28. アバドン退去
― 前回のあらすじ ―
アバドン隼に追い込まれ、絶体絶命の睦樹
そこに空夜が止めに入るが
睦樹は覚醒ともいえる力の解放に成功し、
自力で立ち上がる
アバドンを退去させようという空夜に
隼が神速で襲いかかった!
「やめろ!」
俺も同時に動いていた。
自分でも驚くほどの疾走感。
むちゃくそ足が速くなっている!
しかし、それでも間に合わない!
一瞬の出来事だった。
空夜の頭上に落ちる青龍刀が曲がって見え、その歪みがアバドン隼全体に及ぶと、巨体ごと消えていた。
俺はそのまま出花が消えた場所に突っ込んだ。
ぐらっと景色が歪んで、気がつくと俺は庭園の少し奥に行ったところで、草の上にひっくり返っていた。
「いででで……」
近くの小川には、半魔の巨体がうつ伏せに浸かっていた。
その手前の芝生がえぐれて土が見えているので、そこに思いっきり突っ込んで、小川の岸がストッパーになって止まったようだ。
体格がある分、地面に激突したダメージは大きい。
俺の方が先に立ち上がった。
「それにしても……」
空間を歪めた! とんでもない芸当をしやがる。
「主さまあ!」
「ダイジョブだ、ヤドゥル」
空夜が近づいてくる。
その背後にダニエル、そしてヤドゥルと狗神の八郎丸、バーゲストのギネスが続く。
ヴァレフォールは出花の元に走っていく。
「おニイちゃん、しっかりして!」
「僕に危害を加えるのはけっこう難しいよ」
「ク・ソ・ガッ!」
悪態をつきながら、ようやく大きな体が立ち上がる。
「さあ、諦めるんだアバドン。お前を退去させる」
「イ・ヤダ!」
「あ、ちょっと良いかな? 出花も聞いてくれ」
「なんだい犬養睦樹。そもそも君が僕の忠告を聞いていれば、こんなことにはならなかった。少しは反省してほしいね」
「確かに……でも、邪教の儀式の犠牲者をこれ以上出さないで済むぞ」
「それは……微妙な話なんだが……僕もあそこまでエスカレートしているとは知らなくてね」
「それって調停者の責任じゃないのかい?」
「うーん、そう言われると耳痛い。でも、君のせいで十四人もの死体が現世に転がることになったんだよ」
「え?! やっぱりそうか……現世でも殺したことになってるのか俺……」
「その通りだ」
「うううう……ダメだ……やっちまった……」
(大丈夫、君が悪いんじゃないよ)
(アストランティア、今は黙っててくれ……)
(うん……でもしっかりね……)
俺の魂が病んでるのか、夢の中で殺人を犯したことは何度かある。
あのときの焦燥感は半端なかったが、現実になってみると、それはもっと重いことが分かった。
俺が奪った命は十三。
俯瞰した見地からて見て、それが裁きとしては正しかったとしても、十三人もの人の命を奪ったというのは如何ともしがたい重さがある。
「現世では、僕らも十四体もの死体を片付けるのは、ちょっと難しいんだ。死体遺棄がバレて司法のお世話になるのは御免だしね。放っといたら、当然事件として明るみになる。そしたら、世の中大変なことになるだろ?」
「はぁ……」
なんだ、こいつは。空夜にとって、十四人の命の問題より、その死体が重要なのか? 十三が十四に増えたのは、あの生贄にされた女性が足されているわけだ。
「さらに、十四の魂がクトゥルーに捧げられたことになる。奴らもきっと喜んでると思うよ」
「え? 俺が殺した分もそうなるのか?」
「うん、まとめて供物だ」
半信半疑だったが、ダニエルが言っていたことは、概ね正しかったわけか。
「それじゃ、ルルイエとやらが浮上するのか?」
「まだこのくらいじゃ大丈夫だと思うけど、奴らこれでさらに力増すから、もっと邪教徒が増えることになる」
「え? 邪教徒を殺したのに?」
「うん、そこが奴らの邪教たる所以なんだ。信者が殺されれば、それだけ奴らの力は増す」
「それじゃあ、俺がやったことって……」
「一時的には被害は減っても、結果的にはこれからもっと犠牲者を増やすことになる」
「そんな……」
「このままでは、お互いにとって、何一つ良いことはないんだ。君だって容疑者として逮捕される可能性が高いわけだからね」
うん、やっぱ俺の人生もオワタ……。
「なので、すべて無かったことにするしかない」
「やっぱり出来るんだ! 無かったことに」
「そう、そのためには、君が出花隼を倒して、ここのルーラーになってもらうしかないんだ」
「そうすれば、現世の出来事が書き換えられる……俺の望むように」
