24. エレベーターホールへ走れ!
― 前回のあらすじ ―
アバドン隼の攻撃を自分に集中させるため
カンビヨンたちを攻撃する睦樹
魔槍を奪われるが、ヴァレフォールを麻痺毒で行動不能に
やり過ぎたようで、出花隼は逆上
さらに上位形態のアバドンに進化してしまう
振り向くと、コロンバインは言われたとおりに逃げており、姿は見えない。
(コロンバイン、お前に見えなくて、俺には見えているものを風で動かせるか?)
(えええ? いくら超できる女コロンバインちゃんでも、それは無理なのよ)
(だよなー)
そうだ、相馬悟朗が編み出した武器回収法があった。
キップル化することによって、手に戻すというやり方だ。
でも、所有権がヴァレフォールに移っていたら、できないかもしれない。
俺はダメ元で転がっている小刀を、キップル化するイメージを念じた。
「出来た!」
俺の手に金属の棒が生じる。
ヴァレフォールが落としたことで、支配が消えたのだろう。
その間、ヤドゥルと狗神の八郎丸が、俺ところに寄ってくる。
「待ってろと言ったのに」
「待てないのですん」
「申し訳ございませんナリ」
「しょうがない、一緒に逃げるぞ、ちゃんと付いてこいよ」
「はいですん」
「承知ナリ」
俺たちはなるべく固まって走り出した。
まだ残っている木々の間を抜けて、広い庭園に出る。
思ったとおり、こちらの方が小径の出口からより、エレベーターホールに近かった。一目散に駆け抜ける。
(蝗が追ってきたよ)
アストランティアに警告されるまでもなく、その恐ろしい翅音が近づいてくるのが分かる。
今までのやつより音が重い。
それだけデカくて力が強いということだ。
ヤドゥルがありったけの魔法障壁を後方に展開する。
(アバドンも気が付いて追ってきた)
ザザーっと、翅音とは違う音が近づいてくる。
(伏せて!)
「みんな伏せろ!」
俺たちが体を投げ出すようにして伏せると、その上をザザザザザーっと激しい音を立てて一本の木がすっ飛んで行った。
「マジかよ……」
アバドン隼が引っこ抜いて投げてきたってことだ。
すぐに立ち上がり、障害物の木を乗り越えようと見ると、いたるところで真黒蝗がくっついて小枝ごと葉を貪っている。
その大きさは大黒蝗の約五割増だ。
よく見ると、バッタ型の蝗とは形が違う。
まず腹が先細りの蛇腹状で逆さに反り上がっており、先端に針のようなものが付いている。
さらに悍ましいのが、その頭部がみな、暗灰色の出花隼の顔なのだ。
口だけは耳まで裂けており、牙が生えていてかなり邪悪な感じ。
頭部には光る五本の角があり、その後ろには組紐のような触覚が伸びている。
この木を飛び越えるのは危険過ぎる。
俺たちは迂回を余儀なくされた。
背後には飛翔する真黒不気味大蝗の群れとアバドンが迫る!
右手に青龍刀、追加された一対の両手にヴァレフォールを抱えてゆっくりと歩いてくる。
不気味蝗どもは、倒れているカンビヨンたちにも齧りついている。
カンビヨンには抵抗する力は残されていない。
もう無茶苦茶だ。
「オーイ、出花隼! いいのかー、お前の妹たちが、蝗に喰われてるぞ!」
「ゴ・ロ・ジ・デ・ヤ・ル・・・」
「ダメだ、こりゃ」
黒蝗が迫る。
ヤドゥルの魔法障壁にガンガンぶつかって潰れていくが、もうそれも保たない。
割れそうになると、ヤドゥルが追加で出しながら凌ぐが、蝗の群れは俺たちを追い越し、正面からも来る。
「那美……いくぞ!」
俺は槍を具現化させ、腹に気合を入れると炎が湧き上がった。
八郎丸と俺とで必死に蝗を落としていく。
それでも、八郎丸も俺も何ヶ所か噛みつかれた。正確には刺された。
蝗は噛みつくと尾のような腹部を反り返し、その針で刺す。それが猛烈に痛い。
しかし、ヤドゥルだけは何とか守り通した。
是非とも那美に褒めてほしいところ。
「いっってえええええええ!」
「ぐううううううううるるるるる……!!」
八郎丸は歯を食いしばっている。
キャンと鳴かないだけ偉いぞ。
エレベーターホールはサンルームになっている。
すでにシンたちは中にたどり着いているようだ。
近づくと、吹雪と火弾、そして催眠の援護の術式が飛んできて、蝗の迎撃も楽になる。
「マスター、早く早く!」
三人でホールに滑り込むと、ガラスの扉が閉められる。
そういや全体ガラス張りだし、蝗の突撃に耐えられるのか?
