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1. 仙族の事情

― 前回のあらすじ ―


  中野ブロードウェイ隠世のルーラーを懸けた戦いで

  見事出花隼を破った犬養睦樹は

  勝者の権利として、悪魔ヴァレフォールを奪った

 時は少しばかり遡る。


 新宿隠世、歌舞伎城の北門近く、国津神第三位使徒の相馬吾朗とヤドゥルがバスから降りたあとの話だ。


 (こうべ)を垂れる黒服にサングラスの人間がずらりと並んで作った道を、賢者の風格を持つ初老の男と、ハイティーンの愛くるしい少女が、祖父と孫娘のようにして仲良く手と手をつなぎ、引きつ引かれつ歩いていく。


 男の名は王義明(ワンイーミン)、仙族を束ねる第一位の強者である。旅装の青灰色(ブルーグレー)のマントと帽子を黒服に預けると、現代風にアレンジした漢服を粋に着こなす長身の姿が現れた。


 長く豊かな白髪をなびかせ、鋭い感じの鋭角なサングラスをかけている。

 魔法使いの長い杖を突きながら歩くものの、背筋もシャンと伸び、しっかりとした足取りだ。


 隣の少女の名は劉蘭花(リュウランファ)十七歳。

 同じく仙族の使徒だが、実力はあるものの理由(わけ)あって位階は十三以下の外位(アウター)である。


 髪の毛を二つの可愛いお団子にまとめて頭に載せている。

 その髪のリボンが、覚束ない足取りに合わせてひらひらと揺れる。


「老師ざまぁ~~……!」


 引きずられるようにして手を引かれるランファであった。

 いつもは好奇心に輝くパッチリした大きな瞳、口角の上がった可愛い唇が、今は不安に歪み、そして涙ぐんでいる。


 というのも、これからしっかり「お仕置き」するなどと、老師に脅かされているからだ。

 原因はバスでの大はしゃぎや、先ほどの老師を侮った発言、他にも思い当たることが多すぎて、彼女の脳内をぐるぐる廻ってる。


 行動も顔立ちも無邪気でガキっぽい彼女だが、豊かな胸や細い腰とヒップラインが、子供と大人の狭間にあるアンバランスさを感じさせる。

 その肉体を守る、金の伝統文様が入った黄緑色系の美しいプロテクターは、ミニスカにへそ出しルックと肌の露出部分が多い。


 本人には扇情的な意図はなく、単にエロカワイイと思って身につけている。

 エロが言葉に含まれるわけだから、これはセクシーなものだろうという考えには至らない。

 ルーズソックスのようなブーツもまた可愛く、彼女にとっては同じカテゴリーに放り込まれている。


 ぱっと見防御力が心配になる装備だが、案ずるなかれ。

 エーテル・ウェアには、目に見えない部分も、魔法障壁で覆ってくれるものがある。

 これもその(たぐい)なのだ。


 双錘(そうつい)という、先が一見ランタンのようにも見える変わった形状の二本の棍棒を、腰にあい違いに挿して装備している。

 これを両手にそれぞれ持ち、舞うようにして戦うのが彼女の武闘スタイルである。


 黒服の道の途切れる処に、青いイブニングドレスの似合う女が立っていた。

 長い髪を下ろした細面の美女で、大仰な飾りの付いた扇をあおぐでもなく片手に待っている。


「お待ちしておりましたわ、老師様、そして蘭花さん。どうぞこちらへご案内致しますわ」

「わしらが来ることは、誰にも告げなかったはず。なぜこのような出迎えが待っているのじゃ?」


「それはそれ、天命のお導きのままでございますわ」

「フン、そんな都合の良い天命なぞ、わしは知らんわ」


 アストラル灯火に彩られた巨大な建造物のひとつ、その裏口の扉が開かれる。


(蘭花、わしから離れるでないぞ)

(ろ、老師さま、これはいったい何の歓迎デスの……?)