「そういうことだ」
「サ・セ・ナイ・・・」
「出花隼、もちろん君にはそれに逆らう権利がある。だがアバドンは……」
「サ・セ・ナ・イィィィィー・ーー・・!!!」
出花から青く暗いアストラル炎が湧き上がってきた。あくまでも抵抗する気のようだ。まあ、そりゃそうだろう。
「君の気持ちは分るよ。でもダメだ」
そう言って空夜はスマート・ノートを取り出すと、盤面を操作する。
すると、何か石板のようなものがホログラムのようにして浮かび上がった。
空夜は実体化した石板を手に取り、掲げながら高らかに宣言した。
「天上天下と刻まれし時の理が顕す、大いなる力を畏れよ。吾、一色空夜がその絶対なる執行者の代理として命じる。深淵の天使アバドンの顕現よ、出花隼の肉体と精神より速やかに分離し、己のあるべき常世に戻れ!」
アバドンの上に、光が当たる。
同時にシンプルな魔法円がその足元に広がった。
そこにスポットライトのような強い光が降り注いだ。
光には、強い力があった。
「イ・ヤ・ダッ・・・ナ・カ・ノ・・・ツ・バ・メ・・・マ・モ・ル!!!」
「しょうがないの、おニイちゃん。燕は大丈夫だから、アバドンを還して」
ヴァレフォールはもう諦めている。
勝敗よりも、おそらく出花隼の心と体を案じてるんじゃないかと思うのだ。
いい加減解ってやれ、おニイちゃん!
「光ある処より退去せよ、アバドン!」
「ク・ソガッ!」
「大いなる力に屈せよ! そはすべての理なり!」
「イ・ナ!」
「時よ、無双なる強き流れよ、その本流に事象を回帰させよ!」
「ダッ!」
青龍刀が飛んだ。
それは空夜が掲げた石板に当たってそれを砕き、空夜の顔の眼の前で消えた。
離れたところで、それが地面に刺さる音がする。
「ウオオオーーー!!!」
「やっかいな執念だ」
「ちょっと……いいか?」
「天命の石板が壊れた。捕縛も間もなく解ける」
俺は一色空夜を何て呼ぶか迷っていたが、そんな場合じゃない。
「石板は新しいの、すぐに出せなさそうだね」
「すぐには無理だ」
「そんじゃ空夜くん、俺にやらせてくれ」
「犬養睦樹……」
結局無難なところ「くん」付けだ。
呼び捨てするほど近くないし、一色くんとかだと、あやと混交して嫌だし。
いや、今そんなこと悩んでるのが、そもおかしいし。
「俺が出花を倒したら、アバドンはどうなる?」
「彼の肉体から離れざるを得ない」
「よし、決まりだ」
「出来るのか?」
「何か、レベルアップしたみたいだし、出来そうだ」
それにこの力、試してみたい。
「……良いだろう。だが、負けたときは、どうする」
「それまでに石板どうにかならんの?」
「善処する」
「まあでも、俺は勝つよ」
(うん、君は勝つんだ)
「そうあって欲しいけどね」
(僕が好きな、君を勝たせる)
(ありがとう、アストランティア。そのセリフ、今言ってくれるんだ)
「その代わり、審判を頼む」
「ジャッジ?」
「あいつぜったい負けを認めないんだよ。それが問題なんだ。だから、致命傷になる前にジャッジで判定して、何とか勝敗を決められないかい?」
「ああ、使徒の戦いのルールか。それを理に組み込めば強い。充分縛れるだろう。勝者は相手のシンを奪う権利も強い縛りになる」
「一対一にして蝗禁止。今までの戦いの約束は延長出来るか?」
「なるほど、できるだろう」
「がんばってな、ムッキー!」
ダニエルは青龍刀を回収しながら声援を送ってきた。
「お前とは後で話すことがあるぞ」
「へいへい」
「よし、隼を解放してやる!」
それはアバドンから、そして背後の在りて在る者、さらには殺された妹への妄執から。でも、どこまで出来るだろうか。
「これより中野の支配権を懸けて、神族大戦を行う。対戦者はルーラー、悪魔族出花隼。チャレンジャー国津神族犬養睦樹。ジャッジは一色空夜が行う。それまでの戦いの延長として、戦いは一対一、蝗は禁手とする。勝者は敗者のシンをどれでも一体を奪う。では、両者死力を尽くせ。|戦闘再開!」
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
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改めて戦闘開始!(何度目だ!)
今度こそ最終決戦が始まる!(と思う!)
第15章30話は、令和6年12月24日公開予定!




