25. 燕の復活
― 前回のあらすじ ―
何とかエレベーターホールにたどり着き
不気味蝗の突撃からは、スノウドロップの術式で守るが
アバドン化した出花の攻撃からは守りきれない
睦樹は外に出て、再びその攻撃を引き受けようとする
黄昏の紺とオレンジのグラデーションの空をバックにして、4メートルもの六肢の巨人となった出花が、仁王立ちで出迎えてくれた。
周囲には、暗黒大蝗の雲霞を纏っている。
昆虫型なら足の後ろは腹につながるが、なぜかトカゲの尾のように先細りの尻尾が付いている。
背には四枚の銀色に輝く、美しい虫の翅が輝いていた。
顔がだいぶ出花に戻っており、その表情は静かな憤怒相に見える。
これなら話し合えるかなと思ったが、目がなんかイッちゃってる人みたいに、瞳が左右に少し離れ、どこを見ているのか分からない。
ヴァレフォールはまだ麻痺毒から回復しておらず、サブの腕の中でぐったりしている。
その手も完全に昆虫っぽい状態から、やや昆虫くらいに戻っていた。
「おい、出花、お前ダイジョブか?」
「コ・ロ・ス・ゾ・・・クソ・ガ・・・」
お、少し人間に戻ってきたな。
「その前に、お前の妹を回復させてやらないか? 俺は解毒剤を持ってるんだ」
「イ・モウ・ト?」
「そうだ、燕の体が麻痺してるから、治してやる。元気になるんだ」
俺は自分が麻痺させたのを、パーフェクトに棚の上に置いて話し始めた。
これが通じたら、出花はかなりヤバい状態だ。
「ツバメヲ・・・イキ・カエ・ラセ・・・ル?」
おっと、出花はこの状態のヴァレフォールを死んだと思っているようだ。
それをちゃんと否定して、まだ生きてると教えてやるのがいいのか、それともヤツの言うのに乗るか……。
えい、合わせちまえ。
否定するとなんか、とっても面倒なロジックにハマりそうだ。
「そうだ、燕を生き返らせてやる。だから、まず彼女を下ろしてくれ」
「ツバメガ・・・イキ・カエ・ル?」
「俺が生き返らせる。燕を下に置け」
「ツバメ・イキ・カエル・・・」
ちょっとヤバいぞ出花。
表情が読めんし。
だが、出花はそっとヴァレフォールを地面に横たえた。
そして、慈しみながら悲しむような複雑な表情を見せた。
よしよし、だんだん人間に戻ってきてるぞ。
「生き返らせてやるから、俺とお前の一対一の戦いで決着を着けようぜ」
「ツバメ・イキ・カエル・・・」
ダメだこりゃ、ヴァレフォールと直交渉しよう。
俺は少女悪魔の耳元で囁いた。
「ヴァレフォール、麻痺を解くから、俺と出花の一対一の勝負をさせろ。手を出すようなら、狗神がお前の相手になる。いいか?」
「認める……」
「よし」
俺は治癒薬と回復薬をヴァレフォールに呑ませ、麻痺毒の色濃い右手の方には、追加で治癒薬のカプセルを開いて振りかけた。
「うぐっ……」
薬の影響か回復のショックなのかは不明だが、強烈な痛みを堪えてヴァレフォールの体が弓なりにしなる。
「ツバメ!」
「おニイちゃん……」
燕ヴァレフォールがすぐによろよろと立ち上がると、兄にギュッと抱擁された。
「痛い、強すぎるよ、おニイちゃん」
「アア、ツバメ、オマエ・・・ホントニ、イキカエッタ! ツバメ、ツバメ、ボクノ、ツバメ!! アアアアアア・・・・」
「よしよし、こんな姿になっても、おニイちゃんは甘えん坊さんなんだから」
「ゴメンヨ・・・オマエヲ・・・ツレダサナケレバ・・・オマエハ・・・ツバメハ・・・」
「大丈夫よ、燕はおニイちゃんと二人だけで過ごせて幸せだったから」
「ウアアア~~~~、ツバメ・・・ツバメ・・・ヨカッタ・・・ヨカッタアア・・・」
俺はめちゃくちゃ居心地悪い。
すべてが茶番じゃないか。
出花隼の本当の妹は生き返らない。
おそらくヤツは、仮初の妹を求めてカンビヨンたちを作り、そこに妹の霊なのか残留思念なのか分からないが、そうしたものを詰め込んで動かしていたんだろう。
何体も何体も試して、より妹に近いものを模索して……それらすべて、自己欺瞞と我欲の妄執の産物に過ぎない。
そしてたった今、その混濁した意識に、本当に妹が蘇った奇跡が刷り込まれている。
言葉からすると、彼がかつてやった行為が、結果的に妹を死なせてしまったと後悔しているのだろう。
それがすべて許され、忌まわしい殺人も忘れ、めでたしめでたしだ。
こんな嘘で救われるなら、真実なんて要らないじゃないか。
「………あれ?」
俺の妄想がすべてって信念はどこ行った?