「わしのお仕置きの方がずっとマシだったと思えるような、手の込んだ歓迎となるやも知れぬな」

「ひぃいい……」


 ドレスの女が先導し、黒服たちが背後からぞろぞろとついてくる。

 蘭花を連れて逃げるチャンスは、相馬たちと別れた後の一瞬しか無かった。

 それを今更悔いてももう遅い。


 しかしどうしてこうなったのか、それを知るのは重要である。

 老師はこれまでの経緯を回想してみる。


 池袋隠世で、使い魔の金童子が蘭花に指示を伝えるのを、誰かが聞いていたのかも知れない。

 しかし彼女には、バスに乗り歌舞伎城に行き、さらなる指示を待てとしか伝えていないのだ。

 自分が変装し、新宿行きのバスに途中から乗り込んだことまでは判るまい。


 そうなると、誰かにずっと自分が尾行されていたとしか思えない。

 そんな気取られない隠形が出来る身近な者といえば、限られてくる。


(つまりわしは、義理の息子に裏切られたということか)


 お告げにより、途中で相馬吾朗が同乗する可能性が高いのは判っていた。

 蘭花は吾朗に好意を持っているので、間違いなく接触するだろうということは、考えれば判ることだ。


 蘭花をダシにして、相馬から情報を聞き出そうとしたが、これは始めから期待してはいなかった。

 しかし、バスの中での蘭花との会話、そして先の自分との会話から、隠している何かがあるというのは、容易に推察できた。


 彼はこのあと秘密と危険とを抱えて、何者かに会うというのを確信できたのだ。

 後は彼の危機に際し、駆けつければ良かった。


 隠形した水童子、火童子に、相馬の後を追わせた。

 しかし、二童子は先ほど何者かに消されてしまったのだった。

 恐らく助けを求めるための使い魔と思われたのだろう。


 我らが巫女(クマリ)様の語るところが真なれば、相馬吾朗を襲う危機によって彼が失われるようなことがあれば、隠世を激しく揺るがし、現世をも混乱に陥れる浩劫(ハオジエ)――大災害を招くことになるという。


 肝心なときに、自分は拘束されるという体たらくだ。

 それを未然に防ぐ手立ては、もはや失われたというのか。

 これぞまさに天命なのかも知れない。


 一行は、巨大な何かの生命体の内蔵のように、入り組んだ通路の先にある赤い扉を開け、中に入っていった。


 ※   ※   ※   ※   ※


 円形の飾り窓が(しつら)えられた白い壁、コントラストになる朱色の柱が印象的に映える。

 床は灰色の大理石という豪華な広い部屋だ。


 高級そうな革張りの黒いソファには、偉大なる道士と、可愛らしい少女戦士とが、仲良く並んで座っていた。

 沈んだ赤い塗りのテーブルには、飲み物とつまみが置かれているが、いずれも手を付けられていない。


 その周囲を、サングラスに黒服で統一された使徒たちが、立ったまま取り囲むようにして並んでいる。


 彼らとソファの二人の間には、対照的に真っ白なスーツを着こなした伊達男が、ダイヤモンドの握りの付いた大きなステッキを、これ見よがしに振り回し、先ほどから長口舌を振るっていた。

 それらの背後には、青いドレスの女が控えている。


「老師(ワン)様、まだお判りいただけませんかね? 貴方の求める中道というものは、結局のところ敗北主義に陥るのですよ、ハイ。 出血するのを怖れて戦いを選ばず、友好を装っても弱腰に見られ、却って付け込まれるというものです」


 男の名は高鉄人(ガオティエレン)。新参ながら、またたく間に仙族第二使徒に成り上がった実力者である。


 仙族内で使徒の組織改革を断行し、派閥の解体と統合を行った。

 そして人材を適材適所に配置し、派閥によらない戦闘チームを編成した結果、悪魔族との歌舞伎城を巡る戦いに勝利をもたらした立役者であった。


 王老師はその手腕を買って改革を後押しした。

 老師の後ろ盾が無ければ、このような改革は不可能だったろう。

 しかし、老師自身はその独善的態度を嫌っていた。


 ちなみにダニエル張は、この強引な改革と高の性格を嫌って出奔した一人である。


 王老師は、まさにたった今彼に指摘された「弱腰に見られ、付け込まれる」を、その本人に行って、この事態を招いたのだと自嘲していた。


「どの神族とも仲良くお手々繋いで共存共栄など、夢のまた夢。お花畑で幻と遊ぶ乙女でもない限り、見ることもできぬ儚い幻想に過ぎないのです、ハイ」


 あまり反論はしたくなかったが、極論に過ぎて周囲にも、特に蘭花にも悪影響を与えかねないので、老師は自らの考えを語った。


「それは違うぞ。ただ仲良くするのとは、まるで意味が異なっておろう。己の意図を隠し、時に敵とも協力し、より大なる敵に当たる。その機を見るに敏なれじゃ。さすれば最小の労力で最大の成果を得られる。これぞ中道の妙じゃ」


