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2. 桃源郷

― 前回のあらすじ ―


  時は遡り、場所は新宿隠世歌舞伎城

  バスを降りて相馬吾朗らと別れた王義明と劉蘭花の物語

  青いドレスの女に案内さた建物の奥のゴージャスな一室にて

  無礼な白スーツの高鉄人に、蘭花が鉄槌を下す!


 双錘(そうつい)が左右から高に迫る。

 雷電をまとった二本の棍棒はしかし、その鼻先を掠めるに留まった。


 老師の杖の握りの出っ張りが、蘭花の背中のアーマーの縁を引っ掛けていた。

 それが凄まじい力で、少女の暴走を引き止めた。


 それでもバチバチとはぜる電光が、男の顔を焼くには充分だった。

 綺麗にセットされた頭髪の前半分を、一瞬にしてチリチリにするのにも。


「ぐわあああああ~~~~!」


「止めるんじゃ、蘭花」

「離せデス、クソ爺ぃ!」


「わしらが抵抗しても無駄じゃ」


「クソ、この小娘!! ぶっ殺してやる!」


「ならば、わしが全力で相手をするが、それでもいいのか? 何人かは道連れには出来るぞ? 特にお前は必ずな!」


「ク……」


 隠世で死んでも完全に命までは取られないが、魂の器が傷ついて、一部記憶を失ってしまうデス・ペナルティーが生じる。

 その傷が蓄積すれば、使徒の記憶をすべて忘れ、二度と隠世に来られなくなるのだ。

 多くの使徒のリタイアは、このケースである。


 この記憶消失という個人の存在喪失が、他の使徒の記憶にも影響を与え、かつていた使徒のことを忘れてしまう者もでてくる。


 稀にだが、魂の器が完全に壊れてしまうと、世界が書き換わり、その者は最初から存在しなかったことになる。

 完全に存在の痕跡も失われてしまい、誰の記憶にも残らなくなるのだ。

 ただ魂の結びつきの強かった者だけが、その存在の記憶を心の奥につなぎとめることがあるとされる。


 また、妄執が強い魂は、自らの記憶、存在が消えるのを拒絶し、運命に激しく抗い、その結果妄鬼として覚醒することがある。

 妄鬼は恐るべき力を身につけ、目に映るあらゆる者を殺戮しようとするのだ。


 こうなると、使徒たちは一時休戦協定を結び、共同でこの妄鬼と戦うべく力を合わせるしかない。

 そこまでしないと、妄鬼を倒すことはできない。


 このように様々なリスクが伴うため、使徒たちは隠世でもできるだけ死なないように心がける。

 それに死の苦しみもまた、忌避されるに充分な理由だ。


「わたくしたちは、戦いを望んでおりませんわ」


 ドレスの女――何清月(ホーチンユエ)が黒服の列を割って前に出てきた。


「蘭花も大人しくするのじゃ」

「老師ざまぁ……」

「わしのために怒ってくれて、ありがとう蘭花よ。じゃが、もうよい。良いのじゃ」


「蘭花は、悔しい…デス……」

「その気持を大切に胸に秘めておくのじゃ」

「ハイ……」


「さて、わしは引退すればよいのかの?」

「いえいえ、とんでもございませんわ。老師様のお力を失うのは、我ら仙族としては大きな痛手ですのよ」


「また都合の良いことを……」

「老師様には、第一使徒の位を、私に禅譲していただければ良いだけで……」


「我が国の歴史では、禅譲した者は必ず後に暗殺されておるがな」

「断じてそのようなことは、いたしません……ハイ」


「ただし、しばらくは表に出ないでいただきたいのです。内外に高鉄人(ガオティエレン)が第一使徒と周知されるまでは」

「そういうことか。好きにするがいい……」


「ではまず、仙界の印璽(いんじ)を譲り受けたいと思います」

「良かろう……」


 すると、バレーボールくらいの大きさの灰色の(もや)の塊が現れた。

 老師はそこに手を突っ込むと、中から美しい小箱を取り出した。

 高は恭しくそれを受け取ると、蓋を開けた。


「これが印璽……歴史の重みを感じます……ハイ」

「では、老師様、そして蘭花さん、こちらにおいで下さいませ」


 二人は何清月(ホーチンユエ)に案内され、さらに廊下を奥に行く。

 突き当りの重厚な木の扉を何が開けると、促されてその先へと進んだ。


「わあ~、ナニこれデスか~~~! 超絶すんごいのデスよ、老師さま~!」


 そこには驚くべき空間が広がっていた。

 建物の中だというのに、広大な中華風庭園となっていたのだ。


 大木の柳が風に揺れ、物憂げに水面に影を落としている。

 その大きな池には離れ小島があり、さらに向こうの木々の深い緑の上に、聳え立つ塔の赤い屋根と白壁が覗いている。


「デッカイ魚いるのデス! これガチ美味そなやつ?? 何デス? この花デカ~いキレ~い! 蝶々~どこいく!! わお、木に甘そうな実がたわわってるよ! いいかおり~~……ろーしさま~」


