3. 戦い終わって……
― 前回のあらすじ ―
仙族の第一使徒の座は高鉄人に禅譲された
新宿隠世歌舞伎城に作られた桃源郷に幽閉されたのは
失脚した王義明と、その庇護下にあった劉蘭花、そして王の娘婿の李紹安
内乱の結果が現世にどう影響したのかは、この時空線からは観測できない
さて、シーンは元に戻る……
中野ブロードウェイ隠世の屋上、黄昏空の空中庭園は荒れ放題だった。
森の木々がなぎ倒され、あるいは引き抜かれ、投げ棄てられて無惨なありさまだ。
低木の植え込みも至るところでへし折られたり、あるいは大蝗に喰われてボロボロになっていた。
ライトアップされ美しかった泉や小川には、たくさんの木の葉、小枝、根の切れ端などが溜まっている。
庭のあちらこちらには、可愛いドレスを着たカンビヨンたちが、しどけなく横たわっていた。
不気味なアバドン蝗の無数の死骸は、すでに蒸散して跡形もないのがせめてもの救いだった。
芝生が剥がれたりして荒れまくった庭園の一角には、使徒とシンたちが集まっていた。
犬養睦樹にダニエル張、一色空夜、そして全裸で三角座りをする出花隼。
彼らの使徒、ピクシーたちやベトベトーズ、巨大蟇蛙のペア、狩衣の狗神、毛むくじゃらのエルダー・ブラウニー、猿顔のアーク・インプに、黒犬のバーゲスト、さらに二体のカース・バットたちもフラフラと戻ってきた。
そしてカンビヨンと同じドレスの悪魔ヴァレフォールに、水旱姿のヤドゥルが冷ややかな視線を浴びせている。
オイリー・ジェリーとスネコスリは召喚されていないので、その姿は見えない。
出花のシン、ファントム・キャットとホブゴブリンは眠らされた上に蔦のようなもので縛られていた。
犬養睦樹は回復薬を取り出すと、一気に飲み干して「ふぅ」と一息吐いた。
※ ※ ※ ※ ※
「飲むか?」
俺は出花隼に回復薬を差し出すが、スルーされた。
裸のまま体育座りをして、放心状態の様子。
その頭にぶっかけてやっても回復するし、目も覚めるかもだけど、さらに俺のヴィラン属性が高まりそうなのでやめておく。
「ヴァレフォール、出花の服って何か代えが無いのかい?」
「いくらでも持ってこれるよ~」
「じゃあ、一式頼めるかな?」
「はい、お任せあれ、マスター!」
「ダニエル、出花のやつ、どうにかならないのかな?」
「時間という優しい魔法にでも、かかるしかないんちゃうか~? 知らんけど」
他人事すぎるぞ、ダニエル。嫌っていたとはいえ、同じ神族だろう。
「時間があれば、僕がケアしてもいいんだが……残念ながら今は難しい」
一色空夜が、無表情に告げる。
使徒の心のケアも、調停者の仕事の範疇というわけなのだろうか。
しかし、それより優先することがあるらしい。
「お待たせしました、マスター」
すると、少女の姿をした悪魔は、どこに取りに行くでもなく、手品のようにいきなり衣服を手にしていた。
手といっても見えざる手なのだが。……俺には半透明で見えるんだけど。
「俺が言っても無視されると思うから、ヴァレフォール、着せてやってくれないか?」
「はい、マスター」
ヴァレフォールは出花のところに行くと、しゃがんでその目線を彼に合わせ、じっと見つめてから話しかけた。
「はい、お兄ちゃん、ちゃんと服着ようね」
「!? 燕?」
出花の顔に表情が戻る。
「アタシはもう燕じゃないけど、アナタは燕のお兄ちゃんでしょ?」
「あ……」
「さあ、しゃんとして。服を着るんだよ」
狡猾に妹の振りをしたように思えるが、まずは出花の気を惹き、意識を目覚めさせてからちゃんと現実に向き合うように突き放す。
けっこうヴァレフォールは細やかな気遣いができる、優しい悪魔なのかも知れない。
出花は立ち上がると、ノロノロと下着を身につけた。
そして、靴下、シャツ、ズボンと、ヴァレフォールが差し出すまま身に着けていく。
靴を履いて、最後にキャップを被った。
うむ、見た目は出花隼っぽくなったが、相変わらず表情は冴えない。
「あの洋服一式はどうやって出したんだ?」
「アタシの権能[怪盗]を使ったんだよ」
「え? もしかして盗んできたのか? どっから?」
「いろいろなお店から、アタシがちゃ~んとセレクトして持ってきたんだよ、フッフーン!」
そうか、ヴァレフォールは盗賊の悪魔だった。
「店って、もしかして現世の中野ブロードウェイの店のこと?」
「そう、凄いでしょ? どんなに厳重に警備してても、見えない手でもって隠世からモノを盗めるんだもん。い~っぱい褒めてくれてもいいんだぞ!」
やれやれ……ここがブロードウェイならぬシャッターウェイになったのは、こいつのせいだったのか!
