6. 出花隼の想い
― 前回のあらすじ ―
睦樹とヤドゥル、空夜、ダニエルは去り
ヴァレフォールとカンビヨン、そして狗神も
隼を残してエレベーターで降りて行った
彼はひとり黄昏の空を見つめている
当たり前にあった力が、ことごとく奪われてしまった今、出花隼は内省というものを久しぶりに行っていた。
かつての彼はそればかりだった。
後悔と反省ばかりの灰色に塗りつぶされた日々。
自分を否定し、世界を否定し、だからこそ、これ以上誰かを傷つけたくないと、ずっと自分に閉じこもっていた。
それがマダムに拾われて、彼女の力で解放されたのだった。
「お前の欲したことを成せばいいのよ」と言われた。
嫌なことはぜず、自分の好きなことだけ、すればいいのだと……。
「じゃあ……学校の勉強……とかは?」
「嫌なら止めればいいわ。でもね、人と交わることで、お前は人を操ることを学んだ方が良いんじゃなくて? ぜったいその方がお前らしいわ。それの力を身につけるには、学校に行くべきね。
どうせ学校に行くなら、クラスの凡俗の誰よりも、強く優れているところを見せつけなくちゃね。しかも圧倒的によ。勉強もスポーツも桁外れの実力を見せつけられたなら、もっと素敵じゃない?
そのための手助けは、幾らでもしてあげるわ! いいわね?」
「僕が、誰よりも……強く……なれる?」
「そう、お前なら出来るわ、私が見込んだ男だもの」
隼は、まずは個人レッスンで、基礎をみっちり仕込まれた。
まるで遊ぶ余裕も無かった。
好きなことしていいんじゃなかったのか、と文句を言いたかったが、成果がでてくると、勉強も訓練もだんだん楽しくなっていった。
充分に鍛えられたところで、中学校に編入した。
今まで知らなかった自分が、クラスの中に居た。
陽気で人を楽しませ、魅了する、紅顔の美少年。
勉強も運動も学年トップのスーパー出花隼の誕生だ。
彼は意思が強く、人を動かす天性の個性も持っていた。
ときに傲岸不遜なところもあるが、誰にでも優しく、特に弱い者の味方だった。
隼はたちまちクラスのリーダーとして、教師にも一目置かれる存在となっていった。
学校での地位を確かなものにすると、隼は今までの惨めな人生の穴埋めをするかのように、興味の赴くままに行動した。
それがまた、皆を惹きつけた。
さらにマダムの下では魔術を学び、隠世デビューを果たす。
そこは力がすべての自由な世界であり、心踊らせる摩訶不思議な事象に満ちていた。
隼は隠世の冒険に夢中になり、そして着実に力を身につけていった。
マダムに褒められ、称賛され、全肯定され、本気で頑張れば何でも出来る万能感を覚えた。
そしてたどり着いたのが、妹燕の復活計画だった。
悪魔ヴァレフォールをシンとして与えられ、その助力もあって着実に成果を上げていったのだが……。
それらをすべてぶち壊された。
犬養睦樹……そいつは、まるで野心なんか無い、人畜無害のアホの振りをして、出花の前に現れた。
しかし、裏では傍若無人に振る舞い、破壊の限りを尽くし、最後にはすべてを奪っていったのだった。
出花隼は、犬養睦樹をどんなに憎んでも憎み足りないはずだ。
しかし、今の彼の内奥からは、怨嗟の声ひとつ出てこない。
深淵の天使アバドンがその身から抜け出たことで、強烈な欲望と燃えるような憎悪を支える何かが、一緒にごっそりと抜け落ちてしまったのだ。
喪失感だけが彼の身を覆っていた。
さらに追い打ちをかけるように、燕の復活自体が不可能――そんな現実の壁を、ヴァレフォール自身から突きつけられた。
実はそれはマダムにも、最初から指摘されていたのだった。
とはいえ、気の済むようにすれば良いと実験を認められた。
出来るかも知れないということではなく、失敗しても得るものは大きいと、暗にそう語っていたのだろう。
ただ、当時の隼は、燕を取り戻せるかも知れないという強い望みに眩み、そうしたマダムの意図を汲み取ることができなかった。
しかし、もうひとつ方法があった。
それはマダムが最初に示してくれた道――世界改変だ。
力を増し、勝ち続け、多くの拠点を支配し、世界を変えていく。
その先に燕が死ななかった世界線を手繰り寄せる。
隼は必死で戦い勝利を重ね、遂には最初の拠点、中野を手に入れたのだった。
それも、今回初めて喫した敗北で、極めて厳しい道のりなのだと思い知らされたのだった。
自分は諦めるべきなのか……受け入れなくてはならないのだろうか。
あの夜から四十九日目、燕が逢いに来てくれて、兄への愛と感謝の気持ちとともに、永遠の別離を伝えたことを……。
思い出すと、いつも泣きそうになる。
少年はこれまで何度も堪えてきたようにそれに耐えた。
歯を食いしばり、フンッと腹に力を込めて、今回も乗り越えたのだった。
「そうだ、諦めるもんか………………」