「すでにそのような段階では無いのですよ、ハイ。いよいよ仙族の力を結集するときが来ているのです。この歌舞伎城を手にした今、悪魔族を打倒し、天使族を下し、天津と国津をまとめて支配するのも夢ではなくなりました。その宿願を果たすためには、皆々を糾合し、力強くまとめねばなりません。貴方のようなヤワな中道融和路線では、もはや誰も乗っては来ないのですよ、ハイ」


「老師さまは、今までちゃんとまとめてきたデスよ! レーテツ鉄人と違って、みんな大好きラブラブ老師さまなんデスから!」


「蘭花お嬢様、そのまとまりは、お互い喧嘩せず、といったレベルです。これから必要とされる結束は、死地と分かっていても飛び込める覚悟を生むものなのです。リーダーは愛される必要はなく、嫌われたとしても、怖れられることが必要なんです、ハイ」


「だから覇道だというのか?」


「左様ですとも我が老師よ、お忘れですか? 我らが帝国は、古来より覇道の国でありますれば、内も外もその力と冷徹を怖れ、従ってきたのではないですか。我らが国の民草は、力と恐怖で強制せねば、何もまとまらぬ砂の民の群衆と揶揄(やゆ)されます。まさにその通りではありませんか? 老師様のやり方では、勝手気ままな仙族の使徒たちは、ひとつにまとまりようがないのですよ、ハイ」


「覇道を進めても、面従腹背となるだけじゃ。上の者は、いつ寝首を掻かれるかと怖れて、猜疑(さいぎ)を深くし、結果粛清(しゅくせい)に手を(あか)くする。これも我が国の悪しき伝統じゃ。その悪癖を絶ち、共存共栄の道を歩んでこそ、長い目で見て我らを強くすることになるというのが分からんのか?」


「ええ、ええ、老師様のお優しい心は存じておりますとも。ですが、すでにそんな甘さに皆々不安を抱いているのですよ。ここに居並ぶ使徒たちもまた、私と志を同じくする同志なのです。すでに、老師様を支持する使徒など、どこにも居ないのですよ、この可愛らしい蘭花お嬢さんを除いてね」


「貴様……すでに同胞に手をかけたというのか!」


「いえいえいえ、そんな酷いことはいたしません。ほとんどの方が、喜んで私への支持を表明してくださいました。使徒の使命を棄て去っていかれたのは、ごく一部の頑ななお方だけです」


 恐らく、金や女などを使っての買収、見せしめに殺された使徒や、家族の命などあらゆる手段を使っての恫喝が行われたのだ。

 こうした弱みを握る卑劣な工作を時間をかけて行った上での、今夜の実行と老師は理解した。


 未だ高を認めない者も多いはずだが、これから力でねじ伏せるつもりなのだろう。


「ご理解いただけましたかな、老師王。光陰似箭(こういんやのごとし)というわけです、ハイ。端的に申さば、もうお(めえ)の時代は、とうに終わってんだ。いい加減気づけよ爺ぃっ……てことです、ハイ」


「こ、のぉ、ド腐れた(はらわた)から糞臭え息吐いてんじゃねえぞ、この冷鉄ヤロウ!」


 瞬時に沸騰した蘭花は、腰の双錘を抜き放ち、雷球を迸らせながら高鉄人に撃ちかかった。


「わひぃ!」


 高は咄嗟の回避ができず倒れそうになり、後ろの黒服に支えられた。

 他の黒服もまったく動けない、まさに電光石火の奇襲だった。


いよいよ第16章突入です!!

みなさん、いつもお読みいただき、ありがとうございます!


面白かったら、「小説家になろう」に会員登録し、ログイン後、ブックマークへの追加や、お気に入り登録、★での評価をどうぞよろしくお願いいたします。

本作品への評価に直結し、未来へとつながります。

SNSでのシェアなども、とても有り難いです。


 ※ ※ ※ ※


仙族内乱勃発!

蘭花の雷撃棍が炸裂するか!?

どうぞ、次回をお楽しみに!!


第16章からは、週一更新、毎週日曜日一話ずつ公開のペースになります!

2話は、令和7年1月12日公開予定!!


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