「ああ、確かにもの凄い権能だな。[怪盗]があれば、欲しいもの、何でもかんでも手に入るじゃないか!」
「フッフーン!」
たいしたドヤ顔だ。
それに見た目だけは可愛いときている。
しかし、こいつを甘やかしちゃダメだ。
「でも、もうここでの盗み禁止な!」
「えええええ~~~!!! ナンで、ドーして? 意味わからナイし!」
「お前がこんな風に盗みまくったせいで、現世じゃ店が潰れまくってるぞ」
「それ、違うの! 誤解だから! アタシはそんな盗んじゃないってば。だいたい隼お兄ちゃんが~、欲しいって言ったものしか、盗らなかったんだから!」
「じゃあどうして、万引きがいっぱい発生してるんだ?」
「それは、偉大なる地獄の公爵様たるアタシの影響力のせいなんだな!」
「どんな影響だい?」
「人間どもが、盗みを励むのが楽しくてたまらなくなるのさー! フッフーン!」
こいつはダメな悪魔だ!
でも、人を殺したくなったりする悪魔よりマシなのか!
まあ、そんなのがいるとしてだが……いや、いそうだよな、そんなヤバい悪魔も。
(きっといると思う)
と、アストランティアも同意。
「こんな悪魔、魔界に追放するのですん」
「アンタみたいな木偶より役に立つんだから!」
「主さま、この悪魔は速やかに殺すのですん」
「ヤドゥル、仲間は殺さない」
「仲間じゃないですの」
「なかなかの影響力だなヴァレフォール。だけど、その力を抑えることはできないのかい?」
「アタシがロードである以上、不可能ね!」
なせそこでドヤ顔?
「それは良かった」
「でしょ?」
「悪魔ヴァレフォール、お前を中野のロードから解任する」
「ええええ~~!!! 何でだよ~~~!!」
「この話の流れから分からないのかよ! お前のお陰で、現世の中野ブロードウェイは潰れそうなんだぞ!」
「富の再分配を、ちょっぴりお手伝いしているだけなのにぃ!」
「もっと貧富の差が理不尽なレベルの国でやれ!」
「では、中野のロードは誰にするんだ?」
超美形の首をちょっとだけ傾けて、一色空夜が尋ねる。顔ちっさ。
「もう最初から決めてある」
「まあ、そうやろな」
「狗神の八郎丸がここのロードに返り咲く」
「嗚呼我らが主よ、なんと有難きことナリや。この狗神八郎丸、謹んで拝命いたすナリ! この八郎丸身命を賭して中野を守り抜く覚悟ナリ」
「チェーッ!」
「ええ~、お姉さまじゃないの~?」
ヴァレフォールがふてくされ、コロンバインが小さなほっぺたを膨らませ、パチパチパチと、ヤドゥルが拍手をしている。
ダニエルもそれに合わせて手を叩いた。
「ええやないの、おめでとうなー、ムッキーにハッちゃん」
垂れた頭を上げた八郎丸が、スーンとしているので、ハッちゃんが自分のことだと分かってないとみた。
「ところで隼ちゃん、次はワイを殺すんじゃなかったんかい?」
ピクリと出花の眉が動く。
「いや……いい」
「べらぼーに面白みがなくなっちゃたのよさ」
ブルーベルがからかい気味に出花の周りを飛んでいるが、もしかして心配してるのかも知れない。
「カンビヨンたちは、どうなるんだ? まだ出花の妹のフリをし続けるのかい?」
「あー、あの子たちは、アタシの眷属として作られたから、もう隼ちゃんのものじゃないんだよね。でも、超常の者じゃないのでマスターのシンでもなく、変わらずにあたしのモノなわけ」
「超常の者じゃなければ何なんだ?」
「造られた隠世人ってとこかな」
「常世には還れないってことだな」
「そう、彼女たちが常世に還るのは、死んだときだね。そのあと何らかの方法で再びこっちに来ても、肉体は滅んでるから、あの姿で復活できるわけじゃないんだ」
「じゃあ、今EP限界まで失ってるから、回復してやらないと死んじゃうじゃないか!」
「うーん、今はこれ以上ダメージ受けないからしばらく大丈夫だけど、回復はさせないとね」
「ベトベトさんたち、急いでカンビヨンを集めてきてくれ! スネコスリ、ここに来てくれ!」
たちまちアストラルの光と共に、スネコスリが足元に現れる。
「スリリー」
「ワイも手伝うたるで、カンビヨン担いでくりゃええんやな?」
「ああ、頼むよダニエル」
俺もカンビヨンを集めて回る。
そしてまとめてスネコスリの[ミナイブキ]で回復させることができた。
同じ顔をした少女たちが、ずらりと並んで立ち上がった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
※ ※ ※ ※
復活したカンビヨンたち
出花隼はどう反応するのか?
4話は、令和7年1月26日公開予定!!




