26. 決戦、死力を尽くす
― 前回のあらすじ ―
ヴァレフォールの麻痺毒を解除することで
意識が混濁する出花隼は、妹が死から蘇ったと誤認
ヴァレフォールも了解することで、蝗も使わず
睦樹とアバドン隼は一対一対決をすることになる
時はほんの少しばかり遡る。
ここは中野ブロードウェイ隠世、地下一階の封鎖されたスペースだ。
床にしゃがみ込んで、何か一心に込み入った図を描いている美少女がいた。
いや、そう見間違えるほどに華奢で可憐な少年だった。
一見して線の細さから頼りなげにも見えるが、それでいて一種独特の力強さを感じられる、不思議な佇まいをその身に纏っていた。
所作のひとつひとつが、流麗優美である。
極めて高い集中力を要する作業にも、涼し気な表情を崩さない。
衣装はその場に不釣り合いともいえる、スチームパンク風ゴシックを、完璧に着こなしていた。
ショートパンツから伸びる細く長い脚は、左右柄の違うタイツ――縞々と黒――をくぐって、革のロングブーツに収まっている。
首にフリルの付いたブラウスの上には、後身頃の裾が長くて膝裏にまで届く、見事な金糸刺繍のベストを着こなし、頭の上には小さな飾りの帽子が載っている。
床に描かれた複雑な図は、高度な魔術知識がなければ、何が描かれているかまったく意味を汲み取れないだろう。
しかし、ヲタク文化を知る者ならば、一見してすぐに魔法陣であると見て取れるものだ。
もちろんヲタク知識を総動員したとしても、その魔法陣が何を成すものなのかは、理解できないが。
「よし、間に合ったかな……」
美の女神の寵児のような少年は立ち上がると、独り言ちした。
「これで、彩夜もしばらくは大丈夫だ」
出来上がったばかりの精緻な図形を見下ろし、満足げな表情を浮かべていたが、不意に笑みを絶やすと振り返った。
「誰だ!?」
殺気を帯びたその声は、その穏やかな容姿からとても想像もつかない、険のある強い一言だった。
一色空夜ラフイラスト
それは外から入ることができないはずの空間に、不意に現れたひとりの男に向けられたものだった。
暗がりから頭を掻きながら出てきた男は、その険しい一言に気圧されることなく、破顔しながら気安く少年に話しかけるのだった。
「あれ、ビビらしてもうた? わるいわるい」
「なんだ影使い君か。いや、それ以前の渾名、雷来公の方が良かったかい?」
男が着る高級そうなレザーコートは、沢山のベルトで締め付けられる風変わりな仕立てだが、見るも無惨な切り跡でズタズタにされている。
「まあ、今は悪魔族使徒やから、筋でいうたら影使いやねん。でもかっこイイ方がええなあ……空夜ちゃんどうよ? どっちがかっこええと思う?」
「そうだね、影使いはクールだけど、少し身分が軽い感じだな。雷来公は、字面も読みも強そうだし、君好みの高貴な感じを受けるよ」
「さよか、なら今日はそっちにしとくわ。雷来公も中国語で言うても、ちょっとファンキーな感じでワイに似合うてるかもな。
オレ様は雷来公ダニエル張や! なぁ、どないねん?」
男は極端に尖った感じのポーズを決めた。
背を反らせたため、辛うじて繋がっていたベルトが切れてぶら下がり、コートの前が空いてしまったが。
「いいんじゃないかい」
「何や、反応薄!」
空夜はニッコリ笑うと、最前から疑問に思っていたことを尋ねた。
「ところで……どうやってここに入って来たんだい?」
「そいつは、ええっと、あれや。禁則事項いうんや」
「そうか。ではここに描かれている魔法陣も禁則事項なんで、速やかに同じ方法でご退出願いたいね」
「いや、ワイその魔法陣ぜったい見えへんから、ほんのちょっとだけでええから話聞いてくれへん?」
空夜はダニエルをじっと見つめると、小さなため息をついた。
「また厄介事なのかい?」
「厄介事も何も、もう厄介事中の厄介事やで!」
「やれやれ……で、どうしたっていうの?」
少年は両手の平を上げるジェスチャーと伏し目で困惑を表現するが、端正な顔をわずかに曇らせることもない。
もと仙族、今は悪魔族の使徒雷来公ダニエル張は、これまでの事の顛末を語って聞かせた……。
「う~ん……要点をまとめると、君があの犬養睦樹を煽って、中野のルーラーに挑戦させ、一緒に出花隼を追い込んだら、深淵の天使アバドンが召喚されて出花と合体し、ただ今大変なことになってると」
「そやそや。ワイはアバドン直接見いへんけど、あいつに付かせたシャドウが伝えてきよったんで、間違いないで」
「それと、ちょっと気になったんだが……」
空夜少年が、初めて表情を曇らせた。
「邪教儀式をしていたインスマスが、大量に殺されたんだって?」
※ ※ ※ ※
殺!