まだ欲望の力は枯渇しているものの、言葉に出すことによって自らを奮起させる。
自分はこんなところで挫けたまま、終わったりしないのだ。
やり直しのための時間は、あのクソダニエルが言っていたように、確かにまだまだある。
ようやく立ち直りかけたその時、隼は嫌な予感がして飛び起きようとした。
しかし、一瞬遅かった。
何ものかに、それを阻害されたのだった。
肩に、脚に、何かが絡みついて押さえつけられている。
それが何なのか、すぐに思い当たった。
「くそ、ヴァレフォールのやつ!」
対犬養睦樹用の罠として造られた動く茨、それが放置されていたモノだ。
奥の庭からゆっくりと移動してきた罠が、このタイミングで発動するとは。
隼はその責任を負うべき者に対し憤るも、為すすべがない。
ヴァレフォールが隼のシンだったときは、味方認識して襲ってくることは無かったが、今は立場が違う。
ホブゴブリンのセバスチャンも、ファントム・キャットのビネガー・トムも、すでに茨に絡み取られている。
茨の攻撃で目を醒ましたものの、力不足で抵抗できないのだ。
捕縛されるセバスチャン
もがけば茨の棘で傷つけられる。
小さな者たちの中にはEPを吸い取られ、消えていく者もでてきた。
隼自身も有効な対抗手段を取れないまま、EPを吸われ始めた。
慌てて装備を呼び寄せる。
盾が装着され、チェーンソーを起動するが、すでに肩と二の腕を抑えられていて、思うように茨を切れない。
「こんなことで詰むのかよ!」
せめてシンだけでも戻そうとする。
「戻れ、セバスチャン、ビネガートム、ジーク、タビー、エミリー、ベティー、ダイナー、フランク!」
名を呼んで命じると、ホブゴブリンとファントム・キャット、そしてその他の名付けられた妖精たちが、アストラル光の残滓を残して常世に戻っていく。
残された隼が独り奮闘するものの、緑光するチェーンソーの歯で切り裂く先から、どんどん茨は増え続け、彼に群がっていく。
「クソ、このバカ悪魔!! ヴァレフォール!! どこにいるんだ! お前が何とかしろ!!」
命の危険に晒され、少しは怒りのパワーが戻ってきたようだ。
「ホブゴブリンのセバスチャン! もう一度来るんだ!」
戒めを解かれたセバスチャンが現れた。
しかし隼もEPパワーをごっそりと持っていかれる。
これ以上の召喚は無理だ。
「セバスチャン! 茨を取ってくれ!」
「はい、ただいま!」
茨を力任せに引きちぎろうとするが、さすが睦樹用に準備されたギミックである。そう簡単にいかない。
それでも緩みが生じ、僅かだがチェーンソーが茨を切れるようになってきた。
セバスチャンが戒めとなる茨を引っ張り続けているお陰で、二の腕と胸に絡む茨を切り捨て、腕が自由になる。
次に首の茨に取り掛かる。
上半身が自由になったが、セバスチャンの足は再び絡め取られ、すぐにそれは上へと伸びてくる。
「くそ、ダメか……」
「まだです!」
「いや、戻れ、セバスチャン!」
再び独りだけで下半身の茨を切りまくるが、移動できない隼は圧倒的に不利だ。
切っても切っても、襲いかかる茨はきりがない。
さらにホブゴブリンを捉えていた茨に、一斉に背中から絡み取られて引き倒される。
「クソ、ダメか!」
諦めかけたとき、カツッ、シャリン、カツッ、シャリン……と、妙な音が近づいてきた。
カシャリン……音が止まり、隼は茨と茨の間から、その音の正体を覗き見た。
それは仏教の法具である錫杖だった。
掲げて持つのは、ずいぶんと華奢な手である。
それは僧侶の手ではなく、少女の細腕であった。
豊かな胸が押し込まれたタンクトップにホットパンツ。
その上から重ねたプロテクター。
僧形とは縁遠い出で立ちだが、上から袈裟だけは掛けている。
身長は隼より少し高いぐらいの小柄な身だ。
「哀れよのぅ……悪魔の使徒よ」
と、年若い女の癖に古風な言い回しをする。
「何モン……だよ?」
「さあて、お主にとってわしが何者であるかを知るには、お主自身が何者かを分からんとな」
おかっぱ頭の少女がニヤリと笑った。
隼と同じ、可愛い系のファニーフェイスである。
その笑みは菩薩のものなのか、はたまた夜叉のものなのか、隼には判別できるものではなかった。
次回、舞台は現世の中野ブロードウェイに戻ります。
いよいよ、一色あやのシークレットライブ!
7話は、令和7年2月16日公開予定!!
※ ※ ※ ※
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
どうぞ「小説家になろう」に会員登録し、ログイン後、ブックマークへの追加や、お気に入り登録、★での評価をよろしくお願いいたします。
本作品への評価に直結し、未来へとつながります。
SNSでのシェアなども、とても有り難いです。




