表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
216/244

6. 出花隼の想い

― 前回のあらすじ ―


  睦樹とヤドゥル、空夜、ダニエルは去り

  ヴァレフォールとカンビヨン、そして狗神も

  隼を残してエレベーターで降りて行った

  彼はひとり黄昏の空を見つめている

 当たり前にあった力が、ことごとく奪われてしまった今、出花隼は内省というものを久しぶりに行っていた。


 かつての彼はそればかりだった。


 後悔と反省ばかりの灰色に塗りつぶされた日々。

 自分を否定し、世界を否定し、だからこそ、これ以上誰かを傷つけたくないと、ずっと自分に閉じこもっていた。


 それがマダムに拾われて、彼女の力で解放されたのだった。


「お前の欲したことを成せばいいのよ」と言われた。

 嫌なことはぜず、自分の好きなことだけ、すればいいのだと……。


「じゃあ……学校の勉強……とかは?」


「嫌なら止めればいいわ。でもね、人と交わることで、お前は人を操ることを学んだ方が良いんじゃなくて? ぜったいその方がお前らしいわ。それの力を身につけるには、学校に行くべきね。

 どうせ学校に行くなら、クラスの凡俗の誰よりも、強く優れているところを見せつけなくちゃね。しかも圧倒的によ。勉強もスポーツも桁外れの実力を見せつけられたなら、もっと素敵じゃない?