空気を切り裂く音も鋭く、青龍刀が振り下ろされる。
これは槍で受けちゃダメな全力の攻撃だ。
俺はギリまで受けるフリをして、さっと右へ躱しながら、同じ軌道を逆方向に槍を振り抜く。
鈍!
重い音を立てて青龍刀が地面にめり込む。
同時に俺の槍はアバドン隼の腕を切り裂く。
剣が引き抜かれる前に右に回り込みながら、脇腹にも一撃。
傷口からは、大量の黒っぽい血が吹き出すが、すぐに肉が盛り上がり傷が塞がれる。
地面から抜かれた剣が俺の方に振られるが、これは力が籠もってないので、下から掬い上げていなし、指に穂先を滑り込ませる。
「ぎゃああ!」
さすがに痛かったとみえて得物を取り落とすが、俺がそれを奪いに行く隙はない。
サブの腕が殴りかかってきたからだ。
槍で受けるが、そのまま押されて弾き飛ばされる。
さらに術で突風を起こし、俺の体を高く浮き上がらせると、地面に叩きつけた。
魔法障壁が一つ砕け、衝撃を和らげてくれる。
「風やっかいだな」
その間出花は剣を左手で拾って、ドスドスと走ってくる。
急ぎ立ち上がって構えるとすぐに、青龍刀が予想外の低い位置から胸元に入ってきた。
下がりつつ、槍で上から叩きつけるように受けるしかない。
しかし、敵の勢いの方が強かった。
槍が上に弾かれて隙だらけだ。
ここにサブ腕のパンチがきたらヤバい!
だが、敵は青龍刀を振り下ろす攻撃を選んだ。
俺は素早く左にかいくぐる。
そして回転しながら、サブの右腕に深く斬りつけた。
刃が骨に当たった反動で素早く離れ、さらに距離を取る。
出花もまだ、サブ腕の使い方に慣れていないのだろう。
俺の槍格闘の武術は、高校時代の剣道の下地はあるものの、急激に進歩しているような気がする。
もしかすると、相馬吾朗の戦いの記憶が、実戦を重ねることにより継承されているのかも知れない。
しかし何度ダメージを与えても、傷口はすぐに塞がってしまう。
これは、脚を切り落として倒してから、首を刎ねるしかないのか?
いや、そんなことしたら、本当に死んでしまう。
現世で死ぬ可能性が低いとしても、何とかならないものか?
アバドン隼はこちらに風圧を掛け、動きづらくさせながら迫ってきた。
(走って! 体が浮いちゃう)
再び下からの風だ。巻き込まれないよう、左に猛ダッシュ。
ヤバいな、出花も風を操るのがうまくなってきた。
さらに背後からの強風に追われて、つんのめりそうになるが、槍を突いて勢いを回転に置き換えて向き直った。
そこにアバドン隼が青龍刀を振り下ろしてくる。
ダメだ、避けきれない。
魔法障壁が刃を受け止め、あっけなく砕ける。
勢いの弱まったデカい中華包丁を槍ではねのけた。
キン! と鋼の良い音がして、正面ががら空きになったところに槍の刺突。
「あぐあああ!」
下腹に深々と槍が刺さる。
柄をサブの腕で取られそうになり、小刀に戻して逃走。
(後ろ、伏せて!)
俺はほぼスライディングで草地を滑った瞬間、頭の上を何かがすっ飛んでいった。
それは庭園の立ち木にぶち当たって、派手になぎ倒した。
どうやら庭石を投げつけたようだ。
「ったく危ねーな! 当たったらどうすんだ!」
立ち上がりながら申し立てる、場違いな苦情に出花はスルー。
(走ってくる!)
振り向くと、ドスドス音を立てて迫るアバドン隼。
憎たらしいとこはあるけど、マジ可愛いショタキャラだったのにな。
何でこんなジャンボ脳筋になった?
いったい誰得だよコレ?
青龍刀が横殴りで右から左へ走る。
「那美!」
刃に向かってジャンプ!
現した槍で青龍刀を上から叩きつけ、その勢いで前方宙返りして着地。
その回転の力でアバドンの胸から腹まで一直線で切り裂いた。
「ぎゃおあああああ!」
怯んでる隙にヤツの脚の間を抜けて背後に出ると、尾にも連続で斬りつけダメージを与える。
俺すげえ、いつの間にこんな動けるんだ!
「やっぱ吾朗様々なのか!」
そのまま走って距離を取ってから振り向くと、さすがに大きなダメージだったらしく、肩で息をして苦しそうだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
※ ※ ※ ※
強大なアバドン隼に優勢に戦いを進める睦樹
このまま押し切れるのか?
そしてダニエルと空夜はどう絡んでくるのか?
次回、明らかになります
第15章28話は、令和6年12月19日公開予定!




