなっちゃいました、ごめんなさい!」

「ダイジョブあやちゃん!」

「ありがとー」


 そう答えて、今叫んだファンに手を振る。


「あやちゃーん!」

「は~い、お待たせです~!」

「待ってたよーー!」

「おまちどぉさま~」

「あやちゃんカワイイー!!」

「可愛いだけじゃないんだぞ!」


 会場がどっと笑いに包まれる。

 あやはひとしきりファンたちの声援に応えてた。

 アイドルという非日常の存在が、ちょっとだけ身近に感じられるひとときだ。


 渡り廊下の橋の前後に観客がいるので、後ろを向いてそちらのお客さんにも呼びかけている。


「今日は私も大好きなオタク・デビルズの聖地、中野ブロードウェイに集ってくれてありがとう! 今日はぷちライブと、そのあとブロードウェイ商店会、一日商店会長を務めさせていただきま~す。ブロードウェイを見てまわるので、握手とかもそのときにヨロシクゥ!」


「きゃーー!!」

「マジ~~??」

「「わああああーー!!」」


 会場がどよめいた。正直俺も驚いた。

 商店会会長の話はウェブでも載ってなかったサプライズだ。


 そうだ、その時にあの在りて在る者の言葉、[アイドルの求めているモノを知れ]を確認するチャンスが巡ってくるかも知れない。


 ラッキーなことに、一色あやの姿を見ただけで満足したのか、目の前のでっかいおっさんと、さらにその前にいたカップルが去って行った。

 ちゃっかり前に進んでその場所に入り込むと、少しばかりあやタソの姿が見えるようになった。

 有り難や有り難や。


 実物の一色あやはとても華奢な感じだった。

 そして何と顔が小さいことか。そのくせ目はかなり大きい。

 アイドルには珍しく、強めにマスカラを付け、アイシャドウを入れているから余計なのかも知れないが。


 手足の動きがやけに生めかしく感じた。

 ふつうに動きながらファンと話しているときも、まるで舞うようにしなやかなのだ。

 動きと共に黒羽のドレスが揺れて、まるで黒い天使のようにも見える。

 驚いたのは、止まったときまでどのポーズもしっかり決まっていて、隙がないことだ。


 まるで人間そっくりに作らえた、素晴らしい出来の美少女フィギュアのようだ。

 あ、それピクシーたちにも感じたことだった。


「じゃあ一曲目『悪魔にお願い』いきまーす」

「「「うわああああああーーー!」」」


 のっけから爆発的にノリノリだ。

 あのライブで良く見る光るスティック――サイリウムというらしい――それの紫色のやつをほぼ全員が手にしている。

 俺はキップル化した魔槍屠龍蜻蛉切でも出して振ろうかと思ったが、止めておいた。


 すると突然、隣に居たゴスロリ・ファッションでキメた少女が「どうぞ」と差し出してくれた。


「え?」

「持ってないんですよね? 使ってください。私、いっぱい用意してるんで」

「あ、ありがとう」

「真ん中でポキっと折るの」

「はい……あ、できた」


 ニッコリ笑う少女。

 俺は発光し始めたサイリウムを握りしめた。

 リアルの女子と話してしまった。コンビニ店員さん以外でどれくらい振りだろう。


 さらにお礼を言おうとしたら、ギターの音がスピーカーから鳴り響いた。

 隣の少女も、周りの皆も、リズムに合わせて揺れ動き出す。

 俺もそれに合わせてサイリウムを振る。


挿絵(By みてみん)



 ♪

  悪口言うヤツ

  マウント取るヤツ

  陰湿イジメも

  神様お願いヘルプ・ミー

  いつも叶わなかった

  救済は来なかった

  だから


 「(サカ)シマにイノリます」


  悪魔にお願い!

  悪魔にお願い!

  悪魔にお願いー!


  ボクはキミが怖いんだ

  ほら手足も震えちゃうんだよ

  キミの前だとフリーズして

  胸の鼓動がヒート・アップ

  この想い伝えられない

  想いのたけ伝えられたら

  キミはボクをどう見るのかな?