俺の作戦完全にミスったか?
すぐに真黒な塊が、ドン! と音を立てて、猛烈な勢いでサンルームにぶち当たった!
しかし、ガラスの壁はそれに耐えている。
ドン、ドン、ドン、ドンと、鈍い打撃音とともに、次々と灰色の出花の顔が潰れる。
グロい塊は、黒紫の体液を撒き散らしながら、ずり落ちていく。
天井のガラス面は、歪んだ出花の小さな顔で、見る間に埋め尽くされていく。もう光も刺さないほどだ。
「わーい、これは笑えないのよさ!」
手と手を握りしめながら、左右に揺れている。
それは喜んでるのか、ブルーベル?
だが、表情が引きつってるので、面白がりながらも流石にヤバいと思っているらしい。
「八郎丸、これを食え」
「有難きナリ」
俺と八郎丸は身洗の葉を食べて、激烈な痛みから解放された。
「くうぅ……」
「ふう……助かった」
「本当に助かったですの?」
「痛みが引くだけでも助かったさ」
「それは良かったですん。でも宿得は、ぜんぜん助かったように思えないですの。ここではアバドンの攻撃を防ぎきれないですん」
「そうだな、ヤドゥル。でも、何でガラスが割れないんだ?」
すでにサンルームのガラス壁は、蝗の黒紫の体液で、外が見えないほど汚れている。
「ふふーん、姉さまの凍結術式の力で、何重にも氷で覆っているのがわからないのかしら?」
「触れれば凍結に感染して、動けなくなるようにしましたわ」
「すごいなスノウドロップ」
「でも、もうAPが限界ですのよ」
「そうか、薬をガンガン飲んでくれ」
俺はピクシーたちに招気薬のカプセルを開けて渡してやった。
(アバドンが来る!)
これを割られたらオシマイだ。
「ヤドゥル、障壁で強化!」
「はいですん!」
魔法障壁が展開されると同時に、青龍刀がサンルームに振り下ろされた!
ガシャン!! と心まで砕けそうな音が響く。
魔法障壁を破り、凍結障壁を破り、ガラスを粉微塵にして青龍刀が天井から現れる。
それを、槍の一撃で跳ね返した。
障壁によって勢いが削がれていなけりゃ無理だったろう。
「ヤドゥル、みんなを守れ! 薬も使い放題だ!」
「はいですん!」
ヤドゥルには薬を大量に渡してあるので、魔法障壁の他にそれを使ってくれる。買っておいてほんと良かった。
「フェアリー・トードのプリンス・クロウリー、エルダー・ブラウニーのともぞうさん、来てくれ! プリンス、サマンサを守ってやれ!」
すでに割られた天井から蝗たちが入り込もうとするのを、ヤドゥルの障壁と吹雪と催眠と火弾、そしてサマンサの舌で防いでいるが、数が多い。
それにプリンスの舌とともぞうさんの石礫も加わる。
「サマンサ、僕が護っていやるダヌー」
「アタシこそ、王子をマモルワヨ」
いつか互いに人に戻って結婚する時は、俺も式に呼んでくれ。
ちょっと待て、片方だけ人に戻ったらどうするんだ?
そもそもサマンサは人に戻る類なのか?
まあ、今気にしていてもしょうがないな。
「出花隼!! 今行くからちょっと待ってろ!」
通じてくれれば、二打撃目は無いんだが……
「みんな、後は頼んだ」
俺は扉のドアノブに手を掛ける。
「我らが主、我らも伴に!」
「俺は死んでも死なない。だから、ギリギリになったら戻すからな」
「承知ナリ」
バリバリバリ! と音がして、障壁が再び破られた。
やっぱり、通じなかったか。
だが間抜けなことに、さっき破った場所なので、ガラスは新たに壊れなかった。出花の思考自体かなり制限されているのだろう。
力押しだけの敵なら、まだ勝機があるかも知れない。
「痛みが耐えられなくなったら使え」
俺は残りの半分の二枚の身洗の葉を八郎丸に渡した。
「かたじけないナリ」
俺たちは外に飛び出した。
「主さま、どうかご無事で!」
ヤドゥルが魔法障壁を三つ付けてくれた。
「さあ、出花隼、勝負をつけようぜ!」
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
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アバドン隼と直接対決することで
サンルームへの攻撃を止めようと外に出た睦樹
果たして勝負の行方は!?
第15章26話は、令和6年12月15日公開予定!