 蘭花は、ピョンピョン跳ねながら、庭園の奥へと消えていった。


「お二人にはしばらくここで過ごしていただきます。必要なものはすべて召使の隠世人に命じて頂ければ用意させます。ここを出る自由以外は、何でもお申し付けください」


 何清月が深くお辞儀をして後ろに下がるのと入れ違いに、二人の小柄で(ふく)よかだけどエルフっぽい少女が現れた。

 だぼっとした古風な漢服を着て、両手を合わせて持ち上げ、揃って古めかしい礼をした。


「それと、老師のお身内の裏切り者も、ご一緒にお願いいたしますです……ハイ」


 手首を木で出来た戒めで拘束された男性が、編笠を被った背が高く痩身の不気味な雰囲気の超常の者に連れて来られた。

 身なりの良い服装をした中年男性だが、すっかり憔悴しきった様子だ。


嗚呼(ああ)義父(おとう)さん、嗚呼、何と言ってお詫びしたら良いやら……」

李紹安(リーシャオアン)か、お前がわしを裏切るとなれば、よほどの事じゃろうとは思ったさ」


「はい、言い訳などお耳汚しになるだけですが、どうかお許しください。娘を、義父さんの孫娘佳琳(ジャリン)を人質に取られ、義父さんの行動を逐一こいつらに知らせていました。こんなことになるなんて、どうか吾が一命をもって償わせてください」


「では、その望みを叶えようではないか」

「なに、待て高!」


 李の後ろに立っていた超常の者が軽く腕を振ると、その首が吹き飛んだ。


「彼もこれで気が済んだでしょう」

高鉄人(ガオティエレン)、これが貴様のやり方か!」


「ハイ、信賞必罰は、しかと老師のやり方を踏襲いたします。しかし、ここ桃源郷の(ことわり)は、ふつうの隠世とは異なるのですよ。彼の存在は、現世に戻らないのです……ハイ」


 男の胴体の千切られた頸部は少しずつエーテル残滓を発していたが、それ以外での変化は無かった。

 無惨にもがれた頭部だけが、エーテルの光となって消えていった。


 しかし、その光体は、すぐに胴体の頸部に集まってゆき、再び首を形作っていく。

 見る間に新たな顎が、口が、目鼻や頭が形成されてゆき、しっかりと体にくっついて再生された。


「どうです、素晴らしい魔道技術ではありませんか、老師様! アース神族のワルハラを参考に形成したものです。さあ、李紹安が隠世で蘇りますよ」


 生き返った男は、頭を抱えながらゆらゆらと起き上がった。だいぶ気分が優れないようで、顔色も真っ青だ。それはそうだろう、先ほどまでその顔は無かったのだから。


「うぐ……私は……死んだのか……」


「その通りです。貴方はその一命で贖うことで、裏切りの罪を許されました」

「いや、おかしいぞ? 私はまだここにいるんだが……」


「この桃源郷は、不死の世界なのです……ハイ。ここで死んでも、現世には戻らず、ここで蘇るのですよ」


「つまり、ここからは出られないというわけじゃな」

「さすがは老師様、ご理解が早いですわ」


「というわけで、しばらくはこの桃源郷で何不自由ない生活をお楽しみください。では、我らはこれにて失礼します」


 そう言い残すと、高と何はさきほど入ってきた重厚な木の扉、庭園の何もない場所に不自然に置かれたそれを開けて、去って行った。


 唯一の出入り口であった扉が閉じられると、それは魔法のように掻き消えてしまった。


 処刑人の超常の者は残され、じっと動かずに佇んでいる。

 召使いとされる隠世人の少女たちの一人が蘭花を追い、もう一人は老師の側に控えていた。


「さて、茶でも一服もらおうかの」

「では、どうぞこちらへおいでくださいませ、老師様」


「何をしておる。お前も来い」

「は、はい……」


「それと蘭花もあとで呼んできてくれ。甘い茶菓子を用意してな」

「承知しました」


 隠世人の少女は二人を中華風ガゼボに案内し、茶の支度をするために厨房に向かった。


挿絵(By みてみん)


AI生成による、歌舞伎城桃源郷風景


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歌舞伎城の桃源郷に閉じ込められた三人

王から高への禅譲、これが世界にどう影響を与えたのかは不明だ


第16章からは、週一更新、毎週日曜日一話ずつ公開のペースになります!

3話は、令和7年1月19日公開予定!!


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