  ゴメンナサイなんて言われたら

  どこまでも落ちる自信アリだぜ

  闇落ちも悪くないよね

  そんなダサくないよねって

  でもワンチャン

  そうさボクにはこれがある


  世界の(ことわり)きゅっとねじ() Get(ゲッ) You(チュー)!!

  悪魔にお願い!

  悪魔にお願い!

  悪魔にお願い!


  ぶつかりオジサン

  割り込みオバサン

  セクハラセンセも

  神様お願いヘルプ・ミー

  いつも叶わなかった

  救済は来なかった

  だから


 「逆シマにイノリます」


  悪魔にお願い!

  悪魔にお願い!

  悪魔にお願いー!

  みんないっしょに

  悪魔にお願いっ!

 ♪


「ありがとうーー!」

「「「「うぉわあああああーーー!!!!!」」」」


 もちろん俺も知ってる神曲(かみきょく)『悪魔にお願い』からガツンと盛り上がった。

 そしてMC交えて続く三曲が、もうあっと言う間だった。


「すごい……」

「ね、ね、あや様すごいですよね!」

「うん、すごいよこれ」


「お兄さん初めてなんだ」

「うん、ライブってもの自体初めて」

「初めてがあや様なんて、とっても幸せ者ですよ!」

「お、応!」


 もちろんテレビやユーチューブで見たことは何度もあるけれど、モニターのこちら側とあちら側では、まるで世界が違った。

 波打つようにシンクロして、ファンのみなと盛り上がる一体感は、ちょっと怖いけど癖になりそうだ。


 改めて一色あやの人気の濃度というか、強みを感じた。

 そして生で観ることで、彼女の不思議な力にすっかり魅せられてしまった。


 静と動、明るさと暗さ、喜びと悲しみといった相反する魂が、彼女の内にあるのを感じる。

 それが歌い踊る彼女の中で、瞬間的に切り替わるのだ。

 彼女の本当はどこにあるんだろうかと、見ていて激しく心が揺さぶられる。

 俺が、皆んなが、伸ばした手の先で力強く跳ね上がる少女が、とても儚く壊れやすいものに思えて、それがまた愛おしさを呼び起こすのだ。


 さて、ステージはあっという間に、最後の曲の前のMCになっている。


「みんな今日はありがとう!

 あんど、これからも中野ブロードウェイで買い物しようぞーー!」

「「「おおおおお!!!」」」


「それじゃこの後買い物するのかーい!?」

「「「おおおおおーーーー!!!!」」」


「そっかー、ならばー、是非もなーし! 私もー、買い物しちゃうぞーー!!!」

「「「おおおおおおーーーーーー!!!」」」


 え? これは一色あやとファンが一緒に買い物するってことか?

 ならあの求めるものの質問をするチャンスが訪れるかも知れない。

 もしかすると、あやが買うモノがその答えなのかも……。


 イヤイヤイヤイヤ、これだけファンがごっちゃり居て、それは無理じゃなかろうか?

 店の側だって混乱してしまって収集つかないぞ。

 どうするつもりだ?


「じゃあ、最後いっくよー!!」

「「「うおおおおおおおおーーーーーー!!!」」」


 ♪

  いつも思ってる

  この世界(ダンジョン)の片隅で

  剣握りしめるように

  魔法唱えるように

  ボクにはできる

  ボクにはできる

  ボクにはできる

  ボクにはできる

  ボクにはできる

  ボクにはできる

  ボクにはきっとできるのさって

  キミが信じてくれた

  だからボクは……

  ……………………

 ♪


 俺にとっては蠱惑的(こわくてき)にも感じるダンスと、切ないヴォーカルが再び会場を魅了する。

 紫のサイリウムが、海の生物のように波に合わせて右に左にたゆたう。俺もそれに参加してその一部となる。


 それらはまるで、エーテル・パワーのうねりのようにも感じられた。

 うねりはあやを中心に、波のようにここまで打ち寄せてくる。俺もその熱気の中に呑まれていくのだった。


(ねえ、睦樹くん、すごい力が吸い上げられていくよ)

「うわ!」


 歓声にも消えないアストランティアの心の声が、突然やってくる。

 隣の女の子は、俺の声は気にしてないようだ。


(びっくりした?)