 そのための手助けは、幾らでもしてあげるわ! いいわね?」


「僕が、誰よりも……強く……なれる?」

「そう、お前なら出来るわ、私が見込んだ男だもの」


 隼は、まずは個人レッスンで、基礎をみっちり仕込まれた。

 まるで遊ぶ余裕も無かった。


 好きなことしていいんじゃなかったのか、と文句を言いたかったが、成果がでてくると、勉強も訓練もだんだん楽しくなっていった。


 充分に鍛えられたところで、中学校に編入した。


 今まで知らなかった自分が、クラスの中に居た。


 陽気で人を楽しませ、魅了する、紅顔(こうがん)の美少年。

 勉強も運動も学年トップのスーパー出花隼の誕生だ。


 彼は意思が強く、人を動かす天性の個性も持っていた。

 ときに傲岸不遜(ごうがんふそん)なところもあるが、誰にでも優しく、特に弱い者の味方だった。


 隼はたちまちクラスのリーダーとして、教師にも一目置かれる存在となっていった。


 学校での地位を確かなものにすると、隼は今までの惨めな人生の穴埋めをするかのように、興味の赴くままに行動した。

 それがまた、皆を惹きつけた。


 さらにマダムの(もと)では魔術を学び、隠世(かくりよ)デビューを果たす。

 そこは力がすべての自由な世界であり、心踊らせる摩訶不思議な事象に満ちていた。


 隼は隠世の冒険に夢中になり、そして着実に力を身につけていった。

 マダムに褒められ、称賛され、全肯定され、本気で頑張れば何でも出来る万能感を覚えた。


 そしてたどり着いたのが、妹燕の復活計画だった。

 悪魔ヴァレフォールをシンとして与えられ、その助力もあって着実に成果を上げていったのだが……。


 それらをすべてぶち壊された。


 犬養睦樹……そいつは、まるで野心なんか無い、人畜無害のアホの振りをして、出花の前に現れた。

 しかし、裏では傍若無人に振る舞い、破壊の限りを尽くし、最後にはすべてを奪っていったのだった。


 出花隼は、犬養睦樹をどんなに憎んでも憎み足りないはずだ。

 しかし、今の彼の内奥からは、怨嗟(えんさ)の声ひとつ出てこない。


 深淵の天使アバドンがその身から抜け出たことで、強烈な欲望と燃えるような憎悪を支える何かが、一緒にごっそりと抜け落ちてしまったのだ。


 喪失感だけが彼の身を覆っていた。


 さらに追い打ちをかけるように、燕の復活自体が不可能――そんな現実の壁を、ヴァレフォール自身から突きつけられた。


 実はそれはマダムにも、最初から指摘されていたのだった。

 とはいえ、気の済むようにすれば良いと実験を認められた。


 出来るかも知れないということではなく、失敗しても得るものは大きいと、暗にそう語っていたのだろう。

 ただ、当時の隼は、燕を取り戻せるかも知れないという強い望みに(くら)み、そうしたマダムの意図を汲み取ることができなかった。


 しかし、もうひとつ方法があった。

 それはマダムが最初に示してくれた道――世界改変だ。


 力を増し、勝ち続け、多くの拠点を支配し、世界を変えていく。

 その先に燕が死ななかった世界線を手繰り寄せる。


 隼は必死で戦い勝利を重ね、遂には最初の拠点、中野を手に入れたのだった。

 それも、今回初めて喫した敗北で、極めて厳しい道のりなのだと思い知らされたのだった。


 自分は諦めるべきなのか……受け入れなくてはならないのだろうか。


 あの夜から四十九日目、燕が逢いに来てくれて、兄への愛と感謝の気持ちとともに、永遠の別離を伝えたことを……。


 思い出すと、いつも泣きそうになる。

 少年はこれまで何度も(こら)えてきたようにそれに耐えた。

 歯を食いしばり、フンッと腹に力を込めて、今回も乗り越えたのだった。


「そうだ、諦めるもんか………………」


 まだ欲望の力は枯渇しているものの、言葉に出すことによって自らを奮起させる。

 自分はこんなところで挫けたまま、終わったりしないのだ。

 やり直しのための時間は、あのクソダニエルが言っていたように、確かにまだまだある。


 ようやく立ち直りかけたその時、隼は嫌な予感がして飛び起きようとした。


 しかし、一瞬遅かった。

 何ものかに、それを阻害されたのだった。


 肩に、脚に、何かが絡みついて押さえつけられている。

 それが何なのか、すぐに思い当たった。


「くそ、ヴァレフォールのやつ!」


 対犬養睦樹用の罠として造られた動く茨、それが放置されていたモノだ。

 奥の庭からゆっくりと移動してきた罠が、このタイミングで発動するとは。


 隼はその責任を負うべき者に対し憤るも、為すすべがない。

 ヴァレフォールが隼のシンだったときは、味方認識して襲ってくることは無かったが、今は立場が違う。


 ホブゴブリンのセバスチャンも、ファントム・キャットのビネガー・トムも、すでに茨に絡み取られている。

 茨の攻撃で目を醒ましたものの、力不足で抵抗できないのだ。



挿絵(By みてみん)

  捕縛されるセバスチャン


 もがけば茨の棘で傷つけられる。

 小さな者たちの中にはEPを吸い取られ、消えていく者もでてきた。


 隼自身も有効な対抗手段を取れないまま、EPを吸われ始めた。

 慌てて装備を呼び寄せる。


 盾が装着され、チェーンソーを起動するが、すでに肩と二の腕を抑えられていて、思うように茨を切れない。


「こんなことで詰むのかよ!」


 せめてシンだけでも戻そうとする。


「戻れ、セバスチャン、ビネガートム、ジーク、タビー、エミリー、ベティー、ダイナー、フランク!」


 名を呼んで命じると、ホブゴブリンとファントム・キャット、そしてその他の名付けられた妖精たちが、アストラル光の残滓を残して常世に戻っていく。


 残された隼が独り奮闘するものの、緑光するチェーンソーの歯で切り裂く先から、どんどん茨は増え続け、彼に群がっていく。


「クソ、このバカ悪魔!! ヴァレフォール!! どこにいるんだ! お前が何とかしろ!!」


 命の危険に晒され、少しは怒りのパワーが戻ってきたようだ。


「ホブゴブリンのセバスチャン! もう一度来るんだ!」


 戒めを解かれたセバスチャンが現れた。

 しかし隼もEPパワーをごっそりと持っていかれる。

 これ以上の召喚は無理だ。


「セバスチャン! 茨を取ってくれ!」

「はい、ただいま!」


 茨を力任せに引きちぎろうとするが、さすが睦樹用に準備されたギミックである。そう簡単にいかない。


 それでも緩みが生じ、僅かだがチェーンソーが茨を切れるようになってきた。

 セバスチャンが戒めとなる茨を引っ張り続けているお陰で、二の腕と胸に絡む茨を切り捨て、腕が自由になる。


 次に首の茨に取り掛かる。

 上半身が自由になったが、セバスチャンの足は再び絡め取られ、すぐにそれは上へと伸びてくる。


「くそ、ダメか……」

「まだです!」

「いや、戻れ、セバスチャン!」


 再び独りだけで下半身の茨を切りまくるが、移動できない隼は圧倒的に不利だ。

 切っても切っても、襲いかかる茨はきりがない。


 さらにホブゴブリンを捉えていた茨に、一斉に背中から絡み取られて引き倒される。


「クソ、ダメか!」


 諦めかけたとき、カツッ、シャリン、カツッ、シャリン……と、妙な音が近づいてきた。


 カシャリン……音が止まり、隼は茨と茨の間から、その音の正体を覗き見た。

 それは仏教の法具である錫杖(しゃくじょう)だった。


 掲げて持つのは、ずいぶんと華奢な手である。

 それは僧侶の手ではなく、少女の細腕であった。


 豊かな胸が押し込まれたタンクトップにホットパンツ。

 その上から重ねたプロテクター。


 僧形とは縁遠い出で立ちだが、上から袈裟だけは掛けている。

 身長は隼より少し高いぐらいの小柄な身だ。


「哀れよのぅ……悪魔の使徒よ」


 と、年若い女の癖に古風な言い回しをする。


「何モン……だよ?」

「さあて、お主にとってわしが何者であるかを知るには、お主自身が何者かを分からんとな」


 おかっぱ頭の少女がニヤリと笑った。

 隼と同じ、可愛い系のファニーフェイスである。


 その笑みは菩薩のものなのか、はたまた夜叉のものなのか、隼には判別できるものではなかった。




次回、舞台は現世の中野ブロードウェイに戻ります。

いよいよ、一色あやのシークレットライブ!


7話は、令和7年2月16日公開予定!!


 ※ ※ ※ ※


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


どうぞ「小説家になろう」に会員登録し、ログイン後、ブックマークへの追加や、お気に入り登録、★での評価をよろしくお願いいたします。

本作品への評価に直結し、未来へとつながります。

SNSでのシェアなども、とても有り難いです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