出花は自分の妄想を現実にしようとして、努力に努力を重ねた立派なヤツじゃないか!
俺なんか足元にも及ばない妄想と夢の実践者だ。
俺には出花を誹る資格など微塵もなかった。むしろ称賛しろ。
この作られた兄妹の愛こそを、暖かく見守るべきなんだろう。
「おニイちゃん、もういいの、もういいのよ……こんなになっちゃって……お願い、もう無理しないで。戦わなくてもいいから、ここから二人で出ていこう」
「フタリデ・・・デテ・・・イク・・・?」
「そうだよ、人に戻って、おニイちゃん。二人でどっかに行けばいいんだから」
「ダメダ・・・フタリ・・・デテイク・・・ダメダ!」
「大丈夫だよ、二人なら何も心配ないから」
「オマエヲ・・シナセナイ・・ボクハ・・ナカノヲ・・・ナカノハ、ボクラノ、イエダ、マモル、マモル!」
どうも出花は、この中野を守り切らねばならないという、強迫観念じみたものに縛られているようだ。
「分かった、じゃあ勝ってねおニイちゃん。もし負けたら、燕はあの男のモノになっちゃうんだから」
「ナ・ン・ダ・ト・・・・!!!!!」
いや、なんだとって、俺が言いたいわ。
「ム・ツ・キィィィィイイイイイ!!!」
はい、なんでしょう?
「コ・ロ・スゥゥゥゥウウウウウウ!!!」
はい、そうでしょうとも!
「ヴァレフォール、てめえやりやがったな!」
ヴァレフォールは、出花の股の間でアカンベエをして背後に隠れた。クソ! あんときトドメ刺しときゃ良かった。
「ヴァレフォール、アバドンの蝗禁止にしろ!」
「やだ!」
アバドンの脚の横から顔を出す。
「出花は蝗をコントロールできてない。倒れたカンビヨンたちを喰ってるぞ!」
「なんですって!?」
「それに蝗出したままなら、うちのシンたちも総掛かりだぞ」
「うー……」
「そしたら、乱戦でウチのシンも死ぬかもだが、お前もかなりダメージ受けるのは覚悟しろよ。間違って死んでも恨みっこなしだ」
「チッ!」
舌打ちしやがった。可愛いお顔が台無しだぞ。
「おニイちゃん、蝗は使わないで、自分の力だけで戦って! そうしないと、燕が傷つけられちゃう」
「ツバメ・・・ワカッタ・・・イナゴ、イナゴ、イナゴ、カエレ、ワガ・シンエンヘト!!」
そうアバドン隼が告げると、庭園中に散っていた蝗と、雲霞になって護衛していた蝗、さらにカンビヨンを齧っていたすべてが、アバドンの大口の中に飛んで入っていった。
お前の腹、どんだけ深淵かよ! というツッコミは心の中だけにしといた。
「八郎丸、ヴァレフォールが手を出すようなら相手をしてやれ」
「承知ナリ」
「さあ、今度こそ勝負だ、出花隼!」
俺の屠龍の槍の炎が、力強く揺らめいた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
※ ※ ※ ※
いよいよアバドン隼との一騎打ちか?
第15章27話は、令和6年12月17日公開予定!