(びっくりするよ、アストランティア、なん……だって?)


(みんなのアストラル・パワーが吸われて、あの子を通してどっかに送られてく)

(ええ?)

(それに引っ張られて、エーテル・パワーまで)


 俺は周囲のファンたちを注視する。

 しかし誰一人倒れたり、具合が悪かったりするわけでもなく、その逆だ。

 隣の少女も歓喜の表情を浮かべて、楽しそうだ。


(でも、みんな元気だぞ?)

(うん、取られても取られても、沸いてくるから大丈夫みたい)


 ライブの興奮によって、パワーがガンガン生産されているのだろうか?


(なんで君がそんなこと分かるの?)

(なんでか分からないけど、何となく)


 ライブってのは、どれもそうなのかも知れない。

 でもそうじゃなくて、もしこれが特殊なことだとしたらどうだろう。

 魔術的な何らかの試みが、空夜によって行われているってことになるんじゃないのか?

 今度ヤドゥルかヴァレフォールにでも聞いて確かめてみなくちゃだ。


「みんなありがとーー!!!」


 あやが手を振って何度も投げキッス。

 橋の向こうにも、そして戻ってきて後ろのファンたちにも。

 そして最後の投げキッスは一階の端の方、俺のいる方に向けられた。


 その時、彼女の視線はしっかりと俺を捕らえた――ような気がした。

 マジか?

 少しの間だけど、俺をじっと見つめると、にっこりと笑い、そして可愛くウィンクして、ステージを後にした。


 イヤイヤイヤイヤ、冷静に考えよう。

 向こうとは距離があるのだから、俺のいる辺りに視線を送れば、全員が自分に向けられた視線だと感じるってことだろう。


 たとえ彼女が空夜から俺のことを聞いていたとしても、自慢じゃないがそれほど特徴のあるわけでもないこの俺を、この群衆の中から見出すのは至難というものだ。


「おい、あやタン、今オレ見てウィンクしてくれたぜ」

「アンタ馬鹿ー? あれはアタシを見てたの」


 ははは、やっぱりみんなそう思ってるんだ。


「あや様……こっち見てウィンクした!」


 隣の少女もだ。


「うん、そうだね」


「ヤバい、無理、死にそう……尊み深し!!」


 みんながそう思ってればイイんだ。

 それにやっぱり嬉しいし。こうしてみんな、ファンになっていくんだなと思う。


 しばらくひとりで悶えていたが、やがて少女は正気を取り戻した。


「また、ライブで会おうね、お兄さん」

「ああ、また会おう。今日はありがとう」


 手を振って別れる。

 見ず知らずの少女に親切にされた上、その奇妙な生態を観察できた。

 これは幸せな体験だった。惚れちまいそうだ。


(浮気者)

(そ、そんなんじゃないよ)


(それとね、あやさん、こっちをしっかり分かって見てたよ)

(そうかな?)

(間違いないよ)


 お前もかアストランティアとも思えたが、もしかしたらって俺も思った。

 まあ、それは思念として伝えるレベルには上げずに抑え、別の思いを伝えた。


(ならばよし……後でブロードウェイの巡回のときに話しかけるきっかけにできるぞ)

(ちゃんと出来るかな?)

(フッ、今までの俺じゃないところを見せてやるさ)

(そっか、楽しみにしてるよ!)


 通行制限のロープが撤去され、人の流れがカオスと化す。

 そこで見覚えのある人物が目に止まった。


 確かあれは、新宿の廃墟で見た国津神族の第四使徒だと思う。

 夢の記憶の印象よりやや存在感が薄い気がするが、あれだけの体躯と濃い顔はなかなかいない。名前は確か……


荒渡大地(あらとだいち)さんだよ)

(それだ!)


 俺は人混みから頭一つ抜き出た、その大男を追いかけた。

 やっと現世(うつしよ)で、国津神の手がかりが得られそうだ。

 その大きな背中に手が届きそうな距離まで近づくと、声をかけた。


次回、国津神第四位使徒、荒渡大地との邂逅!

果たしてどうなるか?


8話は、令和7年2月23日公開予定!!


 ※ ※ ※ ※


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